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スライダーにチェンジアップ、投球の幅を広げて臨む今春 筑波大のエース・佐藤隼輔投手

 エースとはなにか。 

「僕が1試合目を常に9回投げ切って、2試合目を全員でいってもらいたいという思いがあります」 

 筑波大のエース左腕、佐藤隼輔投手(4年・仙台)が、最上級生となって臨む首都大学野球春季リーグ戦に向けて語った言葉だ。 

 チームメイトによると普段は意外にもだらけているという佐藤だが、取材ではクールな表情で淡々と質問に答える。ときおり見せる笑顔も、年齢より大人びて見える。

ドラフト1位候補としても注目される、筑波大のエース・佐藤隼輔

 佐藤は高校時代にドラフト候補だったこともあり、大学1年時から注目を浴びていた。秋季リーグ戦でデビューすると、登板するたびスコアボードにゼロを並べていった。1年生のうちは70~80球を目途に交代させるという川村卓監督の方針で、1試合を投げ切ることはなかったが、リーグ戦をなんと3勝0敗、防御率0.00で終えた。さらに、明治神宮大会出場をかけ関東五連盟代表10校が戦う、横浜市長杯争奪関東地区大学野球選手権大会では準決勝の神奈川大戦に先発登板。6回2/3を2安打無四球無失点に抑え、チームを全国の舞台へと導いた。 

 2年春のリーグ戦では、大学初登板からの無失点記録を44回2/3まで伸ばした。故障で離脱したり調子の上がらない投手が相次ぐ中、佐藤は春、秋とチームのために投げ続け、エースの座を自分のものにしていった。140キロ台前半だった球速帯も140キロ台後半になり、リリーフ登板をしたときは150キロを記録することもあった。もちろん、速いだけではなく伸びのある直球だ。いずれも自信があるというスライダーとチェンジアップを交えながら、打者を打ち取っていった。 

 大学日本代表にも選出された佐藤は、日米大学野球の全5試合でリリーフ登板。自責点0で、日本の優勝に貢献した。 

 2年秋の終わり頃に左肘の内側を痛めたが、3年の春先には回復。だが、春のリーグ戦は、新型コロナウイルスの影響で中止となった。秋のリーグ戦も迫った頃、今度は左肘外側の関節に炎症が起こった。痛めたところに対するこわさがぬぐい切れず、かばいながら投げていたためだ。それでも、なんとかリーグ戦に間に合わせ、佐藤は再びエースとしてマウンドに上がった。 

 そして、今春。4年生となった佐藤は自分の目標を「全勝」とした。「常に完全試合をするつもりで」とは2年のときの言葉だが、今でも「ゼロへのこだわり」を持っていた。初戦は、こちらも1年時から投げている、武蔵大のエース・山内大輔投手(4年・東海大菅生)と対戦。予想通りの投手戦となったが、3安打完封で制した。翌日の武蔵大第2戦では、2-2で迎えた延長10回タイブレークの場面でリリーフ登板し、またもや9回から登板していた山内に投げ勝った。 

 上々のスタートを切ったかに思えたが、ここから苦しい戦いが続くこととなる。 

 桜美林大戦では、7回まで2-1とリードしていたが、8回に味方のエラーも絡む3失点(自責2)で逆転を許し降板。日体大戦では、8回まで0-0の投手戦を繰り広げ、9回に3失点を喫した。どちらの試合も終盤まで粘りの投球を続けていたが、打線の援護を待つ間に決勝点を与えてしまった。 

 桜美林大戦のあとには「逆転されて野手に申し訳ない気持ち」と話し、目標である全試合9回まで投げ切るということに対しては「あの状況においては、下がるべきなのかなと。投げ切れなかったというか、そもそも逆転を許してしまったのでそこが悪かったです」と肩を落とした。

 

 そして、東海大第1戦。佐藤にしては珍しく、初回から失点。それからも苦しい投球が続き、6回5失点で降板となった。5失点は大学入学後、初だ。 

「立ち上がり、悪かったですね。腕は振れていたんですけどコントロールの精度が悪くて、全体的にボールが高かったのかなと思いました。原因は…わかっていないですが、体が前につっこんでいたのかなというのはあります」 

 佐藤はそう話し、川村監督も「昨日までのブルペンは良かったんですけど。調整が必要かもしれないですね」と、頭を掻いた。エース・佐藤といえども、今までも結果が伴わないときはあった。そんなときも、監督は「佐藤でもこんなときはある。次へ期待」という内容の発言をすることが多く、この言葉は珍しかった。 

 それでも、川村監督の佐藤への信頼は揺らいでいないことがわかった。 

 東海大第2戦。5-4と筑波大が1点リードで迎えた9回表。ここを抑えたら勝利、負ければ優勝への望みがゼロになる。そんな場面で、佐藤の登板が告げられた。実は、9回に佐藤を出すことは試合前から決まっていたそうだが、しびれる展開で出番が回ってくるのはスターの証だ。 

 先頭は打ち取ったかに見えたが、ギリギリ内野安打となり、犠打で1死2塁に。1打同点のピンチで迎えた次の打者を追い込むと、146キロ高めのボール球を振らせ三振を奪った。最後は遊飛で締め、前日の悪夢を吹き飛ばした。 

 試合後、川村監督は「昨日が昨日だったので、本当に何回も確認しました。ただ、佐藤は昨日よりも今日の方がいいとのことだったので。『日米大学野球のときはああいう役割だったのでそれを思い出してやりました』と言っていました」と、ほっとした表情を見せた。 

投球の幅を広げるために、今は進化の途中

 今まで、何人ものプロ野球選手の大学時代を見てきたが、まったく波がなく4年間ずっと結果を出し続けることができた選手などいないに等しい。ほとんどの選手は、何度も壁にぶち当たり、そのたびに試行錯誤を繰り返す。新しく試したことがすぐ実を結ぶこともあるが、長く不調から抜け出せないこともある。それでもその後、プロ野球界で戦力になっている選手はたくさんいる。 

 誰かが書いたひとつの記事が、読者のその選手に対する印象のすべてを決めてしまうこともある。だからこそ、前評判の高かった選手が取材に訪れた試合で結果を残せなかったとしても、慎重に言葉を選んで書かなければならない。その日観た事実をリポートすることと、その日の出来だけで選手が積み上げてきたものを否定することは別だ。もちろんドラフト候補の選手であれば、スカウトが何度も見て本当の実力を見極めているだろう。記事がその選手の将来に影響を及ぼすことはないだろうが、今の時代、メディアの言葉ひとつが、たくさんの人のフィルターを通して広がっていくことを肝に銘じておきたい。 

 それを踏まえて、ドラフト1位候補と言われる佐藤が、今4年間で一番いい状態かと言われるとそうは見えない。 

 いや、先発した4試合のうち3試合でQSを達成しているので、一般的に考えれば素晴らしい投手だ。ただ本人の目指しているところがもっと高いところにあり「ゼロへのこだわり」もある以上、今はゼロを並べ続けられていないという事実がある。

 そして、誰の目にもわかりやすい目立ち方をしていた過去がある。当時は、キャッチャーの真後ろから見ると、ゴーッと迫ってくるような速くて質のいい球を投げていた。スライダーのキレも良く、ランナーが得点圏に進むとギアを上げ、さらに力強い剛速球を投げ込む。 

 当時の佐藤が魅力的だったのは間違いないが、そもそも本人は「速球派の投手ではないです。コントロール重視で丁寧に投げ込み、ピンチになったらギアを上げているのでそのときに球速も上がっているだけ」と以前から言っている。ギアを上げて凄みを増したときの佐藤の印象が強く残っており、実際の投球スタイルを誤認識しているところがあるかもしれない。

 以前、変化球はスライダーもチェンジアップも自信があると言っていた佐藤だったが、川村監督が「佐藤のスライダーは右バッターがハーフスイングしちゃうんですよね」と言う通り、特にキレのいいスライダーが決め球となっていた。 

 投球の幅を広げるためにも、もっとチェンジアップの精度を上げたい。今季のリーグ戦前は「どうやったら使える球になるか」を意識しながら、ブルペンで投げ込んだ。そうして精度の上がったチェンジアップも決め球として使えるようになったことで、間違いなく投球の幅は広がった。 

 ただ、桜美林大戦ではそのチェンジアップを狙われて逆転を許した。もちろん、チームを勝たせる投手であることが一番大切だが、ドラフト1位でプロ入りするという目標に向けて、まだ進化の途中にいるとも考えられる。 

チェンジアップの精度を上げて4年春のリーグ戦に挑む

 理想の投球イメージを訊くと「140キロ台前半の直球を中心に、低めに集めて1安打完封した2年秋の日体大戦」を挙げることが多い。

 なんといっても「エース・佐藤」だ。ここからまた進化を遂げて、新しい姿を見せてくれるに違いない。 

 まずは、5月22日(土)、23日(日)の首都大学野球春季リーグ最終週で、どんな投球を見せるか。 

 人数制限はあるが、等々力球場で有観客試合が行われる。また、学生が実況・解説を行うLIVE配信もある。選手の特徴や面白いエピソードも知ることができ、どんな練習をしたからこのプレーが生まれたのかなど、よりわかりやすく野球を観ることができる。現地に足を運べない人はLIVE配信で佐藤隼輔をチェックしてみて欲しい。 

首都劇場LIVE~予測不能な首都~

首都大学野球連盟

好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいと思い、OLを辞め北海道から上京。 「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間200試合以上観戦する生活を経て、気になるリーグや選手を取材し独自の視点で伝えるライターに。 大学野球、社会人野球を中心に、記者が少なく情報を手に入れづらい大会などに自ら赴き、情報を必要とする人に発信することを目標とする。

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