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元巨人軍スカウトの手腕とは ~益田監督率いる愛知学院大を取材~

 9回にまさかのミラクル劇が起きた。
 
愛知大学リーグ開幕週での出来事だ。4月8日の愛知学院大対中京大3回戦。10対4で大量リードを奪われて敗色濃厚だった愛知学院大の9回表の攻撃。いきなり3者連続四球で満塁になると、適時2塁打でまず2点を返した。続いて中前と暴投で2点。四球を挟んで右前で5点目。更に四球が出て捕逸から同点に追いつく。
 
こうなると愛知学院大の勢いは押せ押せムードでどうにも止まらない。続いて四球で走者が出ると途中出場の福本勁信主将(4年、北陸高)が中前に勝ち越し打。その後、四死球と右前適時打でこの回だけで打者17人を送り込み計11点を挙げた。15対11で大逆転勝利を飾った愛知学院大は、2015年春から昨年秋まで11連敗と苦渋を飲まされ続けてきた宿敵中京大に今季2回戦念願の1勝を挙げ、この日の勝利で嬉しい勝ち点奪取となった。もうベンチはお祭り騒ぎそのもの。
(写真は対中京第3戦の終了スコア)

 

 元巨人軍スカウトの益田明典監督も予想外

「全く思ってもみなかった展開でした」と今季から指揮を執る元巨人軍スカウトの益田明典監督(53才)は、半分信じられないような表情で喜びを噛みしめる。
「相手投手が荒れていたので、ボール球は振るなと言いましたが、よく選手たちが繫いでくれました。初回に4点先行したので気が抜けた部分があったのかなと反省しています。最終回の厳しい状況の中で、ああいう形になり、4年生にとっては入学以来初の中京大からの勝ち点です。『よかったな』のひとことです。うちも投手をしっかり整備しなくては駄目だと思いました。監督としては、まだまだ手探り状態です。良い経験をさせてもらいました」
 
春季リーグ、初っ端の中京大との1回戦は、愛知学院大がそれこそ9回に3点を返したものの7対4で完敗。続く2回戦は、2対2の同点から9回に渡邊豪選手(3年、岐阜・中京高)が中前にサヨナラ適時打を放ち勝利。そして3回戦も9回に大逆転劇と、今季は“愛知学院大の9回″からは目が離せそうもない。
 (写真は第2回戦サヨナラ打の渡邊豪選手)

益田監督は、宮崎県立都城西高から愛知学院大に進み、左腕エースとして活躍。1987年には全日本大学野球選手権大会で3試合25回1/3まで無失点に抑え、ベスト4をかけた慶応大戦では6回まであわやノーヒットノーランの獅子奮迅の力投をみせた。「ボールが消える」と言われた右打者の外角に落ちる縦スライダーは各校を悩ませた。
 
その年のドラフト5位で巨人から指名を受け、内定していたトヨタ自動車を蹴ってプロの世界に飛び込んだ。翌1988年からの1、2年目は巨人の中継ぎとして6試合に登板。桑田真澄、斎藤雅樹、槇原寛己投手の3本柱を始め、宮本和知、角盈男、鹿取義隆投手らがズラリと揃い、今か今かと出番を待っている。そんな状況から、3、4年目は上に行けず、選手を断念。スカウトに転身した。
北九州4年、近畿地区22年、敏腕スカウトとして名を馳せ、上原浩治、條辺剛、田口麗斗投手らを入団させた。26年間のスカウト活動で34選手を獲得。主に投手担当で、入団した投手陣が計200勝をあげているほどの実績を残している。
昨年末に読売巨人軍を退社。学生野球資格回復認定を取得し、今年2月6日に母校に戻り、学生課の非常勤講師兼野球部監督に就任。
 
スカウト経験を基に指導する立場から見た今の選手たちについて、益田監督は「レベルが低すぎます。考え方、取り組む姿勢がぬるい。まず体をつくるために食事が大事なのに、食べなさいと言っても食べてくれない。挨拶もろくにできません。バスで試合に向かう時に寝ている。帰りなら疲れているのでわかりますが、これでは戦えません。野球以前の問題です。ビックリしました」と2月の就任時を語る。もちろん今は、改善されているようだ。
(益田監督) 

「私はスカウト経験があるので、それなりに見る目は持っているつもりです。選手たちには『自分からアピールしてください。その中で、君たちの能力を把握してメンバーを決めます』と言っています。指導法は、まず選手ファーストです。特に若い選手は、いきなり勝負させるのではなく、時間をかけて育てたい。ある程度の実績を出してから使うようにしたい。全く力不足なのにメンバーに入れることはない。何か特徴があって戦力になることが条件です。プロは個人プレーだが、学生野球はチーム力なので。また、彼らには、将来があるのだから酷使はさせません」と指導者としての基本方針を語る。
 

元スカウトならではの選手起用法

 益田監督は試合中でもめったに円陣を組まない。「円陣は主将にまかせています。私はベンチに戻ってくる選手に個別的に『高めは捨てなさい』『始動を早目に』などと簡単な一言アドバイスをしています。サインは、すべて三塁の学生コーチに任せています。学生たちがやる野球なのだから自分たちで考えなければいけません。『こうしろ!』などと上から目線の強制的な決めつけた言い方はしません。監督の采配で勝ち負けが決まるようでは駄目です。どうしても迷った時は指示するからと、学生たちに任せています。そうしないと選手たちが伸びません。『もし負けたら、責任は監督がとるから自分たちの野球をしなさい』と言い続けています」
 
 選手たちの反応はどうだろうか。
主に三塁コーチ兼選手の金岡隆太選手(4年、東洋大姫路)は「まず攻める事。エンドランなどで仕掛ける一方で、バントで送る固い野球。そしてまた攻めるという戦法をとっています。イニング交代時に、監督にサインや方針を伝えています。選手ファーストでやりなさいと言われているので、責任はありますが、やりがいを感じているし、楽しいです。こんなこと、野球人生で初めての経験です」と、笑顔を見せる。
 
 一塁コーチの大谷光弘選手(3年、菊川南陵高)も「投手のこと、サイン確認、サインを出すタイミングなどを教えてもらっています。イニング間では、必要最低限のことを監督と打ち合わせます。任せられた方が考えることが多くなり、集中力が高まります」と言う。
 
 福本主将は「スタメンは監督が決めますが、戦法も選手たちで話し合って決めています。以前と違って強制されたりしないので、とてもやりやすいです。選手だけの円陣では各々の立場からいろんな意見がでてくるので、フレンドリーにコミュニケーションがとれ、おかげでチームワークもバッチリです」と、チームの雰囲気の良さを話した。
(ベンチで藤井選手を迎えるナインと益田監督) 
 
この他に元巨人、中日で活躍し、バントの名手と言われた川相昌弘さん(54才)が臨時コーチとして月に数回指導している。捕球の仕方、グラブさばきなどを個別に指導してくれるので、新鮮味がありわかりやすいと、選手たちからも好評だ。
 
 愛知大学リーグは、1949年に愛知7大学野球連盟として発足。翌1950年に愛知6大学リーグ戦がスタート。今年で創立70周年を迎える記念すべき年だ。加盟校は1部6校、2部A6校、2部B6校、3部A5校、3部B4校の計27校で、現在1部リーグは、名城大、中京大、東海学園大、中部大学、愛知学院大、愛知工業大の6校だ。
 
昨年春は中京大が優勝、愛知学院大は6位。秋は名城大が優勝、愛知学院大は5位だった。愛知学院大は2015年春季以来、優勝から遠ざかっている。
 
毎年春秋リーグが終わると1部の最下位校と2部ABの1位校が入れ替え戦を行う。2部の最下位校と3部ABの1位校も入れ替え戦に臨む。
 
1部リーグで優勝回数最多は、47回の愛知学院大で、2位は39回の中京大。そして3位は愛知工業大の17回だ。
全国大会である大学野球選手権では、1970年に、中京大が関東、関西以外の大学として初制覇を果たしている。1973年には愛知学院大が凖優勝。明治神宮野球大会では、1986年に愛知工業大、1991年に愛知学院大がそれぞれ優勝している。
 
益田監督が目指すところは「全日本大学選手権と明治神宮大会で2勝するレベルまでチーム力を持って行くことです。そこまで行けばリーグ戦でも勝てる。選手の就職先も変わってくるだろうし、それが大事です」
 
新時代の「令和」と「連盟創立70周年」の記念すべき年に、「優勝」で花を添えることができるのか。益田新監督のもと、愛知学院大の戦いぶりに注目したい。

▼前回の大友良行コラム「教え子をプロに行かせたい」玉川大野球部の”三匹のおっさん”
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大友良行
元大手新聞社の報道カメラマンで現フォトジャーナリスト。ニュースの最前線で見てきた人々の喜怒哀楽を行間の端端、写真の隅々に秘められればと願う。大リーグをはじめ、W杯や国内外のサッカーなども取材。現在は、幅広いネットワークを持つ高校・大学・社会人野球がメイン。著書に「CMタイムの逆襲(東急エージェンシー)」「野球監督の仕事(共著・成美堂)」などがある。


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