渋谷×サッカー SHIBUYA CITY FCが創るフットボールというコンテンツ

日本が世界に誇るカルチャー発信地、渋谷。その渋谷とサッカーが同時にイメージされることは少ないだろう。しかし今、渋谷×サッカー(フットボール)という新たなカルチャーを創り出そうとするサッカークラブがある。「SHIBUYA CITY FC」だ。なぜ渋谷にサッカークラブを作ったのだろうか。2023年現在、東京都社会人サッカーリーグ1部を戦うSHIBUYA CITY FC(以下、渋谷シティ)の現在と今後の取り組みについて、クラブの運営法人である株式会社PLAYNEの代表 小泉 翔氏に話を伺うことができた。

「渋谷でなければやる意味がない」 SHIBUYA CITY FCの設立のきっかけ

「仲間と草サッカーをやろうと集まったことから、渋谷シティは始まりました」

最初からサッカーをコンテンツにした事業展開を目的として設立されたわけではなかった。しかし以下のように続ける。「他と違ったのは、スポーツ業界やデザイン業界で働いている人、事業をやっている人が多かったということです。日本サッカーをかっこ良くしたい、新しいことをしたいという人が多かったですね」

社会人になってもサッカーがしたいという、正直に言ってよくある動機で集まっただけであったが、活動拠点として渋谷の地を選んだことで、カルチャーやクリエイティブに敏感な人々が集ったということだろう。それによりビジネスや社会貢献にも活動の場が広がっていった。渋谷を拠点に活動するクリエイターやビジネスパーソンによって生み出された団体。それが渋谷シティであり、その事業は先進的で創造的なものばかりだ。具体的な内容については後述するが、その前に渋谷シティの歴史に触れておきたい。

立ち上げは2014年。その頃、小泉氏とPLAYNEWの前社長で現在は会長を務める山内 一樹氏をはじめ、クラブ創業期の同世代のメンバーは、仲間と渋谷によく集まっていた。「流行の発信源で新たなサッカークラブを作りたい」その一言で始まった。「TOKYO CITY F.C. 」としてスタートしたクラブは2015年に東京都リーグに加盟。2019年には法人化し、2020年に東京都リーグ1部に昇格したと同時に「SHIBUYA CITY FC」と名称を変え、現在に至る。「もし渋谷で活動できないなら辞める」と言い切る小泉氏。それだけの覚悟を持ってクラブを立ち上げた。

渋谷×フットボールを体現するイベント「FOOTBALL JAM」

アマチュアのサッカークラブがビジネス面で残した大きなインパクト

果たして、渋谷から生まれるカルチャーや流行にフットボールは受け入れられるのだろうか。「まだ何もできていないが、将来的に受け入れられると信じている」と小泉氏は口にするが、客観的に見て既に成功していると感じられるところは多い。

「FOOTBALL FAM」はそのひとつだ。2022年11月に渋谷の街を舞台とした都市型サッカーフェスとして開催されると、渋谷スクランブルスクエアや渋谷ストリーム、代々木公園など渋谷の各地は多くの人々でにぎわった。「サッカーに興味がない人に向けて発信したい」という狙いがあったが、面白いことや新しいことに敏感な人々が歩く渋谷において、誰もが気軽に参加できる街中フェスは、大きなインパクトを残したのではないだろうか。さらに小泉氏は「ファンやサポーターはもちろん、パートナー企業(スポンサー企業)やサッカー関連企業が支援してくれたことで繋がりが広がった」とも話した。

また、2023年4月には渋谷区スポーツセンターで「SHIBUYA FOOTBALL FES」を開催。有名インフルエンサーとのエキシビションマッチや体験コンテンツ、選手との交流など、多くのファンが渋谷でのフットボールを楽しんだ。

「SHIBUYA FOOTBALL FES」では多くのファンが選手との交流を楽しんだ

大都会では大きなグラウンドやイベント会場を確保するのが困難だが、渋谷シティは積極的に地域活動やイベント開催し、多くのファンやサポーターが参加する。2022年シーズンのホームタウン開催となった渋谷区スポーツセンターでの公式戦には、2日間で延べ約1000人もの観客が集まった。渋谷シティは「FiNANCiE」というトークン発行型クラウドファンディングサービスを活用しているが、Jリーグクラブにも引けを取らない数のファン(トークン保有者)を抱える。試合当日はFiNANCiEと連動した参加型企画で、ホームゲームを大いに盛り上げた。

また、渋谷シティを支えるのは個人のファン、サポーターだけではない。渋谷区やその周辺を拠点とする大小の企業がパートナーになっている。渋谷を代表する企業である東急株式会社もそのひとつだが、その東急との取り組みで渋谷駅前に巨大ポスターを掲示したこともある。

2022年に引き続き渋谷駅前に登場した巨大看板

2023年4月時点でパートナー企業は220社を超えているが、それだけの数の企業が支援する理由について小泉氏は「企業の課題をヒアリングして一緒にできることを提案する、課題解決型パートナーシップに共感いただいているのだと思います」と話す。企業名や商品名の露出を目的とした広告商品として売るのではなく、企業の課題に対してサッカークラブとして何ができるのか?常にそのことを考えて提案しているからこそ、win-winの関係性が築けているのだ。

パートナー企業はアマチュアカテゴリー(※)である東京都社会人サッカーリーグ所属のクラブに対して、過大な広告価値を求めていないかもしれない。プロクラブに比べたら大きな露出効果は見込めないだろう。しかし「220社のスポンサー同士、経営者同士の交流が盛んになってきました」と小泉氏が話す通り、ビジネスマッチングの場を提供できることは渋谷シティのパートナーになるメリットだ。「まだまだやることは山積みです。グラウンドや安定した練習場の確保も急務だし、会社規模をもっと大きくしていく必要もあります。将来的に、今のカテゴリーからパートナー企業だったことに価値を感じてもらえるようなクラブにならなければなりません」と小泉氏は言葉に力を込めた。

※SHIBUYA CITY FCが所属する東京都1部リーグは、Jリーグから数えるとJ7相当

チームにはプロや大学で活躍した実績ある選手が在籍する

ここまでビジネス面の話をしてきたが、渋谷シティはサッカーチームである。チームとしての現在地はどこにあるのだろうか。「都1部のレベルが高く、強化面でももっと高いレベルを求めていかないといけない」と小泉氏。とはいえ、そうそうたる選手や指導者を揃えてきた。

選手には元日本代表の阿部翔平選手、国内外で長くプロとして活躍した田中裕介氏(現、PLAYNEW執行役員)などが顔をそろえ、昨年はテクニカルダイレクター(強化責任者)として2002年日韓ワールドカップに出場した戸田和幸氏(現、SC相模原監督)が在籍した。そして2023年シーズンの監督として、Jリーグや年代別日本代表で活躍した増嶋竜也を迎え入れた。

小泉氏は「2019年にヴァンフォーレ甲府から阿部選手が加入したことが転機」と話す。「都心で新しいことをやりたいというクラブのマインドに興味を持ってもらった」とのことだ。その後もサッカー界での人脈を広げ、戸田氏や増嶋氏の紹介に繋がった。自らもJリーグクラブのユースで活躍した小泉氏ではあるが、もともとサッカー界に人脈があったわけではない。「周囲を頼ってここまでやれています」と謙遜するが、小泉氏の行動力が多くの出会いを生み出していることは間違いないだろう。そして小泉氏自らも「自分でもそこが強みだと思ってやっています」と笑みを浮かべた。

SHIBUYA CITY FC を牽引する元日本代表の阿部翔平選手

そんな強力なメンバーが揃ったチームでも、東京都を勝ち抜くことは容易ではない。都1部に昇格した2021年は7位、2022年は3位で関東昇格トーナメントに進出するもPK戦の末初戦敗退と、苦しい戦いが続いた。メンバーが大幅に入れ替わった2023年シーズン。「平日の練習に来られない選手は一人もいないし、練習の強度が高い。どう考えても昨シーズンより強いです」と、悲願の関東リーグ2部への昇格を目指す。

その一方で、2022年シーズンは所属する選手個人の飛躍があった。当時テクニカルダイレクターの戸田氏が、J3のSC相模原の監督に就任するためチームを離れることになったが、中心選手として活躍した國廣選手にオファーを出し、移籍した。渋谷シティとしては痛手だろうが、Jリーグクラブからオファーが来ても引き止めないと決めているとのこと。違約金や移籍金が発生することもないし「むしろ歓迎」と小泉氏は話す。Jリーグクラブへのステップの可能性がある環境なのだと周囲に示したことで、今後は有望な選手に興味を持ってもらえるだろう。

新たなロールモデルを目指すSHIBUYA CITY FC

近年の社会人サッカー界は、法人化して事業としてチーム運営をするクラブが増えている。そのようなクラブがWebやITを駆使して活動内容を発信することで、社会人サッカーの露出が多くなっているように感じているが、実情はどうなのだろうか。そのことについて小泉氏に尋ねると「まだまだ身近な方々に限るという感覚ですね」との答えが返ってきた。そもそも、世の中に社会人サッカーの盛り上がりを伝えることを課題にしていないという。それでも「社会人サッカーは多種多様な考えのチームがある面白さがある」とも語った。「注目が集まっているのは間違いないし、選手やファンの人口を増やすという視点では良いことだと思います」と続ける。

渋谷シティは、今はあくまでもステークホルダーのためになることに注力してクラブを運営している。将来的にJリーグに昇格することが目標だが、真の目的は「事業面も含めた取り組みで日本のサッカークラブのロールモデルになる」ことである。

既に渋谷シティが実現したサッカー界初の事例がある。それも世界初だ。2022年12月、アメリカのストリートファッションブランド NEW ERA(ニューエラ)と、2023年シーズンからのユニフォームサプライヤー契約を締結した。NEW ERAは野球やバスケットボール関連の商品をメインに取り扱っており、サッカークラブのユニフォームを制作したのは史上初だ。渋谷シティの理念に共感したことで実現に至ったという。

NEW ERAがサッカーのユニフォームを手掛けるのは世界初

今後も地域貢献やブランディング、セカンドキャリアなどの事業に積極的に取り組む予定だ。選手やスタッフ、サポーターやパートナー企業の課題を解決するクラブになりたいと考えている。渋谷シティが目指すのは、サッカーが強いだけではない「世界でもっともワクワクするフットボールクラブ」だ。そのためには事業を拡大し続け、リーグのカテゴリーを上げることで、より認知を高めて渋谷に根付く必要がある。世の中の変化への対応とリーグ昇格。SHIBUYA CITY FCはこの2つのスピードを上げていくことだろう。

(取材・文:阿部 賢 写真:SHIBUYA CITY FC 阿部 賢)

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