首都1部で2位の明治学院大、2部から昇格した「新参者」から「1部で勝てるチーム」へ
1部6校、2部10校で構成される首都大学野球リーグ戦。春季リーグ戦・秋季リーグ戦それぞれ、1部で6位になったチームと2部で優勝したチームの入替戦が行われ、2勝先取した方が次のシーズンに1部で戦う権利を得る。2022年春、明学大は2008年以来14年ぶりに1部昇格を決めた。
昇格後初のリーグ戦は、1勝10敗・勝ち点0で6位だった。入替戦で1部残留を勝ち取り、再び1部で戦ったこの春。日体大が8連勝で優勝を決めたとき、明学大は3勝5敗で、ここからの試合に全勝すれば2位も狙えるという位置にいた。そして、怒涛の5連勝。優勝した日体大以外の4チームから勝ち点を奪い、堂々の2位でシーズンを終えた。チーム打率はリーグ1位の.2600で、日体大の.2598をわずかながら上回った。
明学大ナインにとって、この結果は予想以上だったのか、それとも必然だったのか。
一冬を越えて勝てるチームに
明学大は、首都1部で2度の優勝経験があるチームだ。同大野球部OBである金井信聡監督も、現役時代は優勝経験こそないものの1部で戦っていた。2019年の夏から明学大で指導し始めた金井監督は、2020年1月、正式に監督に就任。長いこと2部でくすぶっている後輩たちに、1部で戦う面白さを知ってもらいたいという思いがあった。
「1部に昇格する、というところに目標を置いていては勝てない。1部で勝つ野球をしよう」と選手たちの意識を変えた。当時の1年生が4年生となった2022年の春に、2部優勝、1部昇格を果たした。昇格後、初の1部リーグ戦は1勝10敗。戦う気持ちは十分に感じられたが、勝つにはあと少しの綿密さが必要に見えた。
2023年度の新チームは、打撃に定評のある近岡英訓内野手(4年・八王子)が主将となった。開幕週の相手は、昨秋優勝の日体大。近岡は「1部で優勝し、全国の舞台で戦うことを目指しています」と力強く言ったが、昨秋も多く見られた「相手に先制され、追い上げるもあと一歩届かない」戦いで、2連敗の幕開けとなった。それでも選手たちは、自信に満ちた表情をしていた。
「1部の選手たちは守備や走塁の意識にしても、バッティングにしても、細かいところに目がいっているなと思いました。そういう細かいところのプレーを大事にしながら冬の間トレーニングをしてきました」と昨秋の経験を活かして、近岡を先頭にしっかり練習をしてきたからだった。
その自信が本物だと証明できるまで、そう時間はかからなかった。第2週の筑波大1回戦。先制したのは筑波大で、8回を迎えたときには0-3と点差が広がっていた。今までの明学大なら、負ける展開だ。だが、この日は違った。8回裏に反撃を開始すると、最後は近岡の適時二塁打でサヨナラ勝ち。新しい明学大を見せた。
3失点がすべてエラー絡みだったため、金井監督は「キャッチボールからやり直し。本当に腹が立つ試合というか、一番ダメな試合」と、厳しい言葉も口にしたが「でも、試合中に(守備が)修正できていたので、成長していると思います。1勝はできたので、次は30年ぶりの勝ち点ですね」と、最後は笑顔も見せた。
その目標を達成する日も、またすぐにやってきた。次の日に行われた筑波大2回戦はサヨナラ負けとなったが、3回戦はサヨナラ勝ち。全試合サヨナラゲームの死闘を繰り広げた結果、明学大が2勝1敗で勝ち点1を挙げた。このあと戦った3チームからも勝ち点を奪った明学大は、1974年以来49年ぶりの優勝とはいかなかったが、昨秋の6位から大きく順位を上げて2位でリーグ戦を終えた。
勝てる試合が増えた理由のひとつに、ずっと課題だった「先制点を挙げて有利な状況を作る」ことができたというのがある。金井監督は、相撲の決まり手である「寄り切り=対戦相手と組んだまま体で押していき土俵の外に出す」「うっちゃり=逆に土俵際まで追い詰められた状態から体を捻って相手を投げる」にたとえてこう語った。
「2部にいたときも、勝ったとしても押し込まれて押し込まれてうっちゃるような試合が多かったのですが、優勝したシーズンは寄り切っていました。どの試合も寄り切っていた。やっぱり、土俵際まで追い込まれると、たまたまうっちゃって勝てるときもあるけど、そのまま負けることも多くなります。今季も、サヨナラ勝ち、サヨナラ負け、サヨナラ勝ちだった筑波さんとの試合のように、土俵際で踏ん張って踏ん張ってうっちゃるような試合がありました。そういう経験が選手たちの成長につながり、自信になっていくとも思いますが、常に勝つ強いチームになるにはやっぱり寄り切る試合をもっと増やさないといけないですね」
武蔵大2回戦は、1回表に2点を先制し、最後までリードを保ったまま6-4で勝つという寄り切りができた試合だった。その先制の2点適時三塁打を放ったのが、中軸を担う小澤輝内野手(3年・桐光学園)だ。開幕戦の日体大1回戦で2点本塁打を打ってから、シーズンを通してチームを引っ張ってきた。
金井監督は、小澤のことを「大柄で破壊力がありそうな感じですけど、かなりコンパクトなバッティングをします。バットの芯に当てるのが得意ですね。相手のピッチャーのスピードを上手く利用して、そんなに力まない。タイミングを外されても、どんな球にも対応してくれますし、うちの中心バッターでかなり期待していますね」と、高く評価する。
小澤自身も「バットコントロールに関しては、パンチ力よりも自信があります。外の球でも内の球でも、しっかり反応してコンタクトしていけるバッティングが自分の長所かなと思います」と話す。
チームがまだ2部で戦っていた昨年の春は、足首の捻挫でメンバー入りできなかったため、小澤の公式戦デビューは秋の1部の試合だった。「秋は新参者だったので、新しい舞台でやってみただけという感じで終わってしまい、チーム全体でも個人としても課題が多いリーグ戦でした。1部の投手の速球に振り負けないように体作りとスイング力を鍛えていこうということで、一日に600スイングするとチームで決めたので、それをこなしつつも自分で納得できない日はプラスして振っていました。個人としては、チャンスの場面で浮いてきた球を一球で仕留めるというところをテーマにスイングしてきました。今はもう(他の1部のチームと)同じ土俵で戦っている気持ちです」。その結果、昨秋.192だった小澤の打率は.298と劇的に伸び、チームの36打点のうち8打点を挙げてベストナインにも選ばれた。
181cm・85kgと体が大きく「打撃の人」に見えるが、実はファーストの守備も得意だという。「あの体型であのバッティングで左投げなので『野球を始めたときからファーストだろう』と小澤に言ったら『ファーストしかやったことありません』と。打ちそうで左投げだと、とりあえずファーストになりますよね(笑)。ずっとファーストをやってきているので守備がうまいんですよね。彼の守備でかなり助けられています」という金井監督の言葉を受けて、小澤に守備のことを尋ねると「中学までは下手でした」と意外な答えが返ってきた。
「守備が下手だったので、桐光学園高校に入ってから野呂(雅之)監督にすごく怒られました。全体練習が終わったら、ひたすら夜までひとりで守備をやらされるという感じで……」と苦笑いの小澤。救世主となったのは意外な人物だった。「1年生の冬、みんなそれぞれ個人でレベルアップしようという中で、ショートを守る楠本龍聖さん(現・立正大4年)という1個上の先輩が僕のところに話しに来てくださって、手取り足取り一から教えてくださったんです」。
ファーストとショートは共通点が少ないように思えるが、楠本に教わったことで守備への向き合い方が大きく変わったという。「まず、守備に対する考え方や意識を教わりました。それと基本的な動きはやっぱり違うんですけど、ハンドリングの面を教わりました。以前は、ファーストの守備は(打球が来るのを)待って体で前に落とせばいいというような考えだったんですが、積極的に前に出てグローブさばきで捕りに行くという姿勢に変わり、打球の見え方も違ってきました」。教わったことを体が覚えるまで、バッティング練習もさせてもらえずに監督やコーチのノックを受け続ける日々を過ごした。
その甲斐あって、ファーストに打球が来ると「もらった!」と思えるくらいの自信がつき、守備に余裕ができた分、バッティングにも力を入れることができるようになった。打撃、守備ともに頼りになる小澤は、今後も明学大のキーマンのひとりとなるだろう。
小澤の注目ポイントをもうひとつだけ付け加えたい。両腕に、見たことのない黄色いリストバンドをしていたので、どこのメーカーのものか訊くと「これ『CHiCO with HoneyWorks』という僕の一番好きなバンドのグッズなんですけど3月のツアーで活動休止しちゃったので、その弔いを込めてつけています(笑)」と、想定外の答えが返ってきた。バットにもこだわりを持っている。「バットって、黒とか茶が多いじゃないですか。できるだけ派手なので目立ちたいと思って、黄色とオレンジのバットをオーダーして作りました」。小澤のプレーとともに、個性的なギアもチェックしてみて欲しい。
二枚看板が卒業して責任感が生まれた投手陣
昨年の二枚看板、大川航希投手と佐藤幹投手が卒業。今春、金井監督は、リーグ戦の出場経験が豊富な投手とこれから育てていきたい投手をうまくやりくりしながら、勝利を重ねた。昨年は3.77だったチーム防御率も、今春は2.41と大幅に改善。片渕暖也投手(4年・伊豆中央)は「佐藤さんと大川さんというふたりの柱が抜けて、柱がいないからこそ一丸となってやっていこうと、みんな危機感を持ってやるようになりました。それが投手陣の戦力の底上げができた理由だと思います」と話した。
片渕の優しい笑顔は、いつも取材の場を和やかにする。マウンドでの片渕は真逆で、売りは「テンポの良さ、勢い、声、低めのコントロール」と話す。昨秋はリリーフエースだったが、この春から先発に。「どのピッチャーも先発の立ち上がりは苦労すると思うのですが、片渕は立ち上がりにしっかりストライク、アウトを取れます」と、金井監督も信頼を置く。東海大2回戦で131球を投げて初完投・初完封勝利を挙げ、今年のエースの座を確定させた。
試合後に「はじめから最後まで投げるつもりでしたが、終盤に球数を聞いちゃうと意識しちゃうと思ったので、球数を聞かないで最後まで投げました」と話した片渕は、完封を目前にした9回裏、2死満塁のピンチについて「マウンドに行く前に、関谷(健太)コーチから、9回は絶対にピンチが来る、それが当たり前だと思って『ああ、来た来た』と思いながら投げろと言われていたので、本当に来たなと思いながらリラックスして投げられました」と、笑いながら振り返った。
中継ぎから先発に転向したことで、練習にも変化があった。「まず、投げ込みの量が変わりました。中継ぎのときは、試合の前日だけ30球投げてそれ以外投げなかったのですが、今は日曜に先発しているので、月曜がオフで火曜から4日間で30~40球ずつ投げて、前日は軽めに調整することが多くなりました。日曜が先発だと、土曜に相手の打線を一度見られるということも大きくて、自分の目で見てバッターの特徴などを確認しながら、次の日に相手の弱点だと思ったところを突いていくようにしています」。
他にも、体のキレを出すために瞬発系のトレーニングを増やす、ダッシュのメニューを20m・5本から10m・10~20本に変えるなど、さまざまな取り組みをしてこの春に挑んだ。技術的なことだけではなく、「自分が調子の悪いときにふてくされた態度をとったりしたらチームに影響が出ると思うので、悪いときこそチームを明るくするように意識していますし、信頼してもらえている部分も大きいので、その信頼に応えられるように常に意識して取り組んでいます」と、最上級生の自覚も持って戦っている。
片渕の次のエース候補として、たくさんの投手がしのぎを削っている。そのひとりが左腕の家接光輝投手(3年・静清)だ。金井監督が「高校では外野手でクリーンアップを打っていて、下手したらうちのチームでも一、二を争うバッターなので、二刀流をやらせたいと思ったんですけど、本人がピッチャーをやりたいと言うんですよ」と言っていたため、家接本人に詳しく訊いてみると、強い思いがあっての選択だということがわかった。
「中学まではピッチャーをやっていたのですが、高校ではバッティングの方を評価されてずっと外野をやっていました。高校1年でイップスになって、それでも試合にはずっと出続けたんですけど、まともにボールが投げられない状態でした。それで、高校で野球をやめようと思っていたのですが、明学大でもう一回ピッチャーとして高いレベルを目指そうと思い直して、今はピッチャーを頑張っています」
金井監督は、適性は見るが基本的に選手のやりたいポジションを優先する。そのためか、野手から投手に転向する選手も多い。昨年のエース、佐藤もそうだった。家接も、再び投手に挑戦しながらイップスを克服することを選んだ。「最初は球があちこち行っちゃう状態で、キャッチボールと投げ込みを毎日ひたすら繰り返しました。投げ込みは、多いときで一日200球です。(イップスは)急に良くなることはなく、日々の小さな積み重ねでしか治せないですね。正直、今も不安を抱えながらやっていて、完全に克服してはいない気がします」。
先が見えない苦しい日々だったが、良かったこともあるという。「たくさん投げ込みをしてきたので、自然とスタミナがつきました」。金井監督も、連投のできる家接を頼りにしている。今は中継ぎで登板することが多いが「今年1年間で5勝」という目標を掲げる。春は2勝を挙げ「高校からここまでつらい時間が多かったので、嬉しさが大きいですね」と笑顔を見せた。秋は目標の残り3勝につながる投球ができるか、注目したい。
2年生で頭角を現したのが、開幕投手に抜擢された髙橋風太投手(2年・国学院久我山)だ。最も印象に残ったのは東海大1回戦。1-2で最終的には負けとなったが、8回1/3 2失点と堂々の投球を披露した。
髙橋も「高校のときから完投が得意でした」とスタミナ面に自信を持っている。「体の使い方が上手い方だと思うので、無駄な力が入っていなくて怪我も少ないです」とその理由を話す。日によって投球内容に差があったため防御率こそ3.86だったが、大学での初勝利も挙げ、大きな可能性を感じさせた。「自分が投げた試合は全部勝ちたいです。勝ちたい試合に投げさせたいと思えるようなピッチャーになりたいです」と、まっすぐ前を向いて堂々と話す様を見ていると、今後に期待せざるを得ない。
明学大野球部の未来
明学大野球部のホームページによると、明学大はベースボールが日本に伝わったころから「校戯」としており、野球部の創部も1885年と日本で最も古い。野球とともに歩んだ138年の長い歴史を考えると、大学側の野球部に対する期待や情熱、協力体制もあってしかるべきと考えてしまうが、意外にも練習環境はそれほど整っていないという。
金井監督の話では、雨が降ってグラウンドが使えなくなったときに練習できる施設がないため、過去には1週間雨が降り続け、十分な練習ができないまま週末のリーグ戦を迎えたこともあったそうだ。ナイター設備もマウンドの部分だけにしかないという。
この春、2位という成績を残した明学大だが、打撃が良いのとは対照的にエラーが多いことが気になった。その原因を金井監督に訊くと「練習量でしょうね。今の時期は授業が始まっているのもあって練習時間が短いので、みんな真っ先にバットを持って打ち始めます。内野ノックとか、もう少しできればいいのですが、どうしてもそっちが優先になっちゃうので」と話した。
明学大は学業に厳しく、毎日授業のある1年生はあまり練習ができないため、リーグ戦には出場させない。2年生以上でも、単位を落とせば試合に出してもらえなくなる。大学生なので学業優先は当然だが、大学によって学業と部活に対する考え方は違うため、その待遇は異なる。
限られた時間、環境で練習して結果を残しているチームはたくさんある。実際に、明学大も今の環境でこの位置まで来た。取材した選手たちは誰一人環境に文句を言うことはなく、今の自分にできることを考え、しっかりやっている。ただ、ずっと1部で戦っている他のチームは充実した施設を持っている。明学大の選手たちが学業をおろそかにせず野球で上を目指し続けることを考えると、どこかで限界が来る気がしてならない。
金井監督は「そうですね、2部から1部に昇格して、1部で2位になって、たくさんのOBから連絡が来るようになりました。球場に応援に来てくれる人も増えました。ここまで力をつけたので、もう少し大学に環境の整備をしてもらって、1部にふさわしい施設でもっと上を目指すことができたらありがたいですね」と頷いた。
明学大にとって飛躍のシーズンとなった2023年春。勝つ喜びを知ったナインは、秋にどんな野球を見せてくれるだろうか。