軟式野球は本当に「立場、レベルが低い」のか—36年ぶり全国出場・宮城教育大軟式野球部を支える「野球部出身者」たちの思い(後編)
昨年、36年ぶりの全日本大学軟式野球選手権大会出場を果たし、全国初勝利を挙げた宮城教育大軟式野球部。前編では、高校時代は野球部に入っていなかった2選手を紹介した。
東北地区大学軟式野球連盟理事長も務める宮城教育大の畠山和也監督によると、大学軟式野球部の大半を占めるのは高校硬式野球出身者。甲子園出場を狙えるような強豪校で控えだった選手も多いという。
とはいえ硬式野球出身者ばかりが目立つわけではなく、高校軟式野球出身者や、前編で紹介したような高校野球を経験していない選手も対等に活躍している。畠山監督は「軟式野球は『硬式野球のレベルが下がった版』ではなく、全然違う競技」と話す。軟式野球の魅力はどこにあるのか。後編では、高校の硬式野球部や軟式野球部で白球を追い、大学で軟式野球を選択した3選手を取材した。
イップスを乗り越え…中学以来の軟式野球で学生コーチ→主将
主将を務める志田順哉投手(2年=安積)は、高校時代は硬式野球部に所属していた。大学入学時にSNSを通じて知り合った阿部祐土外野手(2年=泉館山、現・副主将)に誘われ、大学では中学以来の軟式野球に取り組むこととなった。
大学では1年次から主に中継ぎで登板機会を得たが、イップスを発症し、8月から約2ヶ月間チームを離れた。「これまでピッチャーしかやってこなかったので、『投げられないなら』と思い野球に対する熱意がなくなってしまった」と当時の心境を振り返る。
それでも学生コーチとしてチームに戻り、2年の夏頃には投手に復帰した。新チームでの主将就任を志したのは、学生コーチをしていた時期。昨春のリーグ戦であと一歩のところで全国大会出場を逃した際、責任を痛感したことがきっかけだった。
「初めて起用に関わったこともあり、すごく悔しかった。自分が先頭に立ってこの悔しさを乗り越えたいという気持ちが芽生えた」。新主将に立候補すると、学生コーチとして復帰した時と同様に仲間が快く受け入れてくれた。軟式野球で出会った仲間に支えられながら困難を乗り越えた志田だからこそ、多種多様な選手が集まるチームの先頭に立つことができている。
硬式野球、軟式野球の両方で培った経験…「野球」を知る頼れる正捕手
新チームで攻守の要を担う福井大輔捕手(2年=青森)も、高校時代は硬式野球をプレーした。大学では1年次から正捕手を任されており、4番で起用されるほどの打力も併せ持つ。
中学の途中で軟式野球から硬式野球に転向し、青森高でも硬式野球部に所属。2年秋から正捕手の座を掴み、3年夏は県ベスト16に入った。野球は高校までのつもりだったが、1浪を経て宮城教育大に進学した際、先に入部していた高校の同級生に誘われ大学軟式野球の世界に飛び込んだ。
軟式野球における捕手というポジションは、硬式野球以上に重視される。軟式球の特性上、戦術や配球が勝敗の鍵を握るロースコアの展開が多い傾向にあるからだ。軟式球は硬式球に比べて軽く、中身が空洞になっているため、打球は飛びづらい上に跳ねやすい。攻撃面ではヒットエンドランや、高いバウンドを打って三塁走者を生還させる「叩き」と呼ばれる戦術をいかに効果的に使えるか、逆に守備面では的確な配球でそれらをいかに阻止するかが重要となる。
福井は「どうやって1点を取るか、1点を守るかを考える、硬式とは全く別のスポーツをやっている感覚」と話す。軟式野球の難しさを感じる一方、「野球」そのものは誰よりも熟知しているつもりだ。「(新チームは)3、4年生が抜けてポジションも決まっておらず、経験の浅い選手も多い。自分の考えをチームメイトに伝えることを毎日意識している」と、チームの中心に立つ覚悟を持って練習に励んでいる。
「軟式野球を広めたい」との思いも強い。東北選抜の一員として子どもを対象とした野球教室や社会人との練習試合に積極的に参加し、普及活動と軟式野球ならではの人とのつながりを大切にしている。「軟式野球は一生続けられるスポーツ。『野球』を教えられる指導者が増えれば、軟式野球を選ぶ人も増えるはず」。中学校の教員になり、自らの経験を伝える未来を思い描いている。
甲子園球児の弟に負けじと…選んだ道で高みを目指す“二刀流”1年生
高校軟式野球出身者も、経験値を生かして活躍している。その一人である高身長右腕・原野颯介投手(1年=仙台二)は、昨季は1年生ながら抑えを任され、全国大会でも2試合ともに中継ぎ登板した。二遊間を守ることもでき、早くもチームに欠かせない存在となっている。
小学生の頃は硬式野球チームに所属し、全国大会も経験した。しかしハードな食トレやランメニューを苦に感じ、中学1年の夏頃には野球を辞め陸上部に入った。高校入学時に再び野球をしたいと考え、学業を優先するため比較的時間に余裕のある軟式野球部を選択。当初は軟式球に戸惑いながらも徐々に慣れ、大学でも続けるまでに軟式野球にのめりこんだ。
「硬式の人からすると、軟式の立場は低く見られると思う」。硬式野球が野球の主流となっている現状を理解しつつ、「硬式の人より良い結果を出したり、うまいプレーをしたりすることで、硬式の人たちを見返したい」との反骨心は隠さない。さらに「打ち方とか、細かい技術的な面で、軟式なりの難しさがある。知らない人が知ったらハマるくらいの魅力がある」と話すように、高校から続けてきた競技に誇りを持っている。
弟は国学院栃木高の硬式野球部で活躍する原野泰成内野手(2年)。昨夏はチームが37年ぶりに出場した甲子園で1番を打ち、打線を牽引した。「甲子園で弟を応援して、『こんなところで試合できていいな』と思った。さすがに羨ましかった」。自身が目指すことのなかった甲子園という舞台は眩しかったが、場所は違えど、兄も大学軟式野球最高峰の舞台で戦う姿を見せた。
目標は「チームのエースになり、東北選抜や日本代表に選ばれること」。並行して教員を志し、学業や塾講師のアルバイトにも精を出している。自らの選んだ道で、これからも文武両道を貫く。
(取材・文・写真 川浪康太郎/一部写真提供 宮城教育大軟式野球部)