「全国1勝」のため、競技普及のため…東北の地で白球を追う女子硬式野球強豪校出身者たちの思い~仙台大女子硬式野球部、いざ全国へ(後編)
今年4月、仙台大(宮城県柴田町)に東北の大学では初となる女子硬式野球部が発足した。5月18日からは高知県安芸市で開催される全日本大学女子硬式野球選手権大会に参戦する予定で、選手たちは当面の目標としていた「全国で1勝」を目指し大会に臨む。
前編では大学から本格的に硬式野球をプレーする3選手を取材したが、全国の舞台で勝つためには、高校から強豪校で実力を磨いてきた選手たちの活躍が欠かせない。後編では、攻守の要となる3選手に話を聞いた。
投手を極める履正社出身エース
投手陣は串有菜投手(1年=履正社)、岩倉明日美投手(1年=クラーク仙台)、赤間そら投手(1年=日南学園)といずれも硬式野球出身者が名を連ねる。中でもエースの座を担うのが、変化球を駆使した打たせて取る投球が持ち味の串。高校時代は全国屈指の強豪校・履正社で活躍した実力者だ。
大阪出身で、小学4年の頃から軟式野球を始めた。中学からは硬式野球に転向し、履正社の系列のクラブチームに在籍。そのまま履正社へ進学した。ポジションは野球を始めた当初から投手で、「投げることが好き。バッターと1対1で戦って抑えることが楽しい」と目を輝かせる。串にとっては、マウンドが最も才能を発揮できる場所だ。大学では失投の多さを課題に挙げ、打者の膝元付近に投げることや変化球を増やすことを意識して練習に取り組んでいる。
履正社といえば、男子野球部も言わずと知れた名門校。当時は「女子だけ弱いのは嫌だ」と、男子部の活躍を発奮材料にしていた。仙台大硬式野球部も、2年連続で明治神宮大会に出場している強豪。女子硬式野球部のメンバーで試合会場に足を運び、男子選手の動きを参考にすることもあるという。恵まれた環境に身を置き、大学4年間を全力で駆け抜ける。
仙台大の環境に惚れ、大学で捕手転向
履正社出身の1年生は串のほかにも二人いる。正捕手の真弓心捕手(1年=履正社)と遊撃を守る若生彩杏内野手(1年=履正社)で、ともに上位打線を打つ打撃センスを併せ持つ。
真弓は高校時代は外野手で、大学からチーム事情で捕手に転向した。捕手は軟式野球をしていた小学生の頃に1か月程守っただけで、ほぼ未経験。「外野手とは真逆で、常にボールに触れていないといけないポジション。自分にできるのかな」と不安を抱えながらも、実戦の中で少しずつコツをつかんできた。高校の頃から仲の良かった串とバッテリーを組む際は、配球を串に任せリードを学びながら球を受けている。
「目一杯野球ができる」環境を求め、仙台大を選んだ。毎日のようにグラウンドで練習できるだけでなく、体育大学のため授業で勉強することを野球に結びつけられる点にも魅力を感じた。「いろんな方が動いてくださることで、目一杯野球ができている。街全体で応援してもらえていることも実感している」。新たな環境、新たなポジションで成長していく自分を心の底から楽しみにしている。
高校で全国準優勝、大学でも中軸担う
打線の中軸を任されている後藤美海内野手(1年=開志学園)も、強豪校出身。高校3年だった昨夏は全国高校女子硬式野球選手権大会での準優勝に貢献し、決勝は横浜隼人(神奈川)に1点差で敗れたものの、高校野球の聖地・甲子園で熱戦を繰り広げた。「甲子園で試合ができるのは決勝に残った2校だけ。甲子園でプレーできたことは自分の野球人生の財産になった」と最高の思い出を振り返る。
元々は三振の少ないシュアな打撃が持ち味だが、大学では長打を求められており、打撃フォームを改造中。日々試行錯誤しながらバットを振っている。「チームの目標は『全国で1勝』だけど、そこでとどまりたくない。常に上を目指してチームが一つになって勝ち続けることに意味がある」。日本最高峰の舞台で戦った輝かしい実績があるからこそ、中心選手としての自覚を持って大舞台に挑む。
チームを率いる入澤裕樹監督は2008年から15年間仙台大硬式野球部のコーチを務めた経験があるものの、女子野球に携わるのは初めて。女子選手を指導する中で「男子に負けじと能力が高く、野球に対する考え方もしっかりしていて、やりがいがある」と感じており、特に硬式野球出身者には絶大な信頼を置いている。彼女たちの全国大会での活躍に注目だ。
女子野球の普及、東北の地でも
近年拡大しつつある女子野球の普及。東北も例外ではなく、2018年にクラーク仙台に東北の高校で初となる女子硬式野球部が発足すると、昨年度は青森、山形、福島の各県で初の高校女子硬式野球部が始動し、今年度も花巻東が春の全国選抜大会で準優勝するなど急激に普及、強化が進んでいる。仙台大も、東北地区で硬式野球を続けたい女子選手の受け皿となるべく創設された。当事者はどう思っているのか、3選手に聞いてみた。
「小学生のチームに女子選手が2、3人いるのが普通になったり、女子だけの大会が開かれたりしているのは大先輩の方々のおかげなので、感謝したい」(真弓)、「大会が開催されるごとに参加チーム数が増えていて、女子野球が広まっていることを実感している」(後藤)。
女子野球の広がりを肌で感じる一方、「野球をする女の子がもっと増えたらいいなと思う。自分は女子野球を全国に広めるのが目標なので、大学を卒業しても野球を続けたい」(串)、「関西でやっていた身としては、東北や他の地域でももっと普及できると思う。大学も全国に1チームはあるというような状況をつくれるよう、個人としても女子野球の可能性を広げられる選手になりたい」(真弓)、「野球に携わっていない人で女子野球を知っている人はあまりいないはず。仙台大に東北の大学では初めて女子硬式野球部ができて、そこに1期生で入部した自分たちは女子野球を広めていく土台になるべき選手だと思う」(後藤)といった声が聞かれるように、さらなる普及に向けた課題を自らのモチベーションに変えている選手も多いようだ。
後藤は「女子選手には観る側まで活気が伝わるくらいの元気さがある。それが一番の女子野球の魅力」と話す。男子と遜色ない真剣勝負、その中で漂う、女子ならではの明るい雰囲気。大学で東北の地を選んだ女子選手たちが、女子野球の醍醐味をプレーで伝えてくれるはずだ。
(取材・文・写真 川浪康太郎)