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本気な大人って、カッコ悪いくらいカッコいいと思う③ 都市対抗初出場の選手に訊く、そこから見えた景色~第89回都市対抗野球大会~

初優勝に沸く大阪市・大阪ガス、相手を替えてはお互いの健闘を称えあう選手たちが交差する一塁側のベンチ前は、幸福色の喧騒に包まれていた。そんな中、誰もいないはずのベンチに気配を感じ目をやると、地面に置かれたバッグの中をゴソゴソとまさぐる背中が見えた。背番号84、橋口博一監督だ。

 

バッグの口を広げると、おもむろに手に握りしめていた白い何かを押し込んだ。なんだろう。そうか、ウイニングボールだ。今年1月に監督に就任したばかりでチームを初優勝へと導いた指揮官の戦いを終えたその背中は、少し優しく、ホッとしているような表情に見えた。
 


 

即戦力ルーキーが立った都市対抗のマウンド

7月13日から東京ドームで12日間行われた今年の都市対抗野球大会は、大阪市・大阪ガスの初優勝で幕を閉じました。初戦から決勝までの5試合を戦い抜いた大阪ガスで、2試合の先発を任されたのがルーキーの阪本大樹投手(履正社-関西大)です。

スタンドと優勝の喜びを分かち合い万歳をするナイン

 

履正社時代は甲子園に2度出場、関西大時代は関西学生野球リーグで62イニング連続無失点のリーグ記録を樹立、夏季ユニバーシアード大学日本代表選出、など輝かしい経歴を誇る阪本投手は、都市対抗の近畿予選でも3試合で先発、2勝を挙げチームの本戦出場に貢献しました。

そして迎えた東京ドームでの初戦、先発のマウンドに立った阪本投手は1回、2回と危なげのないピッチングを披露します。ところが3回、連打と四球で2死満塁のピンチを迎え、次の打者に満塁ホームランを打たれてしまいました。準決勝で2度目の登板をした際も初回にソロホームランを浴びましたが、その後は得点を許さず4回を投げ1失点でマウンドを譲りました。

2度の先発登板を終えた阪本投手に、率直な感想を聞きました。初めての東京ドームのマウンドは投げやすかったそうですが、「ホームランが出やすい球場なのでソロはOK、打たれても切り換えるしかないと思っていましたが、初戦の満塁ホームランは悔しかったです。力不足で自分は打たれてしまったけど、チームは勝って良かったです」と振り返りました。

社会人野球のレベルについて「ベテランは勝負強いです。粘って粘って、一打で決められてしまう」と感じているそうですが、「厳しい世界だけど、自分のスタイルを変えずにいきたいです。コントロールが良く、強気の攻めができるところが自分の投球の良いところです」と自信を覗かせました。

社会人になって自主的な練習が求められる時間が多くなった、と言う選手が多い中、阪本投手は履正社、関西大と、比較的自主性が重んじられる環境で野球を学んできました。また、大学までは実家から通っており、社会人になって生まれて初めての寮生活。

今後の目標について尋ねると「今後はもっと体を絞りたいです。努力して体を作り球速を上げて、ストレートで空振りを取りたい」とキリッとした表情で答える阪本投手でしたが、言ったそばから「“食べるのが趣味”なんですよ。寮の食事、美味しいですよ。休みの日は何しているか? 美味しいものを食べに行っています。生肉、焼き鳥が好きですね。白いご飯? 好きですよ」とお腹をさすりながら話します。

小柄だけどガッシリとしているように見える阪本投手、しかし話を聞いてみると、実はその体についた肉は筋肉…ではない部分が多いことがわかりました(笑)。「大卒1年目なのに先輩方から“体型大卒8年目”と言われているんですよ」というエピソードを話し出した辺りから、薄々気づいてはいたけど、実はとんでもないキャラクターの持ち主なのでは? と思い始めます。

筆者もできる“腹踊り”、阪本投手ならできそうな気がして聞いてみると、「できますよ」と即答し、お腹を器用に動かして見せてくれました(笑)。飲み会では盛り上げ役、ユニバーシアードではニュージーランドのハカに対抗してひとりでPPAPを踊ったなど、マウンドで投げている阪本投手のイメージとは真逆のエピソードがどんどん出てきます。

周りの人に聞けばもっと阪本投手のことを知ることができると言うので、ユニバーシアードの時のチームメイトにもお話を聞いてみると、阪本投手は「天然すぎる。ハプニングや面白いことに巻き込まれる特性がある」そうで、なんと決勝戦当日に「鍵が外からかかってしまったようで、部屋の中に閉じ込められていた」というハプニングがあったとか。

それぞれのステージで実績を残してきた阪本投手は、社会人1年目で新たに“社会人日本一”の称号を手にしました。今後も抜群のコントロールとガンガン攻めるピッチング、そして体を絞って磨くという直球に注目していただきたいのはもちろん、天然のその素顔にも迫っていきたいですね。

 

エンターテイナーのホームランアーチスト

食べることが大好きと言えばこの選手も。門真市・パナソニックのルーキー、片山勢三内野手(門司学園高-九州共立大)です。

176cmで100kg超えの片山選手、高校、大学とも4番に座り、その体に見合ったパワーでここぞというときにアーチを架ける勝負強いホームランアーチストです。昨年秋の明治神宮大会の1回戦では、1試合2ホーマーの活躍で存在感を示しました。

社会人野球へと舞台を移し、初めての公式戦であるスポニチ大会でも4番に座ると、2打席連続ホームランを放つなどホームランアーチストぶりは健在。そして迎えた都市対抗の近畿予選では、自身でも不調を感じており20打数1安打に終わりましたが、チームは本戦出場を決めます。

この日の名古屋市・JR東海との1回戦、片山選手はベンチスタートとなりました。0-4と得点が奪えないまま4点ビハインドで迎えた8回表、2死ランナーなしの場面で代打が告げられます。全ての視線がバッターボックスの片山選手へと集まる中、高めにきた変化球を豪快なスイングで見事にレフトスタンドへと叩き込み、さらに芸術的なバット投げも見せました。


出番が回ってきたら「スタメンを外れた悔しさをぶつけたいと思っていた」という片山選手、「緊張はしないタイプ。(この大舞台でも)いつも通りに打席に立てたので結果を出せたと思う」と話しましたが、チームがここで敗退したため、そこに笑顔はありませんでした。

初めて片山選手を間近で見たのは、昨秋の明治神宮大会の2回戦終了後でした。片山選手が2本のホームランを打ち九州共立大が勝利した、1回戦の対名城大戦の日は別の取材で行くことができず、敗れた2回戦の対日体大戦後に行われていた片山選手の囲み取材に参加したのです。そのため、このときも片山選手の笑顔は見られませんでした。

しかし、そんな中でも記者からの質問に対し丁寧に返答をしており、なによりその言葉の選び方、並べ方にセンスを感じました。淡々と話しているのに、聴いていて心地よく面白く、もっといろいろな話を訊いてみたい、そう思ってしまうような話しっぷりなのです。

泊まっているホテルのビュッフェが美味しくて大会期間中に3kg増えてしまったというお茶目な話から、「4番たるもの4本のヒットより1本大きいのを打て。その方が相手にもダメージが大きい」と監督に言われ体重を増やした話、社会人になってからも許されるならばホームランバッターを目指したいという決意など、様々な話をしてくれた中で、この日対戦した日体大の松本航投手(当時3年・明石商)と東妻勇輔投手(当時3年・智辯和歌山)のことを語る様子が印象的でした。

松本投手と東妻投手の前に5打数無安打4三振という結果だった片山投手は「「松本投手は、球速は140前半でもまっすぐの伸びが良くて、気づいたら球の下を振っている感じでした。東妻投手も、スライダーのキレがいいとは聞いていましたが想像以上に良かった。まっすぐを狙っていても打てない、甘い球でも捉えられない、自分の好きな球(スライダー)も捉えられなかった。今までこんなことはあまりなかったので、こういうピッチャーが全国で通用すると思ったし、自分もそれに対応できないと通用しないと思いました」と語ったのです。

昨秋、1学年下の投手をそう評価した片山選手が、社会人野球1年目ですでに6本のホームランを打てている。では、社会人野球のレベルはどう考えているのかが気になり、尋ねてみました。

「社会人野球の投手はキレやコントロール、球の出し入れがすごいと先輩から聞いていましたが、大学最後に全国の舞台で日体大の投手や名城大の栗林良吏投手(愛知黎明・当時3年)などのいい投手と対戦できたことで、大学時代と変わらない感じで入ることができたと思います。社会人に入ってからも売りはバッティングなので、ひたすらバットを振っています」

さらに体重の変化について話が及ぶと、大学野球を引退してからここぞとばかりに食べ、パナソニックに合流した12月に体重を計ったら、なんと15kg増の118kgだったという衝撃的な事実が発覚! そこからキャンプがありシーズンが始まり、現在は101kgで落ち着いたとのこと。インコースのさばき、回転、守備の1歩目の動きのキレなどを考えたときに、今の体重がベストとのことで、今回の都市対抗も偶然昨秋と同じホテルに宿泊したそうですが、美味しいビュッフェを食べすぎないよう周りも目を光らせてくれていたとか(笑)。

今後も魅力的なホームランをたくさん打ちつつ打率もしっかり残していきたいとのことで、その豪快なスイング、そしてホームランを打ったときは華麗なバット投げにも注目です。今度は勝ち試合のあと笑顔の片山選手を取材し、野球についてはもちろん、片山選手自身についてももっと魅力を引き出してお伝えできたらと思います。

今回は、初めて都市対抗の舞台に立ったふたりのルーキーを取り上げました。野球のことだけではなく、あの大きな舞台に立っている選手もこんな素顔があるのだなという部分が伝わっていたら幸いです。細かい試合内容や専門的な技術については、他媒体の記事をチェックです(笑)!  次回は、補強選手として都市対抗に出場した選手を取り上げます。

山本祐香
好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいとふと思い、OLを辞め北海道から上京。「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間200試合以上観戦。気になるリーグや選手を取材し独自の視点で伝えるライターとしても活動している。記者が少なく情報が届かない大会などに自ら赴き、情報を必要とする人に発信する役割も担う。趣味は大学野球、社会人野球で逸材を見つける“仮想スカウティング”、面白いのに日の当たりづらいリーグや選手を太陽の下に引っ張り出すことを目標とする。

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