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「誤審ゼロを目指します」(亀田興毅氏)、ビデオ判定導入でボクシングが大きく進化する

4月16日に行われたプロボクシング「3150FIGHT Vol.5~東京初進出!東京を殴りにいこうか!~」(東京・代々木第2体育館)。今回大会ではIBF戦において初となる、ビデオ判定システム「VTS(ビデオ・テスティング・システム)」が導入された。WBCが10年ほど前にルール化した「インスタントリプレー」だが、日本でも実現化するシステムが出来上がった形だ。

同システム導入に関わったのが同大会ファウンダー・亀田興毅氏、「ABEMA(アベマ)」格闘チャンネルのエグゼクティブ・プロデューサー・北野雄司氏だった。JBC(日本ボクシングコミッション)とも連携を取りつつ、新たな試みをスタートさせた。

VTS用としてコーナー上のものを含め5台のカメラが準備された。

~「誤審でのストレスは2度と味わいたくない」(亀田興毅氏)

「勝ち負けは自分の責任として納得できても誤審は無理です。ボクサーは命を賭けてリングに上がり、勝敗で人生が大きく左右される。その場所を準備する人間としてはできることを全部やりたい」

同世界戦をプロモートする3150FIGHTファウンダーの亀田氏は、プロボクサーとしての経験も踏まえて語ってくれた。

「人間の目には限界があります。試合中の選手のスピードは信じられないほど速い。また打ち合いやボディコントロール中に死角になる部分もある。パンチなのか、(主に頭同士がぶつかる)バッティングなのか、スリップなのか…。わかりにくいことは多々あるから、映像を活用したかった」

「『しょうがない』で済まされていたこともあった。でも今はデジタルが革命的に進歩しています。細かい部分まで明瞭に映し出して判断することができる。VTS導入は良いことしかないと思います」

1月6日のIBFミニマム級世界戦(エディオンアリーナ大阪)。王者のダニエル・バラダレス(メキシコ)と挑戦者の重岡銀次朗が3回に偶然のバッティング、王者が試合続行不可能となり無効試合となった。亀田氏は同大会の経験を通じ、VTSの必要性をより強く感じた。

「あんな思いは2度としたくない。当事者のボクサーはもちろん、お金を払って来てくれた人もストレスだけ持って家に帰る。責任の全ては、大会を行なった3150FIGHTにある。今後は絶対にあんな状況にしたくないから、VTSを導入したかった」

「ボクシングはスポーツなので、ルールの中で勝ち負けを明確に決める。VTSを入れても最終的にジャッジするのはレフリー(=人間)の目。100%誤審をなくすのは難しいだろうが、ゼロに近づけることはできるはず。公正性を高めたいです」

「3150FIGHTでは今後もVTSを入れたい。今はアベマさんに協力していただき、中継用カメラを使用して映像判定をしている。将来的には判定専門カメラを導入するのが理想。コストも含めてクリアすべき問題もありますが、少しずつでも良くしていきたい」

同大会ファウンダー・亀田興毅氏がVTS導入を積極的に進めた。

~「説得力を持たせて不透明決着をなくす」(ABEMA・北野雄司氏)

「判断はジャッジに任せるしかないので、そのための材料を十分に準備できるかどうかです。『普段行う中継の延長線上でお手伝いできれば』と思っていましたが、現場を含めて想像を絶するような緊張感がありました」

VTSを技術部分から全面サポートしたのが、大会を配信中継するアベマ。同局では今年1月6日から「ボクシングチャンネル」をスタートしたが、その初回にIBFミニマム級世界戦での事故が起こってしまう。「大のボクシング好き」を公言する北野氏だけに、強く思うところがあった。

「1月16日にJBCへ招集され、VTSへの協力を打診されました。2月と3月のボクシング中継の機会を使ってリハーサルをして、4月の世界戦でやることになりました。ああいったアクシデントは絶対に良くない。世の中に納得感を伝えられません。今できることを全てやろうとなりました」

VTSでは5台のカメラを設置、リング上のレフリーから要請があった場合に即座に映像を準備する。それらをリング下の3人のパネリストがチェックして最終的な判断を下す仕組みとなった。

「VTS用のカメラはリングを引きで撮るものが2台。リング下のハンディが2台、そしてコーナー上に1台です。中でも特にハンディを使うカメラマンの技術が大事になります。『クリンチの内側をどこまで捉えられたのか?』など、経験でカバーしないといけない部分です」

見えにくい部分を追えるハンディカメラマンの技術が大事になる。

カメラ撮影と共に重要なのが映像を即座に準備する技術。VTSを使用するシーンの前後を含め、リング下のパネリストが判断しやすいように映像を出す必要がある。

「単純な巻き戻しのオペレーションだけでなく、競技に対する知識も問われます。経験を積んで様々な状況に応じて対処できるようにしたい。そして担当者同士の呼吸も必要不可欠です」

「例えば、『今のスリップのシーン』と言われた時、少し前から必要なのか。その瞬間だけで良いのか。また確認作業が増えるケースもあります。そういった映像を即座に出せるための専門家になる必要があります。回数を重ねてレベルアップしないといけない部分です」

重岡銀次朗はVTS活用があった試合に勝利、IBFミニマム級世界王座を見事に奪取した。またその他試合でもVTSが何度か使われたが、全てが滞りなく進んだ。

「リハーサル機会もあったので、大丈夫だろうとは思っていました。しかし当日の緊張感は想像していなかった部分でした。終わった時に最初に感じたのは、無事に役割を務めた安心感。日本人選手が勝った、タイトルを奪った。もちろんその喜びもありましたが、配信責任者としては務めを果たしたことへの安堵も大きかった」

「VTS中には会場内で様々な声が出る。抗議のための怒号がクルーの耳にも入るし、会場もザワザワして不穏な雰囲気にもなった。銀次朗選手の試合では誰もが前回のバッティングを思い出していたはずだし、そういった緊張感がすごかった」

「全体を通じてクルーはしっかり対応できたと思います。明確な映像によって公明正大な説得力を出せた。不透明決着とは誰もが感じていなかったはずですし、そこがVTS導入の最も重要な部分です」

ABEMA格闘チャンネルのエグゼクティブ・プロデューサー・北野雄司氏。

~「試合の流れを変えないスムーズな判定ができた」(JBC・安河内剛氏)

「スタッフの皆さんが多大な緊張感を持ってやっていただき本当にありがたかった。1月のバッティングもあるし、VTSを大々的に告知して失敗は許されない。要望にしっかり応えてくれて全ての絵が瞬時に出てきた。素晴らしいと思います」

プロボクシングを管轄するJBCが求めるのは、試合の健全性と安全性。事務局長の安河内剛氏はスポーツマンシップを重視、ルールに則った上での明確な勝敗決定を目指す。

「同大会でVTSが4回ほどあった。重岡のスリップ時は少し時間がかかったが、その他は全てがスムーズ。(VTSを)やっていることすらわからない人も多かったらしい。ボクシングはインターバルが流れを変える競技だと思います。なるべく早く解決したいので、今回は神技とも言えるほどでした」

当日はリング上のレフリーが黄色、リング下でパネリストを務めた安河内氏が青色と赤色のカードを所持。レフリーがジャッジ後にVTSが必要だと感じて黄色を出せば映像を確認する。VTSを経てジャッジ通りなら青色、変える場合に赤色を安河内氏が提示する流れだった。

「すごい速さで見やすい映像が出てきました。3人のパネリスト満場一致がVTS判定の原則ですが、すぐに意見をまとめることができました。当日はリング上が日本人レフリーだったのも、スムーズに行った理由の1つ。そういった部分も検証していきたいです」

「WBCはかなり前から同様のインスタントリプレーを取り入れています。今回のVTSに関しては改良のアイディアをくれると思いますので、そこに合わせていきます。会場や機材の問題もあるでしょうが、今後は全ての試合でVTSを導入するのが理想です」

「各々のボクサーにとっては各試合が重要で、それは4回戦でも世界戦でも変わらない。VTSを全試合で導入して全ボクサーが試合後に納得して家路に着けるようにしたいです。各プロモーターさんと意見を合わせて、現実的には国内の世界戦からスタートしたいですね」

リング下のモニターで即座に確認、判断できるようになっている。

~VTSのノウハウをボクシング界全体でシェアする

ボクシングへの愛情が結集されたからこそのVTS導入とも言えるだろう。

今回サポート役を請け負ったアベマは今後の協力はもちろん、「VTSのノウハウを他局さんとシェアしたい」と北野氏は付け加える。

「特別な機材は入れていないので、ノウハウを理解すれば瞬時に同じことができます。たまたまアベマが最初にやらせていただきましたが、今後はみんなでやった方がボクシング界がもっと良くなり前進できると思います」

「VTS導入には、関わる人たち全てのボクシングを大事にする気持ちを感じる」と安河内氏は語る。

「VTS導入をお願いした際には、関係各位が短期間で正確に対応してくれました。エンタメ性だけでなく競技性にも踏み込んでいただいている。ボクシング競技への愛を感じます。今回の経験を今後に活かしていきたいです」

オペレーション、パネリスト、レフリーの連携を深め、誤審ゼロを目指し続ける。

亀田氏は「恩返しなんて大それたものではない」と前置きしながら、今後について話してくれた。自らを育ててくれたボクシングに対して本気で感謝しているのが伝わってきた。

「ボクシングの歴史と伝統は素晴らしく、自分もそこに関われていることを光栄に思います。だから少しでも良い方向へ進むことができるなら何でもやりたい。変化ではなく進化をしていきたい」

「誤審というのは交通事故と同じだと思います。交通事故をなくすためには交通ルールを守り、最新の注意を払うことが重要で絶対です。それでも起こってしまうことがある。だからこそ、できることは全てやりたいと思います」

「誤審ゼロ宣言って書いておいてね」と亀田氏はとびきりの笑顔を見せてくれた。

ボクシングを愛する人々の尽力によってVTSはスタートがきれた。同様に日本ボクシング界はますます好転していくはず。今後も誕生する名勝負、名ボクサーを見続けていきたいものだ。

(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力・JBC、3150FIGHT、ABEMA)

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