大分トリニータ・松本怜CROに聞く「共創」の先に見据えるゴールと地域への思い

「サポーターと共創しJ1へ復帰すること、これが今年のトリニータが目指すゴールです」

大分トリニータの松本怜CROは、そう力強く語ってくれた。

松本氏は2013年から2022年までの10年間(※最初の2年間はレンタル移籍)、トリニータの選手としてプレーし、たくさんのファンに親しまれた。そして今年(2023年)の1月にフロント入りし、クラブ初となるCROに就任している。

CROとは「クラブ・リレーションズ・オフィサー」の略で、クラブの経営陣や各部署のスタッフと、現場の選手たちをつなぐ役割がある。ほかにも、スポンサーや行政、サポーターなど、さまざまな立場の人たちとの橋渡し役も担う。

トリニータの選手時代から、サポーターや地域とのつながりを「より深いものにしたい」との思いがあった松本氏。フロント側の人間となった今年、どのような取り組みを始め、どのような将来像を描いているのか、話をうかがった。

クラブ初CROの役割は「先を見据えた土台作り」

「数年前からセカンドキャリアについては考えていて、いずれはトリニータのフロント(企画・運営側)に入って、クラブに貢献したい思いはありました。ただ、CROが何の略で何をすればいいのかは、全くわからなかったです」

教えを請うたのが、FC東京の石川直宏CC(クラブ・コミュニケーター)。大学時代にFC東京との練習に参加する機会があり、少しだが面識があったのだという。

「石川さんはCROではなくCCなのですが、クラブとサポーターの橋渡し的なポジションなど、共通点もあります。特に『何か(企画など)をやろうとするときは、ちゃんとゴールまで見据えていなければいけない』というお話は、聞けて良かったと思いました」

実際、松本氏が今季すでに取り組んでいる企画は、今、喜んでもらえるだけではなく、将来も見据えたものだ。

「たとえば、実際にスタジアムで試合を見たり、選手と交流した子どもたちが、トリニータのスクールやアカデミーに入り、いつかトップチームの選手になる、そこまでつなげていけたら嬉しいですね」

宇佐市の是永市長(最後列右から7人目)と同市佐田小学校の子どもたち。最後列右から6人目が松本CRO

長期的な取り組みになるが、一方で、松本氏自身はCROで居続けることにあまり固執していない。

「もちろん、長く務めさせていただけるなら、それはとてもありがたいです。ただ僕としては、後輩たちの中から2代目、3代目のCROになりたいと思う選手が出てきてほしい。そのために、この職を引き継ぎたいと思ってもらえるような土台を作るのが、初代の僕の仕事だと思っています」

すでに始動している「将来も見据えた取り組み」事例

子ども連れ向けのCROファミリーシート

最初に手がけたのが「CROファミリーシート」。レゾナックドーム大分の一部を、小学生以下の子どもを連れたサポーター向けに販売するものだ。

「小さい子どもがいるために、なかなか試合を見に来られないというサポーターも少なくありません。実際に『グズっている子をなだめているときに周りから苦情を受け、足が遠のいてしまった』という話も聞きました」

CROファミリーシートは利用者を限定しているほか、110席あるエリアで半数の55席分だけの販売にとどめている。そこには、自身も子どもを持つ親である松本氏の思いがあった。

「周りにいるのが、自分たちと同じように小さい子どもを連れた人たちだけ、という環境は、心理的に楽なんです。子どもが騒いだり席を立ってウロウロしたりしても、理解してもらえますので。また、小さい子がいるとどうしても荷物が多くなるので、荷物のスペースも考え、あえて少ない席数で設定しました」

協賛者の支えもあり実現したCROファミリーシート

この企画は利用者から大変好評で、家族同士の交流の場にもなっているのだとか。また、この取り組みに協賛してくれている企業や団体の名前を同エリアのシートに貼り、広告の役目も果たしている。将来的には、エリアの拡大も検討しているそうだ。

「今後のホームゲームすべてに、このシートを設置しています。たくさんのご家族に楽しんでいただけたら嬉しいです」

使われていない田畑を活用した「農業とのコラボ」

祖父母が農家だったこともあり、もともと農業に興味を持っていた松本氏。地域交流のひとつとして農業とのコラボを企画し、6月8日に宇佐市で初のコラボイベントをおこなう予定だった。

「使われていなかった田んぼを利用し、佐田小学校の子どもたちと一緒にもち米の田植えをするはずだったんです。ところが大雨のため中止となり、体育館での交流会に変更になりました」

なお、交流会後に雨はほぼ止んでおり、松本氏はひとりで田植えをしてきたそう。子どもたちと一緒にできなかったことは心残りだが、この活動は今後も続けていきたいという。

交流会で子どもたちの質問に答える松本CRO。左はトリニータのマスコット「ニータン」

今回のイベントはこれで終わらず、稲刈りへの参加や、スタジアムでの餅つきも考えているとのこと。

「今回参加してくれた子どもたちも招待したい。お餅をその場で販売できたら、売上金でサッカーボールをプレゼントし、シーズンオフには選手たちが宇佐市まで行って、サッカー教室を開くところまでやりたいです」

ほかの自治体から「うちでもやってほしい」との声があれば、また企画していく予定だ。

「スタジアムから遠いところとも、つながりを深くしていきたいです。トリニータにとっては、大分県の18市町村すべてがホームタウンですから」

クラブにとって長年の課題「施設の環境改善」

地域やサポーターに向けた楽しみな取り組みがある一方で、強く願いながら実現には至っていない、クラブとしての課題もある。

最も大きなものがクラブハウス。

レゾナックドームを始めとした「大分スポーツ公園」は、国の認可を受けた都市公園のため、民間企業である大分トリニータが単独でクラブハウスを建てることが出来ない。

このため、公的団体である大分県サッカー協会と大分県の配慮で大分県サッカー協会の施設の多くを大分トリニータのクラブハウスとして利用させてもらっている。

しかし、専属のクラブハウスではないため、ストレッチやトレーニングをするスペースが絶対的に足りていないし、老朽化も進み、プロサッカーチームの拠点機能が果たせていない。選手からは何年も前から改善を願う声が挙がっているが、前述のとおり制度上から実現が難しい状況が続いている。

そのような中で、施設ではなくトレーラーハウスを設置して必要なスペースを確保する方法なら制度的に大丈夫となった。トレーラーハウスを活用してトレーニングルームや食堂を整備すれば、現クラブハウスも、もっと機能的に活用出来るようになるであろう。

2022年の松本氏。トリニータの選手時代からクラブハウスの改善をお願いしていた

「クラブ内だけで解決することができない難しい問題です。でも、選手がプレーに集中できるような環境作りは、とても大事だと思います。ビッグクラブ並みの施設とまではいかなくとも、もう少し選手たちが気持ちよく使える状態にできれば気分的に違ってくると思います」

トレーラーハウスによるクラブハウス機能強化には、大分県や大分県サッカー協会も協力に前向きだ。

大分トリニータは、この実現に向けてサポーターや県民の皆様と共に、トリニータを育てていく「共創プロジェクト」を実施したいとしている。

松本氏自身がトリニータの選手だったときには叶わなかったが、改善できるところは、早めに取り組みたいと考えているそう。「選手の心境がいちばん理解できるフロント側の人間」として、現場の環境を整えることにも尽力していく。

限定グッズも「共創」サポーターの声を反映

Jリーグの中でも、トリニータは選手とサポーターとの距離が特に近いクラブのひとつ。コロナ禍での規制を経験し、選手たちはサポーターと間近で接することができるありがたさを、あらためて実感している。

「選手もサポーターのことをよく見てるんですよ。自分への応援グッズは、やはり目に入ります。手作りしてくれているものもあって、すごく嬉しいですね」

たくさんの手作りゲートフラッグが掲げられるスタジアム

そしてそれは、ホームに限ったことではない。選手たちは、アウェーでもサポーターがどれぐらい入っているか気になるそう。

「アウェーの試合に来てくれるトリニータのサポーターは、J2でも一番か二番ぐらいの多さだと思います。『大分にはなかなか行けないけれど、その分、アウェーで応援します』という人もいれば、大分県からの遠征組もいっぱいいる。ホームである相手クラブからも、アウェー側のサポーターがたくさん入るトリニータ戦は、喜ばれているんです」。

そして今回のプロジェクトのコンセプトである「共創」にちなんだ企画として、全国のサポーターから限定グッズのアイデアを募る。これまでも多数の限定グッズで好評を得ていたが、サポーターの声を反映させるのは、トリニータとして初の試みだ。

「クラブ側では思いつかないものが出てくるのではないかと思って、めちゃくちゃ楽しみにしてるんです」

まだ何になるかはわからないが、実際に入手できたサポーターには、ぜひ試合やイベントなどに持ってきてほしいのだそう。「選手が目にすることで、よりサポーターとの一体感を感じられると思うので」。

クラブとサポーターとで共に創り上げる今季のトリニータが、J1復帰という歓喜のゴールへたどりつくのを大いに期待したい。

(取材・文/三葉紗代 写真提供/大分トリニータ)

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