競泳チーム「TASC」が挑む2028年ロス五輪への道。堀之内コーチの人間性に惹かれて結成
2025年冬、一つの新しいチームが動き出した。名は「TASC(タスク)」。メンバーは、花車優 (はなぐるま・ゆう) 、池本凪沙(いけもと・なぎさ) 、柳本幸之介(やなぎもと・こうのすけ)――全員パリ五輪を経験したトップスイマーだ。
新チームは、彼らが所属していたイトマン東京から堀之内徹(ほりのうち・とおる)コーチが退職したことをきっかけに結成された。
堀之内コーチは、早稲田大学水泳部コーチを経て、シドニー、アテネ、東京、パリ・オリンピックへ多くの選手を日本代表として送り込んできた実績を持つ指導者である。
選手にとって、イトマンを離れることは、整った練習拠点や食事・栄養面といったサポート環境を手放すことにも繋がる。
しかし、『これからも、コーチと共に挑戦を続けたい』と決意を固め、イトマンを離れて、堀之内コーチの指導を求めて新チームを立ち上げたのだ。
彼らはなぜこのチームを選び、何を大切にして泳ぎ続けているのか。決断の基準、チームの絆、そして2028年ロサンゼルス五輪への視線を追った。

競技強化と普及 —— 「TASC」が掲げる二つの道
TASCとは「トップアスリートサポートクラブ」の頭文字を取ったチーム名だ。そこには二つの思いが込められている。
一つは、堀之内コーチをはじめとする指導者たちが、現役アスリートの競技活動を支えるということ。
もう一つは、そのトップアスリート自身が水泳の普及に力を尽くし、社会に還元していくということだ。
綴りは異なるが、英語で「使命(task)」を意味する言葉とも重なる。彼らは、自分たちにできることを通じて社会に貢献するという使命感を持って、このチームを立ち上げたのだという。
TASCでは、選手が主体となって練習内容やチームの方向性を決めていく。
花車選手は「コーチが上に立って引っ張るのではなく、同じ目線に立ってくれる」のがこのチームの特長だと話す。
池本選手も、少人数だからこそ、選手が提案した練習メニューが積極的に取り入れられているという。

「自分がワクワクする方へ」——三者三様の決断が導いた場所
花車選手がこれまでの選択で大切にしてきたのは、どんなプールで、どんな仲間と泳ぐかではない。「自分が信頼できる指導者の下で泳げるか」という点だ。
一方で、新しい選択が必ずしも成功するとは限らず、将来「別の道の方が良かったのでは」と迷う日が来る可能性も想定しているとのこと。
そんな彼が迷ったときに選ぶのは「自分がワクワクする方」。新チームへの参画は、競技者としてだけでなく、一人の人間として楽しみ、成長できる環境。そこに希望を感じて選択した、と振り返る。
池本選手は、高校を選ぶ際は「楽しそうなチームか」「強そうなチームか」が基準だった。
しかし、その後の判断基準は「チーム」から「指導者」に変化する。堀之内コーチが指導する選手たちのさわやかな挨拶、先輩に対する言葉遣いをしばしば目にしていた。
その立ち振る舞いに「堀之内コーチとやれれば、競技力も上がるのはもちろん、人間性においても向上するはず」と確信。高校卒業を機に上京し、堀之内コーチに師事するようになった。
柳本選手は、大学1年目にタイムが伸び悩んだ時期があった。学校練習一筋でやってきたからこそ、クラブチームでの練習という選択肢には心理的な壁を感じていたという。打開策を探る中で、同じ大学の先輩が所属するクラブなど複数のチームを検討した。
そうした中、2023年のユニバーシアード代表合宿で出会った堀之内コーチは、水泳を辞めた後の人生まで見据えて話してくれる柔軟さがあった。
その姿勢に共感し、1週間の体験練習を経て、柳本選手は堀之内コーチの指導を受ける決断をした。
三者三様の道のりを経て、三人は同じ指導者のもとにたどり着いた。

「お父さんと選手」——同じ目線に立つチーム
チーム内での互いの見え方も興味深い。
柳本選手は花車選手について「社会人としてまだ抜けている部分がある自分にとって、しっかりしていて相談しやすい先輩」と話す。
練習がきつい時にちょっと相談しても、真剣に受け止めて前向きな言葉に変えてくれるのだという。池本選手も「ゆうさんは的確なアドバイスをくれる」と、同じような信頼を口にした。
柳本選手は「愛嬌があって、練習の雰囲気を明るくしてくれる存在」と池本選手に評される。花車選手は最年少の柳本選手に対し「もっと若さを前面に出して突っ走ってほしい」とエールを送る。
池本選手については、「持前の明るさと、考え方で、別の視点を与えてくれる存在」と花車選手は話す。
柳本選手にとって、池本選手は気の置けない「お姉ちゃん」のような存在だという。冗談を交えても気さくに返してくれるところが、日々の練習に楽しさを添えてくれていると柳本選手は話してくれた。
それぞれが異なる役割を自然に担いながら、チームの空気をつくっているようだ。
堀之内コーチとの関係は「指導者と選手というより、お父さんと選手みたいな感じ」と選手は口々に表現した。競技の技術指導だけでなく、人として向き合ってくれる存在だからこそ、主体的に練習に打ち込めるチームになっているのだろう。

「なんでこれを超えられないんだろう」——自分を超えるための試行錯誤
三人が見据える先には、それぞれの2028年ロサンゼルス五輪の姿がある。
パリ五輪の決勝で5位に終わった花車選手は、その結果を冷静に分析している。選考会で出したタイムをそのまま発揮できていれば、メダル圏内だった。「出し切ったけれど、やりきれなかった5位」と本人は表現する。
振り返れば、選考会からオリンピック本番までの数カ月、自分に課す基準を高く設定しすぎ、本番を迎える前に仕上げすぎてしまった 感覚があったという。現在は、体調の波のコントロール精度を上げることにも取り組んでいる。
池本選手が抱える課題は、記録との向き合い方だ。堀之内コーチのもとで100メートル自由形は何度も自己ベストを更新してきた一方、200メートルは6年間、自己ベストが止まったまま。
「なんでこれを越えられないんだろう」という思いが頭の片隅に残り、レース本番になると急に不安に襲われることがあるそうだ。
本人も「ライバルは自分」だと言い切る。ロサンゼルスでは、リレーに加えて個人種目での出場権をつかみたい考えだ。
柳本選手は現在、ウエイトトレーニングの方法を模索している最中だ。以前は重りをほとんど使わないメニューに切り替えていた。
しかし、タイムと泳ぎの感覚にずれを感じ始めたため、堀之内コーチと相談のうえ、以前のように重量を扱うトレーニングを再び取り入れ始めた。
目指すのは、重りを素早く持ち上げる「切り返し」のパワーを泳ぎにつなげることだという。

「頑張りきらなくても、少しずつでいい」——広がる輪の先に
競技力向上と同時に彼らが大切にしているのが、水泳の普及への意識だ。学校の水泳授業をめぐる状況や競技人口の減少が話題になる中、現役世代が果たせる役割は小さくないと三人は考えている。
池本選手は、サッカーやバレーボールのような一体感で競泳会場が沸く光景に憧れを抱く。ゆえに「水泳は楽しい」という発信を続けていきたいと語る。
競技結果を出すことと、その楽しさを伝えることの両輪で、水泳界を少しでも明るくしたいのだという。
柳本選手は、富山県でのスイムレッスンで、子どもから年配の方まで幅広い世代と直接触れ合った時のことを語る。
中高生からはレースに臨む際の心構えについて、年配の参加者からは「楽に、長く泳ぎ続けるコツ」について尋ねられることが多かったという。いろいろなスイマーと交流することも、活動の手応えになっているようだ。
普及活動は水泳業界全体や次世代のための活動である。
一方で応援してくれる人の存在そのものが、レース本番の緊張緩和やモチベーションUPに直結する側面もあると、花車選手は語ってくれた。
水泳の素晴らしさを伝えることは、レース会場での「自分たちに返ってくることでもある」というのだ。
インタビューの終わり、池本選手はふと「TASCはいいチームです、って伝えてください」と笑った。冗談交じりのその一言には、確かな信頼関係と、このチームから水泳の可能性を広げていこうとする意思が滲んでいた。
堀之内コーチの人間性に惹かれて集まった三人は、それぞれ異なる課題と向き合いながら、2028年ロサンゼルス五輪に向けて、新たな挑戦を続けている。

(取材・文/土屋明子 写真提供/TASC)
