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グランパスが「日常」となるために―名古屋グランパス マーケティング部部長 戸村英嗣-

 Jリーグが日本で発足したのは、1993年のこと。当初はわずか10チームのリーグだったが、リーグ発足当初から参画しているクラブの一つが、名古屋グランパスである。

 名古屋グランパスは現在GRAMPUS SOCIO PROJECTというプロジェクトを実施している。そしてこのプロジェクトにはグランパスを愛する多くの人がかかわっている。

 今回のインタビューでは、名古屋グランパスのマーケティング部部長である戸村英嗣氏に、このGRAMPUS SOCIO PROJECTと将来のグランパスの姿について、話を聞くことができた。

未来をつむぐ「ファミリーステートメント」

グランパスは近年『町いちばんのクラブ』という言葉を、いろいろなところでキャッチフレーズのように使っています。そんなグランパス自身は、『町いちばんのクラブ』をどのように定義していますか。

戸村英嗣氏(以下敬称略)「愛知県の全域で一番信頼されて、一番愛されるクラブのことだと考えています。愛知県には約750万人の方が住んでいますが、その方々が笑顔になっていただけるクラブでありたいと考えています。

 この『町いちばんのクラブ』という言葉がグランパスのキャッチフレーズとして最初に登場したのは、2017年のことです。その前年にグランパスはJ2に降格が決まり、2017年は初めてJ2で戦うことになりました。その時に、まずはホームタウンである愛知県の皆さまが住むそれぞれの『まち』で愛されるクラブになることから始まり、その『まち』の皆さまにとって『いちばん』のクラブになることが、アジア・そして世界につながっていくという考えから掲げるようになりました。

 愛知県に住む方々の日常にグランパスが存在し、サッカーを軸にした町づくりに寄与できるようになりたいという思いも含まれています。」

今回開催しているGRAMPUS SOCIO PROJECTというのは、どのような目的のもとに計画されたプロジェクトなのでしょうか。

戸村「私たちのようなクラブの内部で働いている人だけでなく、『サポーターやファンの方、様々な自治体や企業の方々などグランパスを取り巻く様々な方と対話することを通じて、グランパスの未来をグランパスファミリーの皆さんと共に創っていこう』ということが、GRAMPUS SOCIO PROJECTの目的となります。

 たくさんの方たちとグランパスについて対話を重ね、いただいたご意見を活動方針に反映させることで、グランパスを一層身近に感じていただきたいという考えから、このプロジェクトを立ち上げました。

 今回のGRAMPUS SOCIO PROJECTには、約50名の方々にご参加いただき、『グランパスが大切にしていくべきことは何か、そしてこれからグランパスがどのようなクラブになっていくべきか』ということを一緒に考えてきました。その中から、グランパスファミリーが大切にしたい価値観を表現したのが『ファミリーステートメント』です。

 ファミリーステートメントには3つの重要なキーワードが込められていますが、まずは”Never give up for the win” 。この言葉は、かつてグランパスの選手として活躍し、監督としてクラブに初のリーグ優勝をもたらしたドラガン・ストイコビッチ氏がよく口にしていたものです。『勝利のために決してあきらめない』という意味の『この言葉はグランパスのDNAにもなっているよね』と多くのプロジェクトメンバーの方からご意見をいただいたので、ファミリーステートメントの中心に掲げることにしました。

 続いてのキーワードは”Challenge for the Top”です。クラブとして持続的・継続的に成長し、『世界の頂をめざす』という意味が込められています。

  最後に”Open the mind for the Grumpus Family”。多様な方々を受け入れ、グランパスファミリーの輪を広げていく、そして巻き込む方が多いほど、上昇気流は高く昇っていくという考えです。そうして多くの方を巻き込むことで、グランパスが身近で日常の存在になっていきたいという願いも込められています。

 このファミリーステートメントのキーワードを元に、グランパスファミリーが壮大な目標として絵にしたものが、『Grand Purpose』です。試合後に選手とグランパスファミリーが共に歌うチャント『風』になぞらえ、頂点を目指す上昇気流を表現しています。

 上昇気流は中心点の熱量が高く、また周囲から巻き込む風が多ければ多いほど、高く昇っていきます。新たなグランパスファミリーを巻き込み、大きな風の渦を創り、世界の頂点を目指すことを、グランパスファミリーとして目指したいと思っています。

名古屋グランパスファミリーステートメント

 GRAMPUS SOCIO PROJECTは、今後第2弾・第3弾と続け、多くのグランパスファミリーの皆さんとクラブの未来を共に創り上げていきたいと考えています。」

そのGRAMPUS SOCIO PROJECTの第1弾として、新しいグランパスのエンブレムを制作しているわけですが、どのような背景があってのことなのでしょうか。

戸村「現在のエンブレムは、26年間グランパスのシンボルでした。このエンブレムの下で積み上げてきたものは本当にたくさんありますし、例えば、2010年グランパスが初めてJリーグを優勝した時のことは、私自身非常によく憶えています。

 こうした歴史がある一方で、これから未来に向けて、グランパスが新たに挑戦したいことや成し遂げたいこともあります。そうした中で、グランパスがグランパスファミリーの皆さまとともに成長していくために、何をすべきなのかということを考えました。そして、グランパスがチームとして強くなるだけでなく、多くの方に誇りに思っていただけるクラブであり続けるために、新たなチャレンジが必要なのではないか、ということになりました。

 その結果、グランパスファミリーの皆さんと『共創』という形で、グランパスの未来を作ろうという判断に至り、その具体的な動きの一つが、GRAMPUS SOCIO PROJECTであり、その第1弾として、クラブのシンボルとなる新しいエンブレムの制作ということになります。」

新しいエンブレムのお披露目は、いつごろになりますか。

戸村「12月のシーズン終了後に発表する予定です。」

おそらく、今回のプロジェクトで多くのグランパスファミリーの方に直接お会いになっているかと思います。そうした方々からのグランパスへの期待というのも、非常に強く感じていらっしゃるのではないでしょうか。

戸村「多くの方に共通するご意見として、日常の生活の中にグランパスが溢れているような環境になることを願っている方々が、本当に多いんですね。

 サッカーに限らず、スポーツは人と人とをつなげたり、コミュニケーションのきっかけになったりという役割を持っていると思いますし、そうした役割をグランパスに期待している方が多いです。家族や友人同士、そしてご近所同士などで、グランパスが普段のおしゃべりの話題になることを願っている方が非常に多いと感じました。

 また、『町いちばんのクラブ』という考えをベースにしながら、グランパスがアジアや世界で戦うことができるクラブになって欲しい、という想いも多くの方から伺いました。

 グランパスファミリーの皆さまのご意見を伺って、クラブの未来の姿が共有できたということは、今回のプロジェクトの大きな成果だと思っています。」

グランパスファミリーと話をする戸村氏(写真中央)

トップチームができること

愛知県は、非常にスポーツが盛んな県であるという印象があります。そのような地域で、グランパスのような国内でもトップレベルのチームが貢献できることとは、どのようなことがありますでしょうか。もちろん、グランパスのようなチームの存在自体が、非常に大きな貢献だろうとは思うのですが。

戸村「おっしゃる通り、愛知県は本当にスポーツが盛んな地域で、いろいろなスポーツのトップチームが活動しています。そのような地域で、私たちが貢献できることは何なのか、となるとその一つとしては、やはり『スポーツをする機会を作ること』なのではないかと思います。

 愛知県に限らず日本全国で子供たちの運動する機会が減っていて、コロナ禍以降にはその傾向はさらに強くなっています。学校の部活動もあり方が見直されていますし、スポーツをする機会あるいは体を動かす機会が減っているという現状は、非常に大きな問題です。

 そうした中、グランパスのようなトップチームが、子供たちに体を動かす機会を作ることが、地域に対する一つの貢献の形になると考えています。

 スポーツをすることで体が鍛えられることはもちろんですが、同時にいろいろな人と話をしたりすることで心が成長するきっかけにもなると、私たちは信じています。そうした機会を、私たちだけでなく、例えば自治体の皆さんと協力しながら進めていくことが、サッカーを軸として私たちができる貢献の形であると思います。

 ここ数年コロナ禍の影響もあって、リモートでコミュニケーションを取ることが増えました。デジタル技術の発達で便利なことが増えた一方、人と人の物理的な距離が離れることが多くなり、それに伴って心理的な距離を感じてしまうことがあるかと思います。

 そのような中で、グランパスの選手が愛知県内の小学校などを訪れますと、選手たちから、どのようにプロサッカー選手になったのかという話をした後、子供たちと一緒に身体を動かしたり、サッカーをして楽しんでもらいます。

このように、アナログかつフィジカルなコミュニケーションや触れ合いが、サッカーをすることやグランパスを身近に感じてもらう価値を高めるのではないかと思っています。」

前半のインタビューで、グランパスは愛知県の人々にとって、身近なクラブになろうとしていることがわかりました。身近な存在になるために、具体的にどのようなことをされていますか。

戸村「サッカーの面だけで言えば、チームが強くなって優勝したり、大きなタイトルをとることが大事になってくるでしょう。でも、それ以外のところで『グランパスに何ができるだろう』と考えることが、地域にあるクラブとして重要になります。

 そうなると、愛知県における社会課題に対して、グランパスが解決のきっかけとなれるようなアクションを起こすことが大事だと思います。

 例えば、愛知県の野菜の産出量は、日本でもトップクラスです。でも、同時に愛知県は日本で最も野菜の摂取量が少ない県でもあります。もちろん、野菜は他県へ出荷することもできます。とはいえ、やはり地元の野菜を地元で食べる地産地消の方がSDGsの観点からも様々なメリットがあります。そのため、グランパスでは、クラブの育成組織であるアカデミーの選手が企業や自治体の皆さまご協力を得ながらSDGsについて学び、実践する『SDGsアカデミー』という取り組みを行っているのですが、今年のSDGsアカデミーでは、愛知県産の野菜を使ったレトルトカレーの制作を行いました。

 また、愛知県は在留ブラジル人の方がたくさんいらっしゃる地域なのですが、日本人との交流が少なく日本語の習得や日本社会への参加が課題となっています。そのため、グランパスのホームゲームでお仕事体験をブラジル人の子供たちにしてもらうことで、日本人と一緒に活動をして、多文化共生への理解を深める機会を作ったりしています。

 こうした活動の積み重ねが、愛知県における社会課題の解決につながるきっかけとなり、皆さまにグランパスを身近な存在として認識していただけることにもつながると思うので、これからも続けていきたいです。」

愛知県に住むブラジルのルーツを持つ子供たちが、グランパスのホームゲームでお仕事体験

最後の質問です。30年後のグランパスはどのようなクラブになっていて欲しいですか。

戸村「『グランパスと一緒に活動すると、必ず何かポジティブなものが生まれる』と皆さまに思っていただけるようなクラブになりたいですね。また、『グランパスがあるから名古屋に行こう』と国内外から人を集めることができるクラブにもなりたいと思います。」

 GRAMPUS SOCIO PROJECTとは、グランパスが様々な形で外部の人を巻き込み、愛されるクラブを作るプロジェクトと言ってもよいだろう。

 強いクラブを作ることは簡単なことではない。しかし、愛されるクラブを作りそして維持していくことは、もしかすると、強いクラブを作ること以上に難しいことなのではないだろうか。

 グランパスを愛する人とともに歩む未来を目指して、GRAMPUS SOCIO PROJECTはこれからも続く。

(インタビュー・文 對馬由佳理)(写真・イラスト提供 名古屋グランパス ©N.G.E.)

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