“人生初本塁打”が9回逆転満塁弾 東北地区大学軟式野球春季リーグ開幕戦で光った、「活躍できる場所」を見つけた男たちの奮闘劇
4月1日、東北地区大学軟式野球春季リーグ戦が開幕した。東北大、東北学院大、東北福祉大、宮城教育大、尚絅学院大、仙台大、山形大、日本大工学部の8校による総当たり戦。リーグ戦は5月13日までの開催を予定しており、毎週土曜日に七北田公園野球場(仙台市)、岩沼海浜緑地野球場(岩沼市)、多賀城公園野球場(多賀城市)など宮城県内各地の球場で試合を行う。
開幕週は仙台市の海岸公園野球場に全8校が集まり、4試合が行われた。4試合中3試合はコールドゲームで、東北福祉大が12得点、山形大が11得点、日本大工学部が14得点と大量得点を奪い圧勝した。仙台大と東北学院大の一戦は劇的な試合展開となり、仙台大が6-5で逆転勝ち。計5本塁打が飛び出す、熱戦続きの開幕週となった。
走者が出ると独特な緊張感が走るのは、戦術が豊富な軟式野球ならでは。硬式野球以上に、塁上の駆け引きを楽しむことができる。また硬式野球と変わらない、学生たちの競技に対する熱量も感じることができ、コールドゲームが成立しそうな展開でも懸命に声を出し続ける選手の姿が目立った。見どころたっぷりの開幕週、活躍が光った選手たちを取材した。
仙台大の新・主将兼監督が「負ける雰囲気」吹き飛ばす大仕事
仙台大は1-5で迎えた9回、押し出し四球で1点を返すと、なおも二死満塁の好機で、1番・澁谷涼馬内野手(3年=一関学院)が左翼フェンスを越える逆転満塁本塁打を放った。9回二死から飛び出した起死回生の一発に、仙台大ベンチは大興奮。全員が飛び上がって喜びを爆発させ、ダイヤモンドを一周したヒーローを手荒く迎え入れた。
澁谷は新チームで主将兼監督に就任。小学3年の頃に野球を始めて以降、監督はおろか主将を務めた経験もなく、「チームを引っ張る立場が自分に合っているのか不安だった」と確固たる自信を持てないままこの日を迎えていた。
試合中は選手としてプレーする一方、監督としてサインを出したり、選手交代を告げたりと采配を振る。8回までは東北学院大の先発で大学軟式野球日本代表にも選ばれている好投手・丸山祐人投手(4年=仙台)の前に2安打1得点に抑え込まれ、責任を感じつつ、「ベンチが負ける雰囲気になっている」と察知していた。
「俺は負ける気はない。勝つ気持ちで来たんだ」。9回の攻撃を前に、ナインにそう言葉をかけた。その言葉に呼応するように、仲間が長打や四球でつないでくれた。最後は自らのバットで試合をひっくり返し、「負ける雰囲気」を一掃。試合後は「自分が満塁本塁打を打てたのは、みんながつないでくれたおかげ」と仲間に感謝した。
この一発は、澁谷の「人生初本塁打」となった。小学校では軟式野球、中高では硬式野球をプレー。長く野球を続けてきたが、試合中に放った打球がフェンスを越えたことは、練習試合を含め一度たりともなかったという。
硬式野球では結果を残せなかった上に、身長171センチ、体重60キロと決して恵まれた体格ではない。それでも、主将兼監督の名に恥じない大仕事を開幕からやってのけた。「軟式野球は自分みたいな細身の選手でもプレーできるし、ホームランも打てる。その姿を見てもらって、今までうまくいかなかった人でも活躍できる場があるということを知ってもらいたい」。試合前に抱えていた不安は、もう消え去っていた。
東北福祉大の栃木出身3年生は1番でも4番でも野球を「楽しむ」
東北福祉大は2点を追う5回に6点を奪い逆転すると、7回にはヒットエンドランなど足を絡めた攻撃でさらに5点を追加し、試合を決めた。打線を引っ張ったのは、「1番・一塁」でスタメン出場した下田葉内野手(3年=佐野日大)。中堅手の頭を越す二塁打2本でチャンスメイクしたほか、好機では犠飛と内野ゴロの間の得点で2打点をマークした。
1、2年次は主に4番を任されていたが、試合前日に伊藤壮汰主将(3年=花巻南)から1番起用を伝えられた。主将の意図をくみ取り、「どんなかたちでもいいから出塁する」ことを心がけ大学初となる1番打者の役割を全うした。
高校時代は3年夏にベンチ入りするのが精一杯で、公式戦に出場する機会はほとんどなかった。「軟式野球の強いチームで勝負したい」との考えで故郷の栃木を離れ、大学では1年次から打線の軸を担っている。
硬式野球と軟式野球の違いについて「個人的にはボールが変わっただけで、感覚はあまり変わらない」と話す一方、「試合に出られることが一番うれしいし、みんなと野球ができることが楽しい」と高校時代とは異なる感情を抱きながら野球に打ち込んでいる。下田もまた、自らが輝ける場所を見つけた選手の一人だ。
リーグ戦デビュー果たした東北大捕手は連盟委員長
東北大は東北福祉大にコールド負けを喫したものの、強豪相手に4回終了時点で2点をリードするなど食らいついた。「9番・捕手」でスタメンマスクをかぶった鶴巻敬大捕手(3年=八王子東)は、リーグ戦初出場ながら中盤まで落ち着いたリードで投手陣を牽引。4回には一時勝ち越しとなる2点適時二塁打を放った。
鶴巻は連盟の委員長を務めており、リーグ戦開幕に向け、練習の傍ら大会運営の準備を進めてきた。会場として使用する球場の予約や、実施要項の作成など、連盟委員長の仕事は多岐にわたる。「ほかの選手より仕事が多いので、気持ちの切り替えは大変」ともらしながらも、この日も試合中は選手として、試合前後は連盟委員長として、グラウンド内、会場内を走り回っていた。
小学生の頃から軟式野球一筋。旧帝大の一つに数えられる東北大の学生とあって、大学に入ってからは学業やアルバイトとの両立もこなしてきた。春季リーグ戦後に引退する予定のため、今春にすべてをかける。「連盟委員長としては、新体制になって新しいことにも挑戦しつつ、ほかの委員と協力してより良い連盟にしていきたい。選手としては、最後なので悔いのないよう全力で戦いたい」と二つの思いを口にした。
投打の軸担う2年生が宮城教育大連覇のキーマンに
昨秋のリーグ戦を制し、36年ぶりに全国大会に出場した宮城教育大は、山形大に3-11で敗れる苦しいスタートとなった。
「3番・投手」でリーグ戦初先発のマウンドを託された原野颯介投手(2年=仙台二)は、初回から甘く入った球を痛打される場面が目立ち、2回途中6失点で降板。「マウンドでふわふわした気持ちになってしまい、ストライクを取りにいった球を打たれた」と悔やんだ。
一方、1年次から全国大会出場に貢献したポテンシャルを発揮する場面も。3回には一死三塁で回ってきた打席で初球を捉え、左翼方向への特大の2ランをマーク。8回は再びマウンドに上がり、ピンチで打者二人を封じ込んだ。「『3番・投手』で起用されているということは、期待されているということ。厳しいコースに投げて抑える投球、相手投手が嫌がるような打撃をしたい」と、早期降板の悔しさを糧に投打でレベルアップすることを誓った。
宮城教育大は、昨秋の優勝メンバーの多くが引退した。原野が「昨秋と同じような勝ち方をするのは難しい」と話すように、連覇は容易ではない。ただ旧チームから徹底してきた試合前後のミーティングを継続し、参加校の中でも随一のチームワークを高めていく。2週目以降の巻き返しに期待だ。
(取材・文・写真 川浪康太郎)