LGBTsとして生きる添田真が直面したスポーツ環境の課題 FtMが楽しめるバスケットボールとは?

「FtMが楽しめるバスケットボール大会がない」と話すのは、FtMのバスケットボール選手として活動する添田真氏だ。一般社団法人LGBT-JAPAN代表の田附亮氏もそのことに賛同した。FtMとは何か。”Female-to-Male”の略で、生物学的には女性として生まれながらも自覚する性が男性である人のことである。トランスジェンダーという言葉を聞いたことがある人は多いかもしれないが、そのひとつがFtMだ。添田氏と同じく田附氏もFtMだが、決してトランスジェンダーへの理解が進んでいるとは言えない日本で啓蒙活動を続けてきた。

そんな添田氏と田附氏が2023年に開催を目指すのは、FtMのためのバスケットボール大会だ。そこにはどのような目的があるのだろうか。添田氏と田附氏が取材に応じてくれた。

添田氏が開催を目指すFtMのためのバスケットボール大会とは?

2022年現在、バスケットボールは世界で最も競技人口の多いスポーツだ。その理由のひとつは男女ともに楽しめることだと言われている。男女それぞれオリンピックやワールドカップなどの国際大会が盛んに開催されているが、日本でも競技レベルでプレーしたい選手が活動する環境は整っている。

誰もがプレーできる。それがバスケットボールの良さではあるのだが、果たして本当に「誰もが」楽しめているのだろうか。「僕のような人がプレーするのは難しい」と話すのは添田氏だ。バスケットボールは、身体的な差により男女が同時にプレーすることが難しいスポーツである。例えどんなに有能な選手でも、FtMの選手が持つのは女性としてのポテンシャルである事実は変えられない。そのため女子チームでプレーすることが望ましいが、見た目が男性であることから女子の試合に出場することは難しい。

公式戦ともなれば、なおさら男子の試合に出場することはできない。女子の試合に出場しようとしても、ホルモン注射がドーピングと認められてしまう場合がある。つまり、FtMの選手が競技レベルでバスケットボールを楽しみたくても、その環境が整っていないのだ。

ちょうど同じ時期、田附氏と同じくFtMである添田氏も自身がプレーできる競技大会を探していた。ところが、インターネット検索しても見つからなかったそう。そこで田附氏の存在を知った添田氏から声をかけ、自分たちで大会を主催することを提案した。

添田氏は語る。「ジェンダーフリーの大会だったら比較的開催しやすい。でもFtMの大会はない。だったら自分たちで開催しようと考えました」

FtMが全力でプレーできる大会がほとんど無いのが現状だ

LGBTsかどうかは関係ない 田附氏の活動の根底にあるもの

田附氏が子供の頃から感じていた「女性として扱われることへの違和感」は、心身の成長に伴って大きくなっていった。やがて性同一性障害について知り、自分はこれなのだなとわかったときは安堵した。同時に絶望感もあったという。これからの生き方が、そのときは見えなかったからだ。

そんな田附氏を支えたのがバスケットボールでもある。女子として振る舞うことの息苦しさを心に秘めて生活を送った学生時代。バスケットボールに打ち込むことで、その気持ちを自分自身にも周囲にもわからないようにしてきた。

戸籍上は女性のままだが、男性として生きている。添田氏と田附氏が目指すスポーツ競技の形に、戸籍上の性別は不問だ。

「逆に質問しますが、いつから男性だと意識しましたか?」

「LGBTsだと意識したのはいつ頃ですか?」という私の月並みな質問に対して、田附氏はこのように回答した。「LGBTsの人たちだって自分たちを区分けしてしまうこともある」と田附氏は続けるが、LGBTsの当事者も周囲も双方が意識を変えなければならないということだろう。

そんな田附氏の活動は多岐にわたる。自らが運営する団体『一般社団法人LGBT-JAPAN』の名の通り、LGBTs当事者自らも社会に寄り添っていくこと、社会貢献をしていくことが大切という基本理念のもと、社会とLGBTs当事者の架け橋になる活動をしている。活動内容は環境保護活動を中心とするSDGsに関する取り組みや、多様性/ハラスメント等をテーマにした企業研修など幅広い。「一方的に周囲に理解や変化を求めるだけではなく、LGBTs当事者からも変わることも大事」と田附氏は言う。地球の気候問題にも関心があり、NPO 法人気候危機対策ネットワークに所属している。

添田氏をプロデュースしたいという田附氏

FtMバスケットボール大会開催のキーマン添田氏の苦悩

田附氏と大会開催に向けて活動している添田氏もまた、幼少期からバスケットボールを楽しみながらも、身体的な違いを感じたり周囲に理解されなかったり、苦悩を経験してきた。

しかし40代になってもバスケットボール競技を楽しみたいという思いを持ち続けている。田附氏の活動を知った添田氏は知人経由で「一緒にやってほしい」と声をかけた。自らもバスケットボール選手であった田附が快諾することで、この計画は始まった。

以前は田附氏の活動の中にバスケットボールも存在していたが、主事業が忙しくなる中で活動できなくなっていく。そんな中、添田氏はFtMバスケットボール大会開催を提案した。

幼い頃からバスケットボールを楽しんでいる。決して高いレベルでプレーしていたわけではなかったが、バスケットボールに情熱を注いできた。小学生のときから身体能力が高かったことで男子と一緒にプレーするようになるも「身体的な差や男女の考え方の差に苦しんだ時期もあった」と話す。

女子は男子と違いツーハンドシュート(※)が主流だったが、添田氏はワンハンドシュートを身につけた。男子と同等にプレーできるようにと。それでも男女共学の中学ではどちらにも馴染むことができなかった。高校はスポーツコースのある女子校に進学したが、その時点では自分が何者かわからなかった。インターネットが普及していない当時は、LGBTsについて説明することも周囲に理解してもらうことも困難だった。

ワンハンドシュートを放つ添田氏

それでも今では自分のことを理解してくれる人たちが大勢いる中での日々を過ごし、やがて自分で店を経営するようになった。大勢の理解者がいれば否定的な人もいたが「それは当然です」と言う。そこでの生活の中では多くを受け入れることができた。

苦悩の果てに生きる場所を見つけた青年は今、田附氏に「一緒にバスケットボールをやろう」と声をかけるまでに至ったのである。

※両手で打つシュートのこと。片手で打つシュートをワンハンドシュートといい、主に男子選手が使うことが多い。近年はワンハンドシュートを使う女子選手も増えてきている。

FtMでも楽しめるバスケットボール大会を開催する理由

FtMバスケットボール大会を開催するのは、誰もが純粋に好きなことを楽しんでほしいから。ただそれだけである。

LGBTsの現状を社会に知ってもらいたい気持ちは当然あるが、あくまでも当事者のための大会だ。「LGBTs側から変わろう」という田附氏の思いが込められている。FtMの人々が障壁を取り払ってスポーツを楽しめる環境が当たり前のように存在することで、社会全体への周知になるだろう。

「FtMのための大会」として立ち上げる新たな形のバスケットボール大会ではあるが、田附氏と添田氏が参考にしている大会がある。『TOKYO WEEKDAYS BASKETBALL LEAGUE』だ。

即席チームで平日に開催される女子リーグだが、添田氏は自身が出場できるか問い合わせたところ受け入れてくれた。主催者はLGBTsであるかどうかなどは一切気にしていなかった。出場した2022年大会では”自分らしく生きるマイルール”がテーマのアワードを受賞。以下のような受賞理由が記されている。

受賞者の SHIN 選手は自らがトランスジェンダーであることを公表した上で、TWBL 初の LGBTQ の選手として大会に参加し、大会で出会った新しい仲間との出会いを通 じて感じた“自分らしく生きる”ことの素晴らしさや、自分を受け入れてくれた仲間や 大会への感謝の気持ちを とても素直にそして前向きな文章で表現してくださいました。(抜粋)

引用元:TOKYO WEEKDAYS BASKETBALL LEAGUE公式HP

田附氏は添田氏を「プロデュースしたい」と言う。年齢を重ねたり負傷したりで自分ではなかなかプレーできなくなった。そんなときに添田氏から声をかけられたが、「一緒に大会開催を目指すことを決めるのに迷いはなかった」とのこと。自分自身を支えてくれたバスケットボールに再び関わっていくことを決め、自らはプロデューサー田附としてプレーヤー添田氏に想いを託す。

添田氏が目指すのはFtMの誰もがバスケを楽しめる環境を作ること

FtMバスケットボールはLGBTsの新たな情報発信コンテンツになり得るか?

LGBTsが置かれている状況について「自分たちが若かった20〜30年前に比べれば良くなっている」と両氏は話す。SNSで自身のことを発信できる環境になったことが大きいようだ。「若い子は意外と困っていないように見える」とも感じている。

一方で「認知は進んだが制度としては進めなければいけないことは多い」と日本国内の課題を口にする。「日本は宗教的な理由からの弾圧が他国と比べて激しくないかわりに、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見や思い込み)が拭えない部分があるからではないかと個人的に考えている。それは、LGBTs当事者と社会とのすれ違いがあるが故に解決すべき制度がなかなか明るみに出ず進みにくい、というところも1つ理由としてあげられるのではないか」と田附氏は話す。

田附氏も添田氏も、このような状況を変えていきたいという思いはあるだろう。ただし、大それたことではなく自分たちにできることをやっていく。まずはFtMが楽しめるバスケットボール大会を成功させること。その先には、この大会がスポーツを通じたLGBTsの情報発信コンテンツとして存在する未来があるかもしれない。

関連記事