「ES CON FIELD HOKKAIDO」で子どもたちがプレー「応援し、される喜び」を背に新球場で躍動 ユニバーサル野球in北海道
年齢や性別、障害の有無を問わず”誰でもプレーできる野球”がある。
それが”ユニバーサル野球”。
脳性麻痺の少年の「野球がやりたいです」という言葉から誕生した”リアルな野球盤”である。
この6月、道内5地域の小学校などでユニバーサル野球が開催された。
北海道日本ハムファイターズの新球場「ES CON FIELD HOKKAIDO」がオープンし、北海道での野球熱がさらに高まる中、子どもたちが新球場で多く歓声を浴びながらプレーした。今回はその模様をお送りする。
取材協力:北広島市立西部小学校、札幌市立幌北小学校、北海道教育大学付属 釧路義務教育学校、堀江車輌電装株式会社、株式会社ファイターズ スポーツ&エンターテイメント
撮影 / 文:白石怜平
誰でも楽しむことができるリアルな野球盤
ユニバーサル野球とは、実際の野球場の1/20の大きさで作られたリアルな野球盤。年齢や性別そして障害の有無に関係なく、誰でも楽しむことができるスポーツである。
考案・発明したのは堀江車輌電装の中村哲郎さん。17年4月に脳性麻痺の少年と出会い、「野球をやりたいです」と声をかけられたことがきっかけだった。
北海道出身の中村さんは、夏の甲子園に今年で通算40回目の出場を果たす名門・北海高校の元高校球児。少年の言葉に心動き、何とか実現させたいと約2年かけてつくりあげた。
19年3月に東京都立小平特別支援学校で体験会を行って以降、コロナ禍の縮小開催を経て、現在は全国の特別支援学校や小学校・放課後等デイサービスで展開されている。
ユニバーサル野球のプレーの特徴は、ひもを1cmほど引くとストッパーが外れてバットをスイングすることができ、ホームベース上で回転する円盤上に設置されたボールを打つ。実際の野球同様、ボールに当たるタイミングで打球の方向が決まる。
グラウンド上に「HOMERUN」や「1BH」「OUT」などと記されており、打球の止まった場所で判定され、得点数の合計で勝敗を競うルールになっている。
中村さんは体験会で第1回をお披露目してからは野球盤の改良を重ねてきた。バットの形状や音、芝生や下を支える素材など4回の改修を行っている。
今回は「ES CON FIELD HOKKAIDO」型の特別版
今年6月、ユニバーサル野球は中村さんの地元でもある北海道で開催された。北広島市から始まり、札幌・釧路・函館・旭川の5地域を約2週間かけて回った。
中村さんは今回のプロジェクトでは、”ひとを応援する大切さと、ひとから応援される喜び”をメインテーマに位置付けた。
「コロナ禍で対面でコミュニケーションが取れなかったり、声を出せない時期が続きましたが、ようやくできるようになってきました。
ユニバーサル野球を通じて今の子どもたちにも声を出して応援する、してもらう大切さを実感してほしいと思いを込めてこのテーマにしました」
また今年は、北海道の野球にとって特別な年でもある。北海道日本ハムファイターズの新球場「ES CON FIELD HOKKAIDO」が3月にオープン。北海道の新たなシンボルとして、全国の野球ファンからの関心を集めている。
今回のユニバーサル野球はファイターズと組んだ特別企画となっている。
球場と「HOKKAIDO BALLPARK F:VILLEDGE」を運営する(株)ファイターズスポーツ & エンターテイメントが後援し、野球盤も新球場型の特別モデルが製作された。
ファイターズとユニバーサル野球との関係は19年に遡る。東京の毎日新聞本社で行われたプレオープン会で球団職員が観覧に訪れ、脳性麻痺の少年が野球をする姿に心打たれた。
その後も球団職員が観覧に訪れていたことから、中村さんが「新球場をモチーフにしたユニバーサル野球ができないか」と提案。
球団も23年にオープンする新球場やボールパークを道内全体に根付かせたいという思いもあり快諾し、実現に至った。
6月中旬から約2週間、北海道5地域で実施
6月12日、「ES CON FIELD HOKKAIDO」がある北広島市で北海道でのユニバーサル野球がスタートした。
今回実施した5校ではいずれも学校授業の一環で実施。4校が小学校で旭川は特別支援学校で行った。小学校では主に4年生を対象にし、参加した各クラスが50分間、普段味わえない特別な時間を過ごした。
設営には中村さんを始め、開催地域のスタッフが各回3〜4人ほど集まった。起業している方から、地元の教育大学の学生など経歴も様々で、「子どもたちの喜ぶ姿が見たい」という想いから有志で手が挙がった。
初夏のこの時期、午前の涼しさと午後の暑さが入り混じる中、朝から学校に集まり汗をかきながら準備に励んだ。
授業開始10分前には担任の先生に引率されて生徒たちも体育館へ。授業を受ける子どもたちにはここまで伏せられていたため、先ほどと同じく驚きの声に包まれた。
今回はグラウンドでプレーする野球とは異なる特別ルール。「1BH」から「HOMERUN」までをそれぞれ1点〜4点とし、2チームに分かれてその合計得点を競う形式で行われた。
中村さんは、一番大切なこととして「ナイスバッティング」「ドンマイ」などと結果に関係なく必ず声を掛け合うよう呼びかけた。
運動が得意でない子でもホームランを打ち、スターになれる
いよいよユニバーサル野球がプレーボール。打席に向かう時はプロのウグイス嬢が打者の名前と共に、事前にヒアリングした一人一人の”素敵なところ”も交えてコールした。
声の主は赤荻福枝さん。北海道日本ハムファイターズや千葉ロッテマリーンズのファームの試合や、アマチュア野球で場内アナウンスをしている現役のウグイス嬢である。
赤荻さんは19年のプレオープン会から担当しており、今回も東京から駆けつけ、4会場でアナウンスを担当した。
中村さんは「プロのウグイス嬢にやってもらうからこそ意味がある」と考えている。その想いを語った。
「高校球児だった時、試合の中でどこで自分にスイッチが入ったかと考えた時、場内アナウンスで名前を呼ばれて打席に向かう時だったんです。普段味わえない体感ができますし、スポーツの原点だと思うんです」
プロ野球さながらの演出で打席に入った子どもたちは、早くも盛り上がりを見せた。
最初の打席ではなかなかヒットゾーンへ運べず、残念がるシーンも多かったが、チームに戻ると中村さんからの話の通り「ドンマイ」とチーム間でタッチして出迎えた。
今回は1人2打席のチャンスがあり、2巡目に入り徐々に慣れてくるとヒットを打つ子どもたちも増えた。
結果にみんなで一喜一憂し、ヒットを打った際には両手を挙げてハイタッチを交わす。”ホームラン”を打った子も続々と現れ、体育館中に高い歓声がこだました。
中村さんの一番の想いであった応援も各会場で共通して最も輝いたシーンだった。スタッフの1人は太鼓係となり、大きな声で「かっ飛ばせー!〇〇(名前)」と一緒に声援を送る。
横で打席を待つ子どもたちは途中から全員立ち上がり、飛び跳ね手を叩きながら味方や相手チーム関係なく大きな声援を送り続けた。
「将来、障害のある方と働く機会が増えていると思います」中村さんの想いとは
ユニバーサル野球の魅力は”誰もが楽しめる”ことで、野球経験がない子でもホームランを打つことができる。実際に打つと歓声を一身に浴び、試合のヒーローになった。
各回終了後に子どもたちが感想を述べる機会があったが、特に多く寄せられていたのが、
「運動が得意じゃない人でもホームラン打てたので、本当にすごい野球だと思いました」
「私は普段運動はやっていないですが、ヒットを打ってみんながハイタッチしてくれました」
といった内容のコメントだった。運動の得意不得意や性別に関係なく、野球そしてスポーツで活躍できた証だった。
生徒たちを見守り、時には試合に参加した先生たちもこう振り返った。
「相手チーム、自分たちのチームでも一生懸命やっている姿を讃えていたのがすごく素敵でした。ホームランを打ったときにハイタッチを真っ先に求めに行ったのは相手チームの女の子でした。
ドンマイって進んでやってくれていたし、そういう姿勢がすごく大事だと思うのでこれからの生活に活かしていきましょう」
約2週間にわたる北海道でのユニバーサル野球は無事に全日程を終えた。中村さんは仕事の傍らで障害者スポーツの支援を12年ほど行っている。冒頭の説明の際には必ず脳性麻痺の少年の話を紹介した。これらを踏まえ、
「子どもたちが社会人になったら、障害のある方たちと働く機会がさらに増えていると思います。その時は、ユニバーサル野球を思い出して共に前に進んでくれたら嬉しいです」と語った。
ワンボックスカーで道内を行脚しており、コンパクトに畳んだ野球盤を積んで移動しようとする際に、プレーした子どもたちから「また来てね」「来年も待ってる」と各所で必ず声をかけられた。
ユニバーサル野球は心に残る授業になるとともに、全国の子どもたちに笑顔を届けていく。