負傷アスリートに新たな光、法政大アイスホッケー部の奇跡
法政大アイスホッケー部(以下IH)選手の信じられない復活劇が話題だ。
主将・安藤永吉は、手首骨折から2ヶ月という超短期間で氷上復帰を果たした。
メディカルチームと選手の熱意が可能にしたファインプレーに迫る。
「『何とかなるかな?』という気持ちがあったのも事実。医者から『今季は無理』と聞かされた時は、ショックが大きかったです」
安藤には当時の記憶が鮮明に残っている。手首骨折の重傷を負ったのは、9月28日の練習中。リンク中央のニュートラルゾーン付近でパックを持っていた際、チェックに来た選手が右手にぶつかった。
「練習メニュー最後、5対5のゲーム形式でした。時間と共に痛みは引いてきたけど、手首がどんどん腫れてくる。すぐに救急車で病院へ行ったのですが、折れていました。翌日、チームドクターが勤務する病院でセカンドオピニオンを受け、詳細はかなり酷い状況でした」
~リーグ戦、インカレ、日本代表の全てが幻になりかけた
IHシーズン開幕直前、予想外の大ケガで全てが台無しになるところだった。主将として学生最後の年に氷に乗ることができない。そしてIH人生初となる日本代表も手に届くところにあった。下手をすれば卒業後の進路にも影響を及ぼしかねなかった。
「大学最後のシーズン、主将として全力を尽くして頂点を目指す気持ちでした。時期を同じくして、2023年ユニバーシアード(以下ユニバ、米国・レークプラシッド)日本代表のオファーが来ていた。学生時代のIHを全力でやり切ってから卒業して、アジアリーグ(以下AL)でプレーしようと思った矢先のケガでした」
「ALのチームから声をかけてもらい、夏には同チームの練習に参加しました。卒業後の入団も内定したので、出遅れることも予想されました。ケガをしたのはしょうがないですが、今後に向けて最悪のことばかりが頭をよぎりました」
~超音波で骨癒合を画期的に早くする(メディカルコンディショニングコーチ・石岡知治氏)
メディカルコンディショニングコーチ・石岡知治氏は、安藤と最も密に連絡を取り合った1人。ケガ直後から今後についての打開策をあらゆる方向から模索した。
「骨折した選手がプレーに戻れるまでは、普通、半年近くかかります。逆算すると年内の関東大学リーグ戦、インカレ(全日本学生選手権)、年明けのユニバといった全てに間に合わない。従来とは異なるやり方を模索、提案しました」
骨折の場合、骨自体が折れているのに加え、周囲の軟部組織もかなりダメージを受けている。治療順序としては、骨折部分が完全に固まる(骨癒合)ことを待ってから、周囲の軟部組織のリハビリへ移らないといけない。通常の治療とリハビリでは、間に合う可能性は限りなくゼロに近かった。
「超音波を使って骨癒合を画期的に早くする方法が真っ先に頭に浮かびました。チームをサポートしてもらっている医療機メーカー・伊藤超短波(株)が開発した、超音波骨折治療法『LIPUS』の存在を知っていました。どこかで治療に使ってみよう、と思っていたところでした」
石岡氏自身、かつて西武鉄道で活躍したIH選手。U-18、20時代には日本代表経験もあり、インラインホッケー日本代表監督兼選手も務めた。選手の気持ちを誰よりも理解できる存在でもある。
「ユニバ日本代表でプレーするには、年内のインカレ等に出場できないと間に合いません。本来なら万全な状態に戻して、卒業後のALに備えるのが普通です。でも日の丸をつけられるチャンスは滅多にありません。(安藤には)可能性が少しでもあるなら、やろうと話しました」
「最初の手術が完璧にできたのが良かった。ボルトを入れて骨を正常な形で固めることができたので、超音波を当てつつ幹部周辺のリハビリも同時進行で行えました。加えて患部を固定した状態でプレーできるようなブレース(装具)も手作りしました」
~高気圧酸素療法と超音波のダブル攻撃(チームドクター・朝本俊司氏)
チームドクター・朝本俊司氏は、都内の牧田総合病院でスポーツ専門外来部長を務めている。これまで数多くの症例を見てきた大ベテランであり、自身の経験から今季内の早期復帰はあり得ないと感じていた。
「脱臼骨折で、骨がとんでもないところへ飛んでいた。しかも骨折部位は血流が弱い部分で骨がくっ付きにくい。手術で整復はしたけど、骨癒合が起こるまではリハビリなど次の段階に移れない。『手術はうまくいったけど、プロも決まっている中でインカレとユニバは無理』と伝えました。今後、再発して振り出しでは最悪ですから」
安藤からは「何とかして復帰したい」と懇願された。個人的には「4年生だからプレーさせたい」という感情もあったが、ドクターとして客観的、俯瞰的に判断を進めた。
「手術後に信じられないほど良くなっていった。画像追跡しても骨のズレがなく、骨癒合も早かった。かなり早い時期から周囲の軟部組織や関節可動域のリハビリを始めることができました。リハビリ段階で本人が『これはできます。普通です』と言ったのが決め手でした」
「高気圧酸素療法(一部、保険外)を用いたのも良かったと思います。以前、話題になった『ベッカム・カプセル』(高気圧カプセル)とは比較にならないレベルの効果をもたらします。脳卒中や頭部外傷、コンパートメント症候群に有効なもので骨癒合も促進します。高気圧酸素療法と超音波の両方による相乗効果ではないでしょうか」
驚異的な回復をした安藤は、11月末の関東大学リーグ戦から戦線復帰、年末のインカレ出場を果たしたことでユニバ日本代表にも選出された。今後は2月に患部を固定したボルトを外す手術を受けてリハビリを行い、来季からプレーするALへ備える。
「ボルトを外した後は、3-4週間かけて可動域を増やす等のリハビリをします。フルリカバリー、ケガ以前の状態に戻れるはずです。ボルトで固定しているから70%程度の状態でしたが、外せばパフォーマンスは間違いなく上がる。最低でも学生時代のベストコンディションからスタートできます」
~骨折への画期的な対処療法となるモデルケース
「今回の症例は決して偶然の産物ではなく、今後につながる革命的ケース。安藤と同時期に山村旭飛(当時2年生)という選手もヒザの重傷(内側側副靭帯断裂、内側半月板損傷)から超短期間で復帰した。その時も高気圧酸素療法と超音波の両方を使った。つまり負傷アスリートへの画期的な対処療法が見つかったと言えます」(朝本氏)
「選手本人が覚悟を持って取り組めるように、周囲のサポートが必要だということです。手術、施術方法の全てがうまくいった。そして本人の強い意志もあった。それら1つでも欠ければ安藤や山村の様な好結果も生まれなかったはずです」(石岡氏)
技術、知識、経験、熱意、情熱…。多くのものが幾重にも重なった結果、考えうる中で最高の結果に結びついたと言っては言い過ぎだろうか。
「法政に来て、本当に良かったと思っています。周囲のみんなが本気でサポートしてくれました。誰か1人でも欠けたら復帰は叶わなかったと思います。ここからしっかり鍛え直して、ALの舞台で活躍したいです」(安藤)
苦しみを乗り越えた後に強さや凄みが増すことは、過去にも多くのアスリートが証明している。安藤は大学生活の最終局面で訪れた試練を克服した。今後の活躍に大きな期待をしたい。また同様にケガで苦しんでいる人たちにとっても、大きな光が見えたのではないだろうか。法政大アイスホッケー部メディカルチームが成し遂げたことは、間違いなく大きな一歩になるだろう。
(取材/文・山岡則夫、取材/写真協力・法政大学アイスホッケー部)