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「ベストナイン選出者&3割打者ゼロ」でも優勝…仙台大が大一番で取り戻した“守り勝つ野球”

歓喜の瞬間は突然訪れた。10月13日の仙台六大学野球秋季リーグ戦最終節、勝った方が優勝の仙台大対東北福祉大。手に汗握る攻防が続き、1対1のままタイブレークに突入した。仙台大は10回表の守りを無失点でしのぐと、その裏、無死一、二塁から代打・唐澤愛斗捕手(4年=前橋商)が犠打を試みる。これが相手投手の三塁への悪送球を誘い、二塁走者が生還。思わぬ幕切れと同時に、仙台大の2季連続11度目の優勝が決まった。

全勝優勝した今春から一転、今秋は東北福祉大との「天王山」を前に東北工業大戦で勝ち点を落とした。最終的にベストナイン選出者、3割打者はともにゼロ。森本吉謙監督は「決して強いチームではない」と断言する。それでも、1敗もできない状況からライバルに連勝し、頂点に立てたのはなぜか。

チーム打率低迷も指揮官「ロースコア気にしない」

自慢の投手力は今秋も健在だった。左右の柱である渡邉一生投手(3年=日本航空/BBCスカイホークス)、佐藤幻瑛投手(2年=柏木農)は万全な状態とは言えない中でも二人で計5勝をマーク。苦しい局面は篠塚太稀投手(4年=千葉黎明)、樫本旺亮投手(3年=淡路三原)ら頼れる救援陣が支え、ルーキーの大城海翔投手(1年=滋賀学園)も大事なマウンドで期待に応えた。

一方、打線は深刻な貧打に悩まされた。チーム打率.199はリーグ5位、1試合平均得点3.83点(12試合46得点)は同4位。優勝を争った東北福祉大はチーム打率.307、1試合平均得点7.4点(10試合74得点)で、大きな差がついた。

東北工業大2回戦から東北学院大1回戦にかけては23イニング連続無得点。2敗した東北工業大戦では後藤佑輔投手(4年=仙台育英)、仁田滉人投手(4年=利府)の両左腕にいずれも完封勝利を献上した。

東北工業大戦で勝ち点を落とし、呆然とする仙台大ナイン

ただ森本監督はリーグ戦期間中、「バッティングに関しては割り切っていて、ロースコアになっても気にしていない。好投手は普通の打者に打たれないけど、好打者は普通の投手に抑えられる。それが野球」と悲観しなかった。

選手も考えは同じ。開幕節はスタメンを外れるも尻上がりに調子を上げた右の好打者・伊藤颯内野手(4年=鶴岡東)は「チーム打率は低いですけど、これといった原因があるわけではない。監督の言うとおり、悪く思わずに割り切っています。『打てる、打てる』という意識を持って、ここ一番で打てれば勝てるので、集中力を大事にしていきたいです」と話していた。

「自力」の守りにも危機感…盤石ではなかった秋

しかし、9月29日の東北学院大2回戦に5対4で勝利した試合の直後、指揮官はあることを嘆いた。

「バッティングは『他力』の部分があって相手投手の力量やいろいろな状況に左右されるけど、守りは『自力』。『自力』の部分で苦しむと先が見えなくなる。守りがこれだけ崩れるとなると、話はだいぶ変わってきてしまう」

チームトップ3勝を挙げた佐藤幻をはじめ、投手陣の奮闘が際立った

この日は内野陣が4失策を喫し、記録に残らないミスも散見された。この試合の前までの8試合は無失策。練習試合でも守りが崩れることはなかっただけに、突然の守乱に危機感を覚えた。ロースコアの展開が続く中、本来の強みであるはずの守りによくない影響が及んでいるのは否めない状況になっていた。

“仙台大の野球”体現したタイブレークの1イニング

それでも、主将の小田倉啓介内野手(4年=霞ヶ浦)が「僕たちが目指してきたのは『守り勝つ野球』。やることは変えずに、今までで一番の準備をして最終節に臨みました。ここ一番に強い選手がそろっているので、福祉大戦に関しては何一つ心配していませんでした」と話すように、最終節では仙台大の強さが戻ってきた。

1回戦は計8四死球を与え再三走者を背負うも本塁は踏ませず、6回に飛び出した田口大智内野手(4年=田村)の3点本塁打で奪ったリードを守り切り3対0で勝利。2回戦も10安打を浴びながらも最少失点でしのぎ、サヨナラ勝利を呼び込んだ。

中でも「守り勝つ野球」が最大限に発揮されたのが、2回戦の延長10回の守りだ。タイブレークの無死一、二塁から先頭打者にバント安打を決められ無死満塁に。しかもこの打者の打席の途中で正捕手の井尻琉斗捕手(2年=北海)が負傷交代を余儀なくされ、絶体絶命のピンチに陥った。

東北福祉大2回戦の10回、無死満塁のピンチを脱した

だが、ここからが仙台大の真骨頂。続く打者が三塁方向に打球を転がすと、三塁手の藤江優斗内野手(2年=米子松蔭)が落ち着いて処理し本塁タッチアウト。なおも一死満塁で今度は右翼方向に安打性の当たりが飛んだが、右翼手の平川蓮外野手(3年=札幌国際情報)がファインプレーを披露しこれを阻んだ。最後は投手の佐藤幻が気迫のこもった投球で空振り三振に仕留め、スコアボードに「0」を刻んだ。

仙台大打線は6回からマウンドに上がった東北福祉大・堀越啓太投手(3年=花咲徳栄)の前に1安打に封じ込まれたが、まさに守り勝って優勝をたぐり寄せた。

「1ミリ手前に落ちていたら…」紙一重だった勝利

平川は元々内野手で、今夏から外野手に転向したばかり。「打線の状態を考えると1点でも取られたらきついと思っていた。自分の前に打球が来たら飛び込もうと決めていました」と決死のダイビングキャッチを振り返る。今秋はチームトップの打率.286を残し、2本塁打もマーク。自ら「打線のキーマン」と称するほどの打撃が持ち味だが、ここ一番で守備でも魅せた。

井尻に代わってマスクをかぶった前田夢翔捕手(2年=鶴岡東)は緊急出場にも動じず佐藤幻を好リード。これまでリーグ戦で捕手として守備に就いたのは1度しかなかったものの、「いつでもいける準備はしていた。普段の練習からいろんなピッチャーと組んでコミュニケーションを取っているので、緊張はしたけど落ち着いていました」と冷静だった。

平川はバットでチームを引っ張り、最終戦は守備でも救った

「本当に勝ち運に恵まれた。いろいろなことが噛み合って、折り重なって、優勝させていただいたという感じがします」と森本監督。平川のファインプレーについても「『三苫の1ミリ』じゃないですけど、あの打球が1ミリ手前に落ちていたら…。勝ち負けは本当に紙一重」としみじみ口にした。

明治神宮野球大会出場を目指し、26日からは仙台六大学野球連盟を代表して東北地区大学野球代表決定戦に臨む。指揮官は「守りの面で盤石だったかというとそうではなくて、いつ負けてもおかしくない要素はいくらでもあった。慢心せず、やるべきことをコツコツと積み上げていく」と勝って兜の緒を締めた。次の舞台でも、「守り勝つ野球」を貫くつもりだ。

(取材・文・写真 川浪康太郎)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

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