勝敗のないパラボールでは、参加者全員が金メダリスト

『第5回パラボールフェスティバル』が、11月5日にJPアセットスタジアム江戸川(江戸川区球場)で開催された。“パラボール”は障害者が参加できるよう、スポンジ製のバットとボールを使って行われる“ティーボール”形式の競技。結果や勝敗を決めないないため、参加者全員が勝者になれる。

2019年から始まった『パラボールフェスティバル』は、コロナ禍での中断を挟み5回目を迎えた。

ティー台の上に乗ったボールを打ち、ダイヤモンドを全力で駆け抜けホームまで戻る。場内には歓声と拍手が響き渡り、選手達は誰もが満面の笑顔を見せていた。

5回目を迎えた『パラボールフェスティバル』では、場内に歓声と拍手が響き、笑顔が溢れた。

~参加者にとっては夢のような舞台

「みんなが笑顔で目が輝いています。生きていることの充実感、今後への生きがいなどを得ることができる場所です」

参加者の取りまとめ等を行なっているのが、パラボールリーグ協会副理事長・杉啓以子氏。普段は、知的障害者施設や事業所を運営している。「障害者に、何か喜びになるものはないか?」と模索している中で同競技の存在を知った。

「“パラボール”は柔らかいボールとバットを使用することで安全性が高い。止まったボールを打ち、全力でベースを一周してホームインする。わかりやすいのが良かったです」

ティー台の上に止まっているボールを、自分のペースで打ち返す。その後は、みんなの声援を受けつつホームまで走るだけ。「わかりやすさ」こそが、参加者にとって大事なことでもあった。

「ホームインした時に、グラウンドを囲んでいるスタッフや観客の方々に拍手をもらえる。褒めてもらえて、一緒になって喜んでくれる。普段の生活では体験できない、素晴らしい時間がここにはあると思います」

「1年に1度の夢のような舞台」とも付け加える。参加者の日常は事業所と自宅の往復、屋外で身体を動かす機会などはゼロに近いからだ。

「他事業所の方々との交流もできます。参加回数が多くなると、顔馴染みもできて挨拶している風景もあります。何よりもご家族が嬉しそうなのが印象的。会場にいる誰もが笑顔で幸せになれるイベントです」

「こういった素晴らしい試みが、全国に広がって欲しいです」と言葉に力を込める。

パラボールリーグ協会副理事長・杉啓以子氏(写真左)と同理事長・栗山義広氏(同右)。

~イベントを通じて自信を持って、前向きになる人が増えている

「ロータリークラブとして、“障害者雇用”が重要だと考えます。イベントの全力サポートを通じて江戸川区に何かしらの貢献ができれば…」

運営を担っているのが江戸川区のロータリークラブ。パラボールリーグ協会理事長・栗山義広氏は、同クラブをまとめてイベント盛り上げのために奔走している。

「江戸川区に何かしらの還元ができたらと思っています。自己満足と言われるかもしれないですが、そういった思いでロータリークラブのみんなが全力で取り組んでくれています。障害者の方々と触れ合うことで、我々の視野も広がり、自分達にも好影響が及ぶはずです」

第1回から関わっている栗山氏は、参加者の変化を感じている。「イベントを通じて自信を持ち、前向きになっている人が多い」と語る

「最初は売店販売だけだった方が、『自分も打ってみたい』と言ってきた。そして、チームの一員としてゲームに参加するようになった。積極性が高まり、売店販売する商品の質も上がっています」

「『前日から気分が高揚して眠れなかった』という方がいました。『打つための練習をしました』と笑顔の方もいました。良い思い出や励みになってくれれば嬉しい。参加者全員に渡す金メダルが一生の宝になれば嬉しいです」

屋外で走り回るだけでなく、スコアボードに名前が載ることも大きな喜びとなる。

~“パラボール”は共生社会の実現へ大きな力になる

『パラボールフェスティバル』開催の旗振り役が、中学硬式野球の日本ポニーリーグ協会。

ポニーリーグでは、国際大会の『ポニー・ワールドシリーズ』期間中に、『チャンピオンズ・リーグ・ゲーム』という同様の試みを開催している。「共生社会の実現」を掲げる同協会が、“パラボール”イベント開催をするのは自然な流れだった。

「『チャンピオンズ・リーグ・ゲーム』のような大会が、日本でも必要だと思っていました。日本独自の形に発展させる意味で、“パラボール”という名前にしました」

那須勇元氏(日本ポニーベースボール協会・専務理事/事務総長)は、イベント立ち上げに尽力した1人。ポニーリーグ各年代の日本代表を率い、海外での試合を重ねて世界中の状況を目の当たりにしていた。

「“エコボール”事業の存在も、今イベント開催へ向けての大きなモチベーションになりました」と続ける。

「“エコボール”事業は練習や試合で傷んだ野球のボールを、障害者の方々が修理して流通し直す事業。そういう事業に携わっている方々に、野球の楽しさの一端を少しでも感じてもらいたかったからです」

「ポニーリーグの選手達にも、“エコボール”事業の存在を知ってもらいたい。自分達が使用しているギアの成り立ちがわかれば、野球への思いも変化すると思います」

野球界と障害者雇用は近い関係にあることを知ってもらいたい。そして障害者との接し方を早い段階から理解して、「共生社会の実現」へ繋げて欲しい思いもあった。

「パラボール周辺にある愛は、本家の野球に負けていない」とHARTYは語る。

~“パラボール”には大きな愛がある

開会式には、日本ポニーリーグ協会の公式テーマソング『夢中になり描こう夢』を歌うHARTYが駆けつけ、場内を盛り上げた。

「『選手を激動して欲しい』と第2回から呼んでもらっています。この先もずっと足を運んで、『みんなと一緒に歌って盛り上がりたい』と思っています」

HARTYは香川西高3年夏に甲子園出場経験もある。子供の頃から音楽にも携わっており、「音楽は何事にも味方(=プラス)になれる」と信じている。

「『“パラボール”って何だろう?』と考えましたが、参加者の楽しむ姿を見て杞憂に終わりました。『一緒になって楽しむだけで良い』と思った。みんなが楽しそうで、こちらが励まされている感じです」

参加者達の愛に溢れた笑顔と元気が、HARTYの心配を吹き飛ばしてくれた。

「最初は音を小さめでスタートしました。『大音量に慣れていない人を怖がらせては…』と思ったからです。でも歌い始めると、そんな心配は吹っ飛ぶくらい盛り上がってくれる。演奏しながら音をどんどん大きくしました(笑)」

「“パラボール”は野球から派生した競技ですが、愛の大きさは本家(=野球)に負けていないと思います」と付け加えてくれた。

真の“共生社会”が実現するため、“パラボール”が果たせる役割は大きいはずだ。

「多くの人に会場へ足を運んでもらい、障害者の方々と接して欲しい」が、今後へ向けての現場の思いだ。

「家族の方だけでなく、参加者と関係ない方々にも足を運んでもらいたい。“共生社会”という言葉だけでは何もわからない。実際に障害者の方々が楽しんでいる姿を見て、何かを感じて欲しいです」(杉啓以子氏)

「年に1回、こういう行動をする日があっても良い。普段は何気なく過ごしていても、この日だけは“共生社会”のことを考える日になる。本質を大事に、今後も未来永劫、続けていきたいイベントです」(栗山義広氏)

「子供達が自発的に足を運んで、障害者の方々と接して欲しい。少しずつでもそういう形になれば、真の“共生社会”が実現へ向けて進むと思います」(那須勇元氏)

有名チームや選手が参加しているわけではない。しかし、関わる人に“愛ある心”があれば、周囲へ好影響が及ぶはず。実際に参加者達と関わることによって、それが大きくなると信じている。

『パラボールフェスティバル』は、スポーツの持つパワーを感じさせてくれる素晴らしいイベントだ。

(取材/文・山岡則夫、取材協力/写真・パラボールリーグ協会、日本ポニーベースボール協会)

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