高卒で就職予定もプロ注目選手となり大学に進学した城西大の新エース・阿部克哉
大学野球の春がやってきた。首都大学野球1部・2部春季リーグ戦も、4月6日(土)に開幕を迎える。昨秋、2016年秋以来の1部昇格を果たした城西大は、6チーム中5位という成績を残し、この春も1部で戦うこととなった。1部昇格、残留ときたら、次に目指すのは優勝だ。
昨年のレギュラーメンバーが多く残っている野手に対し、投手は中川響投手(現・エイジェック)、竹丸和幸投手(現・鷺宮製作所)という頼れる二枚看板が卒業した。期待がかかるのは、新エース右腕の阿部克哉投手(4年・柳井商工)だ。
最終学年を迎えた阿部は、この春どんな投球でチームを勝利に導くのか。
卒業したら就職するつもりで高校を選択
山口県立柳井商工高校に入学したころの阿部は、大学に進学して野球を続けている今の自分をまったく想像していなかった。
「野球を続けるつもりはなく、就職先を考えて高校を選びました。卒業したら大手の化学メーカーに就職するつもりでした。そのための勉強が優先で、危険物取扱者の資格もとりました。野球部は本当に弱かったです。入学したときは(全学年合わせて)40人だった部員も、卒業するときには20人に減っていました」
高校生活の思い出作りのように野球をしていた阿部だったが、2年生の2月に転機が訪れた。城西大の村上文敏監督と知り合いだった当時の監督から「上の世界を見に行ってみないか」と言われ、連れていかれたのが、愛媛県今治市で行われていた城西大のキャンプだった。阿部は、言われるままにブルペンで自身の投球を披露した。
当時の阿部の印象について、村上監督はこう振り返る。「まず、背が高いというのと、まだまだ粗削りでしたけど、体がでかいなりにまとめてくるので面白いなって」。
188cmの長身にスラっと伸びた手足、それを生かしきれたらとてつもない戦力になる。阿部に可能性を感じたのは、村上監督だけではなかった。その日は雨だったため、たまたま同じ施設に居合わせることになった他大学の指導者の目にも留まった。「『阿部くんがうちに来てくれたらプロに行かせます』だって。うちの練習に来ているピッチャーなのにいい加減にしろってね」、そう言っていたずらっぽく笑った村上監督は、さらに続けた。「うちは『プロに行かせます』とは言わなかった。それは選手が決めることなので。ただお父さん、お母さんに『しっかり指導させていただきます』と伝えました」。
村上監督から直々に誘いを受けても、阿部の答えは変わらず「野球は続けません」だった。いい評価を受けたことにまだ現実味がなく、キャンプで大学生が練習している様子を見ていても、自分自身がそのレベルでやっていけるとは思えなかった。
そんな阿部の気持ちに、変化が現れた。実は、城西大のキャンプで、もうひとり阿部の投球を見ていた人物がいた。プロ野球球団のスカウトマンだった。「当時143キロくらいだったストレートをスカウトの方に評価していただきました」。キャンプ後、そのスカウトマンがオープン戦や練習に足を運んでくれるようになった。その様子を見て、徐々に自信がついていった。
野球に対する思いを大きく変えていった阿部は、その秋にプロ志望届を提出した。残念ながら指名はなかったが「夏の大会も含めて全然結果を残せなかったので、自分でもちょっと無理かなとは思っていました」と、結果を受け止めた。「指名がなかったとしても、進学して頑張らないといけないと思っていたので、次のステージに向けての練習はずっとしていました。遅かれ早かれ(プロに)行けたらいいと思って」。阿部は、4年後を見据え、城西大へ進学することになった。
先輩たちが抜けても自分がいる
就職を有利にするために選んだ高校の野球部から、部員が100人以上いる城西大の野球部へ。環境は大きく変わった。「僕も背は高い方ですけど、体つきが全然違う。フリーバッティングを見ても、ピッチャーの投げる球を見てもレベルが高くて、試合に出られないと最初は思いました」。それでも阿部は地道に努力を重ね、少しずつ成長していった。
城西大は、濵田友哉コーチの指導のもとフィジカルトレーニングを強化しているが、阿部も3年間で体重が85キロから93キロまで増えた。それに加えて、フォームの修正などにも取り組んだ結果、ストレートの球速が上がり、より強いボールが投げられるようになった。
また、ウエイトトレーニングのあとは必ず、入念に柔軟体操をするよう心がけている。下級生のころに、筋肉が固まったままだとけがにつながるということを身をもって経験したためだ。そのおかげで、3年生になってからはけががほとんどなくなった。
阿部は、カーブ、スライダー、カットボール、チェンジアップ、フォーク、ツーシームと多彩な変化球を投げるが、フォークとツーシームは大学に入ってから覚えたという。「球種は誰かに聞かない方がいいので、自分で考えて習得しました。(ツーシームを投げられるようになって)左バッターの外に投げれば凡打になるので、楽になりましたね。全然使い物にならなかった変化球も、チェンジアップは空振りが取れるようになって、スライダーも割と安定してきました。もっと球種を増やして、精度も上げていきたいですね」。
変化球の質が良くなったのは、狙う場所を定められるようになったからだ。「ピッチャーによって、落とす場所と狙う場所で分かれると思うんですけど、僕は狙う場所を定めることでストライクが入るようになりました。たとえば、スライダーはキャッチャーの肘を狙って外に落とします」。
日々成長を続けていく中で、昨秋にはチームが1部リーグに昇格した。1部で戦い続けているチームと初めて公式戦で対戦し、2部との違いを感じた。2部では空振りを取れていたストレートも、際どい球はカットされてしまう。低めに決めにいった変化球は、見逃されてしまう。そんな中でも、先輩から教わったことを生かして、阿部は結果を残していった。
「バッターの顔や仕草をしっかり見て投げるようにしています。見逃し方、スイングの軌道などを見ながらやると、ちょっとだけ何を待っているかなどがわかるので、スライダーを待っているなと思えば自信を持ってまっすぐを投げると、三振を取れたりします。先輩の教えが役に立っていて、それが成績を残せている要因のひとつかなと思います」
リーグ戦前半、村上監督は右の中川、左の竹丸の二枚看板を中心に投手運用をしており、阿部は短いイニングのリリーフ登板が多かった。後半になると「来年のことも考えて」と、阿部を先発に起用した。10月7、8日の桜美林大戦では、2試合連続で阿部が先発。7日は4回1/3を投げ自責点0、8日は7回を投げ自責点1という成績で、チームも2連勝した。
2試合連続の先発登板となると、体への負担も気になるところだ。2日目の試合後、阿部はこう語った。
「昨日も投げていてスピードが出ないことはわかっていたので、コントロール重視で高めに浮かないように、ということを気にしていました。濵田コーチに『(188cmあるので)低めに投げたら角度が出るからスピードが出ていなくても打たれない』といつも言われていたので、自信がついていました。現に今日もそれほど打たれなかったので、ランナーが出ても焦ることはなかったですし、落ち着いて投げられました。筋肉痛があってきつかったですが、その中でどうすればいいかを考えられたので、これも自信になりました。チームのために投げようと思っていたのが、結果につながったので本当に安心しています」
後半フル稼働だった阿部は、リーグ戦が終わってみればチーム最多の35回1/3を投げていた。防御率は1.27、なんとリーグトップの成績を残した。
そんな阿部の人柄や野球への取り組みについて、村上監督の目にはどう映っているのだろうか。「絶対に悪いことはしないです。真面目過ぎて面白くないな、と贅沢なことを思うくらいの子ですね。何も言うことはない。上級生になってくると、活躍したら偉そうにデーンとベンチに座っていたりする子もいるでしょ。もちろんそういう子はきちんと正してから社会に送り出しますよ。でも、阿部はそういうことが一切ない。後輩にもきちんと向き合って話してあげています。そういう子って、意外と図太さを持っているのか、試合でも堂々としていますよね」。
取材で短い時間接しただけでも、阿部が真面目だというのはよくわかった。丁寧に言葉を選び、優しい口調で話す。そういう印象だった。そんな阿部が一度だけ語気を強めた瞬間があった。
それは「村上監督が、阿部のことを真面目だと言っていた」と伝えたときだった。最初は「ごく普通の人間だと思います」と優しく笑っていたが、その後「やらなくてダメになるのは嫌、やってダメな方が納得ができるので、自分のためだけじゃなくチームの来年のことも考えて自分がやろう、と思いながら練習をしてきました。中川さん竹丸さんが抜けたら(いい)ピッチャーがいないとずっと言われていて、そう言われるのは嫌なので」と少し言葉を強くした。
2部でくすぶっていたチームの1部昇格に、中川と竹丸が大きく貢献したのは間違いないが、昨秋チームが1部に残留できたのは、阿部の力も大きかっただろう。もう、ピッチャーがいないとは言わせない。
結果を出せたらプロ志望届を出す
高校を卒業したら就職するつもりだった阿部は、今、野球を続けている。
「大学野球は、人脈も作れて自分の実力を高められるいい舞台だと思います。周りの仲間もいいやつばかりですし、就職しないで野球を続けて良かったなと、今は本当に実感しています」
最後の一年を迎えるにあたって、阿部は「最高学年としてできることはしっかりやって、関東大会、全国大会に出られるように引っ張っていきたいです。自分の将来も考えながら貢献できるように頑張りたいと思います」と、力強い言葉を聞かせてくれた。
再びプロ志望届を出す可能性も十分にある。「球速が大台(150キロ)に乗って、投球の完成度ももっと上がって、結果が残せたら出したいと思います」そうはっきりと言った阿部は、冬を越えてどんな進化をしているだろうか。最後の一年も、目が離せない。