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甲子園を沸かせた元プロ&トレーナーが小中学生にラプソードを用いた革新的な指導を展開予定

「近未来的な野球指導の指針になるかもしれない」

元プロ野球選手・白根尚貴とパーソナルトレーナー・三重裕伸(みえひろのぶ)がタッグを組んで、小中学生を対象にラプソードを用いた野球指導プロジェクトを展開することを決めた。

ラプソードとは、投球や打球をカメラ、レーダーを駆使し、分析する測定機器。ボールの速度をはじめ、回転数、回転軸、打球角度など、さまざまな数値を計測できる。昨今のプロ野球界では、選手育成の場で活用されており、自身の投球または打球を数値化・分析することでパフォーマンス向上に寄与している。

一方で、アマチュア球界では費用面での問題もあり、プロほど活用が進んでいない。また、ラプソードで計測されるデータには、回転効率やエクステンションなど、理解の難しい項目もあり、データ分析のリテラシーが求められる。

こうした時代背景の中、小中学生を対象としたラプソードを用いた指導に、どのような狙いがあるのだろうか。

指導現場で起こる子どもの変化

白根は開星高校(島根県)のエース兼主砲として甲子園に3度出場。特に2年夏の甲子園での仙台育英戦は球史に残る熱戦となった。“山陰のジャイアン”として注目を集め、2011年のドラフトで福岡ソフトバンクホークスから4位指名を受け、プロ野球の世界に入った。プロでは野手として活躍し、2016年に横浜DeNAベイスターズに移籍すると、翌2017年にはプロ初本塁打を放った。

2018年限りで現役を引退すると、指導者の道に進んだ。翌2019年から2年間、四国アイランドリーグの愛媛マンダリンパイレーツで野手コーチを務めた。2021年には小中学生の野球クラブ・福山ウエスト(広島県)の創設に携わり、総監督に就任。2023年1月から2025年9月まで古巣のベイスターズで小中学生を対象とした野球スクールのコーチを務めるなど、さまざまな現場で野球の指導に携わってきた。

DeNA時代には一軍の舞台で本塁打を記録した白根

指導者として第2の野球人生を歩んできた白根だが、指導の現場である課題に直面している。

「現代の小学生は良い意味でも悪い意味でも、ませていて、言葉だけでは動かないですね。ひと昔前は指導者の言うことが絶対という時代でしたが、時代の流れもあって、今は言葉だけで説明しても『じゃあ監督できんの?』と口答えする小学生も一定数でてきてしまうのが現状です」

トレーナー業を営む三重も同様の問題意識を抱いている。三重は小学校のクラブチームや中学校の部活動に外部コーチとして携わり、小中学生の指導現場に深く関わる。

「今の子どもたちは『先生できないよね?』と見抜くと、なかなか話を聞いてもらえず、コミュニケーションの取り方で苦労されている先生方が多い印象です。特にYouTubeの影響が大きくて、現役メジャーリーガーや元プロのレジェンド選手たちの動画が事実ベースになり、プロに行っていない人や実績のない人の話は聞いてもらいにくいです」

白根は高校時代から甲子園で活躍し、プロ野球選手になったという実績もある。また、三重もプロの経験こそないが、社会人チームで野球を継続するなど、年齢的に身体が動き、トレーナーとして競技の実演もできる。しかし、現場には年配の指導者も多く、実演を示せないケースも少なくない。時代の変化に伴って、指導のあり方に苦慮している指導者が見受けられるという。

野球選手へのトレーニング指導を行う三重裕伸

そこで、数値やデータを用いた論理的な指導が有効ではないかという考えに行き着いた。

「YouTubeの中でも、目に見えて分かる数値とかデータなどをプロが取り扱う動画が子どもたちに刺さっていると感じています。ラプソードを用いた指導を行うことで、数値を上げたという実績を作っていく。論理立てて、納得するような言葉を使っていけば、子どもたちもしっかり聞いてくれるのではないかと思います」と三重は話す。

一方の白根も、「(ラプソードによる指導は)野球に向き合う子どもたちのためでもあり、現場の指導者のためにもなると感じています。自分で実演できなくても、計測される数字を用いて、理論的な指導ができます。『こうやれば、数値が上がったでしょ』と説得力を持つことができます」と話す。

ラプソードで新たな可能性を見出す

白根が総監督を務める福山ウエストでは、スピードガンやテクニカルピッチなど、数字を用いて、指導を行った経験がある。ラプソードを導入できれば、より詳細で正確なデータを計測でき、かつラプソードのような先進的な機器は子どもたちの食いつきもあると見込む。

「まずは数字で現状を把握し、新たな可能性に気付いてもらいたいです。『こういう練習をしたら、球速が上がった』ということを体験させてあげたいですね。野球人口を広げるためにも、野球との出会い方が重要になってくるので、そういった機会を提供できればと思います」(白根)

白根はさまざまな現場で指導を行ってきた

今回のプロジェクトでは、「本気で野球を取り組む人に本気の環境を与える」がテーマの一つになっているという。近年は、メジャーリーグから波及し、日本のプロ野球界でもデータの活用が進む。プロの最前線で活躍する選手の多くは自身のデータと向き合い、試行錯誤しながら、さらなるレベルアップに励んでいる。今後は高校生以下においても、データや数値を用いた練習が主流となる未来も考えられ得る。そうした意味でも早い段階から数値やデータに触れることは、将来を見据えても重要になるだろう。

「まずは年代に応じて最低限の数値を伝えていけばよいと考えています。小学生の段階であれば、専門的なことは現場の指導者に伝えていくのが合理的かなと思います。いずれは回転数、シュート回転やスライド回転といったレベルの内容は小学生にも把握させたいですね」(白根)

“身体の開きが早いから、リリースが早くなってシュート回転しやすい”などいった技術論は指導者に落とし込んでいくという。今回のプロジェクトは将来を担う子どもたちのためでもあり、子どもたちを育てていく指導者のためのものにもなる。

地方の野球レベルの底上げ

三重がストレッチやウォーミングアップなどのトレーニングや身体の使い方、白根がラプソードを用いた技術的な指導を行っていく。その他、細かな運営については検討段階にあるが、チーム単位ではなく、地域単位での提供を目指しているという。白根は島根県、三重は大分県とともに地方出身。特に白根は地域単位での野球レベルの底上げに注力してきた。

「自チームを持っていますが、他のチームでも友好的に接し、指導してきました。甲子園では地方の学校が勝ち上がるのが難しくなっていますし、各都道府県大会を見ても大阪や東京に比べて、試合の回数も少ないので、試合経験の少なさは絶対的な力の差になる。高校生より下の年代から底上げしていきたいです」(白根)

小中学生を対象にしたラプソード指導は2026年3月頃のスタートを目指している。最新のラプソードは購入費用が130万円近くかかるため、ラプソードをどこまで揃えるか、また、どのように事業展開をしていくのかなど、検討すべき課題はまだまだ多い。だが、かつて甲子園を沸かせた“山陰のジャイアン”はスポーツトレーナー・三重とタッグを組み、指導者として新たなフェーズを歩み出している。

写真提供:白根尚貴、三重裕伸
取材・文:野島広崇

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