サッカー王国・静岡で岳南が目指す 新しいクラブの形

 サッカー王国と呼ばれている静岡県。その起源は高校サッカーの隆盛で、その後も初の小学生チームの発足や、Jリーグでも全国で2番目にクラブ数が多いなど、国内においてサッカー王国という地位は今後も揺るがないだろう。

しかし“王国”といっても盛んなのは名門校が多く、清水エスパルス(静岡市)やジュビロ磐田、藤枝MYFCが活動する西部・中部の地域。東部ではアスルクラロ沼津がJ3に所属しているものの、学生カテゴリも含めると西部と中部に比べればサッカー熱は少々劣ってしまうのが現状だ。

その中でも県東部で富士山の麓に位置する富士市・富士宮市をホームタウンとし、東海社会人サッカーリーグに所属している岳南Fモスペリオ(以下岳南)は2030年までのJリーグ入りを目指しながら、勝利だけでは測れない価値を見出すべく活動している。

地元への恩返しを胸に
帰郷した2人の元Jリーガー

 元々、岳南は富士市、富士宮市のサッカー愛好家が「富士根クラブ」として1987年に発足したのが始まり。長らく草サッカークラブとして活動してきたが、2015年に現在のクラブ名になってからは本格的にJリーグを目指すことに。2022年に15年間所属していた静岡県社会人1部リーグから東海社会人サッカーリーグ2部に戦いの舞台を移すと、翌年には最短で1部に昇格。
2024年には株式会社モスペリオを興し、初の東海社会人サッカーリーグ1部では5位となった。
クラブ運営の中枢を担い、今シーズン途中からは監督にも就任した赤星貴文代表取締役は富士市の出身。プロ選手としては浦和レッズなどの国内Jクラブから始まり、8か国の海外クラブにも所属した。
オランダのクラブでのシーズンを終えた後、2021年に現役引退を表明していたが岳南からの強いオファーを受け、クラブスタッフとの兼務で現役に復帰した。「『地元の人たちに向けてもう少しプレーしてもらえないか』というお話をいただきました。一度プロサッカー選手としては区切りをつけていたのですが、選手兼務という形で活動できるのであればということで加入させていただきました」と赤星代表取締役。自身の将来を見据えながら、地元への恩返しという思いでの帰郷だった。
「恩返し」という意味では今シーズンから加入した平岡康裕コーチも、地元への思いを持って帰ってきた。赤星代表取締役と同様にJリーグでの経験が豊富で、清水エスパルスを皮切りに計4クラブでJリーグ392試合に出場した平岡コーチ。
Jクラブからスタッフとしてのオファーもあった中、「これまで地元に何も恩返しができていなかった。恩返しという意味でも富士市、富士宮市を盛り上げたい」という思いから入団を決意。学生時代から顔見知りである赤星代表取締役の存在も大きかった。
岳南はクラブとして企業からのサポートを受けているが、所属する選手たちは働きながらサッカーをしている。プロ選手として活動してきた赤星代表取締役、平岡コーチにとって当初はギャップがあったが、「環境が整っていない部分を言い訳にせずやってくれている」と平岡コーチが評価するように、選手たちは懸命にボールを追いかけている。
またこれまでは日中は仕事をして夜に練習することが多かった中、今シーズンからは午前に練習、午後から仕事というサイクルが組めるように。クラブのスポンサーが勤務先となり、選手たちを受け入れてくれており、理解のある勤務先で働けることは心強い。
「決して恵まれている環境ではありませんが、ここから変化していく姿が楽しみでもあります」と赤星代表取締役はクラブを“ゼロイチ”に進める過程に苦労しながらも、生まれ育った地で活動するクラブを自らの手で大きくしていく部分にやりがいを感じている。

監督として選手たちとミーティングをする赤星代表取締役


フィロソフィーを掲げ
クラブが目指すべき指針を定める

 将来的なJリーグ入りを目指している岳南ではあるが、“ただ試合に勝つことだけを求めるのではなく、富士山のように強く・逞しく・ぶれない心で人々を魅了するサッカーを目指す”というフィロソフィーを掲げている。
これは赤星代表取締役がクラブにジョインする前から大事にしていた部分ではあるが、「私が入ったタイミングで上のリーグに昇格できたり、スポンサーが増えたりと状況が変わっていく中、クラブとしてのコンセプトを言語化して前に進んでいこう」という思いで掲げたものだ。
Jリーグ入りには勝利し、上位リーグに昇格し続けることが最大の近道ではある。しかし海外を転戦し、多くのクラブの形を見てきた赤星代表取締役はクラブの価値を測る上で勝利が全てではないといことを実感している。
「すでにJクラブはたくさんあって、Jリーグ入りを目指しているクラブも多く、ビジョンはどこも一緒というわけではありません。私たちは地域活性化という点で地域の課題とうまくリンクしながら、全国や世界に向けて分かりやすいビジョンにしないといけないと思っています」
当然勝利を第一に求めるサポーター、スポンサーも少なからず存在しているが「イベントも含めていろんな方々にクラブを好きになってもらいたい。もちろん勝っていけば評価はされますが、逆に負けても応援してもらえるようなクラブになっていかないとクラブ運営は長く続かないのかなという思いはあります」と赤星代表取締役。
この言葉を体現すべく、スクールの開校はもちろん、キャリア教育やイベントの開催など、地域活性化のための積極的な活動に励んでいる。

ファンとの交流も欠かせない

クラブの活動を通し
次世代につながる財産を残したい

 地域の活性化という意味ではクラブが主体となり、来年の1月5日に富士市と富士宮市出身の元Jリーガーが集うイベント“Mt FUJI Football Dream Festival”を開催する。赤星代表取締役は2年前から構想しており、チームの体制がある程度整い、さらに平岡コーチが入団したこのタイミングでの開催に至った。
その背景にあるのは地元への思いだ。
先述したようにサッカー王国・静岡においてサッカー熱が高いのは西部や東部。かつては岳南地区の有望な選手も清水や磐田のユースチーム、強豪校に進学する傾向が強く、その後の受け皿となる大学やクラブチームがなく、同地区出身の選手は地元でプレーしたくてもできない状況だった。
その受け皿になることも、クラブに課されたミッションである。「この地を離れていた子たちが、選手でもスタッフでも地元に帰ってきてくれるような場所が作れたらいいんじゃないかなとは思います」と赤星代表取締役。将来的には育成システムを構築し、一貫した指導で人材を育成していくことも目指している。
今シーズン指導者として帰郷し、これまでの経験を選手たちに還元している平岡コーチも同じ思いだ。「イベントやクラブを通して、僕たちのように富士市、富士宮市からプロになった選手がいることを知ってほしい。そしてこの地域から1人でも多くのJリーガーを輩出したいです」と目標を定めている。
そして赤星代表取締役は「まずはこのクラブを大きくしたい。次に引き継いでくれる人たちのために、そしてこのクラブが残っていけるように、今は一生懸命やり続けることが目標です」と意気込む。
成長過程の岳南にゴールはない。地域活性化と未来のクラブを担う子どもたちのためにこれからも走り続ける。

今後も地域に根ざした活動を続けていく

関連記事