「野球を学ぶ」伝統をつなげていく神奈川県立多摩高等学校野球部

神奈川県立多摩高等学校野球部は、競技だけでなく、野球を「学問」として研究し、様々な機会に情報発信している。
すでに、このコラムでも昨年、多摩高等学校の活動については紹介したが、今年はさらにバージョンアップした印象だ。
日本野球学会での研究発表
まず「日本野球学会」での研究発表。
「日本野球学会」は、野球に関する様々な分野の研究者が集まって、発表、意見交換をする場だ。
3年前までは「日本野球科学研究会」という名称だったが、23年から「日本野球学会」となった。学会ではあるが、大学や研究機関の研究者だけでなく、NPB球団の監督、コーチ、アナリスト、スポーツメーカーの研究者、開発担当者、さらには高校野球部の教員や生徒たちも参加し、研究発表を行っている。
23年、多摩高校はびわこ成蹊スポーツ大学で行われた第1回日本野球学会で「日本の野球人口拡大のために高校生ができることは何か」、「中学校部活動地域移行が高校野球人口に与える影響」「二塁から本塁までの走路における2塁走者の最適なリード位置はどこか」の3つのテーマで発表。
東北福祉大学で行われた24年は、「やり投げと投球動作の関係」、「高校野球へのピッチクロック導入は試合時間の短縮に繋がるか」の二つのテーマで発表を行った。
「やり投げと投球動作の関係」

近年、ドジャースの山本由伸投手など、やり投げの動作を投球に取り入れる選手が増えている中「やりの投擲動作」と「投球の投球動作」の動作解析を行い、効果的に「やり投げ」を野球の練習に取り入れることを目的にした。
調査は多摩高校の2名の投手と、同校の陸上部やり投げ選手の動作解析を行い、比較。また、野球の練習用に開発された槍の「フレーチャ」を使用する前後での投球動作の比較も行った。
この結果「やり投げ」の投擲動作を野球の練習に取り入れることで、投球動作の「並進運動速度」の改善が期待できる、とした。
「高校野球へのピッチクロック導入は試合時間の短縮に繋がるか」

近年試合時間の短縮が大きな課題になっている野球界で、高校野球でも試合時間短縮のために「ピッチクロック」の導入が効果的なのか、などを検証した。
昨年6月から11月、多摩高校で行った練習試合15試合で「ピッチクロック」を導入、導入しなかった対外試合14試合との、試合時間、盗塁数、四死球数の変化を見た。
この結果、「ピッチクロック」は1球に要する時間としては一定の時間短縮効果がある可能性があったものの、1イニング当たりの時間は「焦り」「投げにくさ」を感じて四死球が増加したため、むしろ長くなる傾向となった。選手へのアンケート結果も「ピッチクロック」導入には否定的だった。
高校野球の範囲内ではあるが、多摩高校野球部は、こうした先進的な研究を続けている。
今年2月11日にオンラインで行われた「第3回高校生野球科学研究発表会(主催:一般社団法人野球まなびラボ、後援:日本野球学会)」でも、同じテーマで発表を行った。
小学生のための「野球教室」

さらに、多摩高校では近隣の小学生を集めた「野球教室」も行っている。
24年は1月28日に近隣の少年野球チームに所属する小学1年生から3年生128人を集めて実施したが、2回目の25年も1月26日に、午前午後の2部に分けて開催し昨年とほぼ同じ約120人の学童が参加した。
「どろけい」から4つの競技へ

この「野球教室」は、すべて野球部員の高校生が企画した。
多摩高校のグラウンドで選手と共に準備体操。続いて選手が鬼になって小学生を追いかけて帽子を奪う鬼ごっこ「どろけい」で体を温めた。
さらに、小学生はグラウンド内に設けられたA.ストラックアウト、B.ティーバッティング、C.トスバッティング、D.フライキャッチの4つのコーナーを回って、野球の基本動作を体験した。
この日は晴天に恵まれたが、最低気温は4度。風も強かったが、「どろけい」で体を温めた小学生は、元気に各コーナーを回っていた。
最後は、ティーに置いたボールを打つ野球形式のゲームである「ティーボール」。他のチームの子供とも仲良くなった小学生は、夢中になって球を追い、グランドを走っていた。

野球未経験の小学生へのアプローチ
昨年の「野球教室」は、既に野球を経験している小学生を対象にしていた。近年、小学校で野球を始めても、中学で辞めてしまう子供が増えている。「野球好きの子供」を増やすための取り組みだったのだが、今年はそれに加え、野球未経験の小学生8人も参加した。
野球の魅力を体験してもらうことで、すそ野を拡大することが目的だった。
ユニフォームを着ていない未経験の小学生たちは、最初はぎごちなく動いていたが、いろいろな動作を経験して「ティーボール」をする頃には、経験者の小学生と同様に、元気にプレーをしていた。
グラウンドの傍らでは、未経験者の小学生の保護者に対して、野球部員が資料を配布し、今回のイベントの意義、目的などについて説明をしていた。

『できないことができるようになる』ことが楽しい

今回の「野球教室」を企画した多摩高校野球部2年の鈴木諒介君は
「去年は経験者を対象に行いましたが、今年は野球人口を増やすために、各小学校の学童に案内状を送って未経験者を8人集めることに成功しました。今回は、この未経験の子供にも野球の楽しさを伝えることを目標にしました。去年の経験で、子どもたちはただ『楽しい』ではなくて『できないことができるようになる』ことを楽しいと感じることが分かったので、今年は『できる』ためのアドバイスに重きを置いて接しました。みんな去年よりも充実した顔になったと思います。
また競技ごとにクリアすればポイントを与えるのも好評でした」と語った。
未経験者へのアプローチが難しかった

同じく2年生の稲毛瞭介君は未経験者への対応について、こう話した。
「僕は未経験の小学生の保護者の方向けに資料を作成し、説明もしました。保護者の方には、少しでも野球を始める不安を取り除けるようにという思いで話をしました。
未経験の小学生を集めるための資料も僕が作りました。でも直接学童クラブに行って資料を配ったり説明をすることはできなくて、小学生のお迎えに来ている保護者の方に資料を配り、説明するしかなかったので、難しかったです。
競技をするうえでは、各競技をクリアしたら与えるポイントを、未経験者には緩めに判定しました。また自信を付けさせるために、励ますような声掛けをしました。今後は、自分たちが出向く形で野球教室をするのもありかな、と思いました」
生徒たちが主体的に運営していた

飯島佑監督
多摩高校野球部の飯島佑監督は
「生徒たちが主体的に運営できていたと思います。昨年より、スムーズに進行していました。子供たちが野球を楽しむためには、どういうことをすべきか、何を実践すべきかが、より深いレベルでできていたと思います。資料の作成や、配布、説明、子どもたちへのアプローチについても生徒は頑張っていたと思うので、大きな収穫があったのかなと思います。
引き続きこの事業を継続していきたいと思いますが、できれば高校野球というものを直接見てもらう機会、球場に直接足を運んでもらう機会にまでつなげると“自分もやってみようかな”と思う子供が増えると思うので、そういう環境づくりまで出来たら、と思っています」
生徒は卒業していくが「野球を学ぶ」という多摩高校の姿勢は代々引き継がれていくことを実感した。