名古屋グランパス 光持稜―アカデミーはサッカーと人間性の成長の場―
すべてのスポーツにおいて、次世代の選手を育てることは重要事項である。
特にサッカーは、各クラブがアカデミーと呼ばれる育成組織を維持することで、次の世代の選手を育成している。しかし、アカデミーが若い選手に伝えることは、サッカーの技術だけではない。アカデミーはそのチームの哲学や戦う姿勢も次の世代に伝える場所でもある。
今回、名古屋グランパスアカデミー出身で、現在はクラブのスタッフとして名古屋グランパスで働く光持稜(みつもち りょう)氏に、グランパスアカデミーについて話を聞いた。
グランパスアカデミーの哲学とは「プレッシャーに負けないこと」
光持さんがグランパスアカデミーにいたころの一番嬉しかった思い出と、一番悔しかった思い出を伺えますか。
光持稜氏(以下、敬称略)「私がアカデミーにいたのは、約20年前の中学1年から3年の間です。特に中学校3年の時に全国大会に行ったことが、一番嬉しかった思い出ですね。というのも、全国大会の舞台でプレーすることが、アカデミーに入ったころからの私の目標だったんです。
でも、実はアカデミー時代の一番悔しい思い出も、この全国大会の時のものです。当時浦和レッズのアカデミーにいた原口元気選手にフリーキックを決められて、全国大会で予選敗退したことが一番悔しい思い出です。
その後、私自身がグランパスアカデミーのユースに上がれなかったことも非常に悔しかったのですが、やはりインパクトとしては、全国大会で負けたことが最も悔しいことでした。」
光持さんは中学時代にアカデミーに所属した後、大学や社会人ではクラブからは離れ、その後再度クラブスタッフとしてグランパスに戻られています。そうした経験を通して、サッカークラブのアカデミーが持つ役割とはどのようなものだと思われますか。
光持「地元のサッカー少年たちが目指す最初の目標と、思ってもらえるようになることでしょうか。例えば、ボールで遊んでいる小さな子供たちが、中学生になったらグランパスアカデミーに入るんだ、と思われるような存在になることが、一番大事な役割だと思います。」
ずばり、グランパスアカデミーの哲学とは、どのようなものだと光持さんは考えていらっしゃいますか。
光持「グランパスアカデミーの選手であるという、期待やプレッシャーに負けずにプレーし続ける誇りやプライド、そして勝ちへのこだわりが一番顕著な哲学だと思います。言い換えると、メンタル的に強かったり、ここぞというときの勝負強さのある選手を育てることが、グランパスアカデミーの哲学を伝えていくことになります。
愛知県をはじめとする東海地方で、グランパスアカデミーでプレーしている選手は、いろいろな意味で常に注目されます。そうした注目に負けずに実力を発揮できる選手を育てるために、グランパスでは現役の選手がアカデミーの選手に直接指導する機会もあり、そこも育成組織の特権だと思います。」
アカデミーでの指導の難しさ
光持さんがアカデミーにいたのは約20年前ということですが、今のアカデミーを取り巻く状況の中で、当時と比較して一番変化したものはどのようなことだと思われますか。
光持「一番の違いは、クラブのビジョンが明確なこと、そしてアカデミー生と外部の方々との接点が圧倒的に増えたことです。私がアカデミーにいたころはコーチ自身の経験や価値観をもとに指導してくださっていたと思っていますが、今はクラブのビジョンやフィロソフィーがあり、目指すところが明らかになっています。また、アカデミー生がパートナー企業を訪問したり、さまざまな活動への参加を通じて、社会を知るきっかけがたくさんあります。こうしたことを通じて、サッカー選手としてだけではなく、一人の社会人として人間性も構築できる環境になっていることが、大きな違いですね。」
おそらく、光持さんがアカデミーにいらしたころと、今のアカデミーとの違いの一つに、SNSの存在があるかと思います。今の選手は、YoutubeをはじめとするSNSで、トレーニング方法等についてさまざまな情報を取り入れることができます。こうした傾向について、光持さんはどのようなご意見ですか。
光持「確かに今のアカデミー生はSNSによって、多くの情報をインプットする機会に恵まれていますし、そのこと自体は良いことだと私は思います。ただ、SNSを通じて得た情報が自分にとって良いのか悪いのかということを判断する能力が、若い選手にも必要になっています。
また、SNSに関して言うと、いまではJリーグ主体、またクラブ独自でのSNS関連の学びの場というのもあります。そうした意味では、SNSとの付き合い方も学べる場がグランパスアカデミーということになりますね。」
カテゴリー別に分かれているとはいえ、年齢の面からみると、10歳から18歳までの選手がアカデミーにいることになります。その年代は、一気に背が伸びたり体自体が大きくなったりと、体が急速に成長する時期にあたります。そうした身体的コンディションを考慮して選手を育てるのは、プロとなったトップチームの選手をコーチするのとはまた別の難しさがあるように思うのですが。
光持「その通りです。グランパスアカデミーには年代別にコーチがいて、それぞれのコーチが日々の練習内容を決めます。また、栄養士もクラブにいるので、食事の面でも体に必要なものをとることができるように、アカデミー生をバックアップすることもできます。加えて、クラブにはさまざまなフィジカルのデータもあるので、トレーニングでどこの部分をどこまで伸ばせば良いのか、一定の方向性をアカデミー生に示すことができます。
とはいえ、特にフィジカルの成長というのは個人差が大きいものです。特にアカデミー生の世代というのは体が大きくなる時期にあたるので、トレーニングも体の成長に合わせたものにしないと、トレーニング過多が原因でけがをして、数か月プレーできなくなったりすることになります。しかし、100%個人の状態に合わせた形で指導できるわけではないので、そのあたりが難しいところですね。
また、特にU-18(18歳以下)世代は、トップチームでのプレーを現実的に考える世代になります。でも、実際にユースの選手がトップチームとプレーすると、データではわからないフィジカルの重要性を感じる事が多いんです。つまりトップチームの選手のフィジカルの強さに、ユースの選手が圧倒されてしまうんですね。そのため、グランパスアカデミーでは、U-18チームの選手がトップチームのトレーニングや練習試合に参加する機会を多く設けることで、トップチームで活躍するために自分には何が必要なのか、ということに気が付いてもらえるようにしています。」
トップチームで活躍する選手になるためには
グランパスアカデミーからは藤井陽也選手が、ベルギーのKVコルトレイクでプレーしています。彼のようにトップチームで活躍できる選手の特徴はどのような点にあると、光持さんは思われますか。
光持「藤井選手はグランパスアカデミーで、成瀬竣平選手(現V・ファーレン長崎)や菅原由勢 選手(現サウサンプトンFC )とほぼ同世代だったんです。良いライバルが2人もいた、大変恵まれた世代だったんですね。
この3人について、私も彼らがアカデミーにいる頃からいろいろ聞いていたのですが、特に菅原選手は昔からキャラが立っていて一緒にサッカーをしていて楽しい選手だと、アカデミー時代から評判が高かったんです。
彼らを見ていて思うのは、トップチームで活躍するためにまず必要なのは、気持ちの部分なのだろうと思います。特にコミュニケーション能力があること、そしてチャレンジ精神があることが特に重要のようです。そうしたプロとして必要な気持ちの部分を育てることも、アカデミーの仕事として大事になりますね。
また、サッカー選手になることへの貪欲さというのも、トップ選手になるためには必要になります。というのも、今のアカデミーの選手に将来の目標を聞くと、第1希望はサッカー選手になること、第2希望は大学に行くこと、と言う子供が多いんですね。でも、世界を舞台に活躍する選手は、非常に強い意志を持ってサッカー選手になっている人がほとんどです。いわば第2希望などはなく、どうしてもプロサッカー選手になりたい、という人ばかりです。中途半端な思いでサッカー選手になった人は生き残って行けませんから。」
光持さんから見て、5年後あるいは10年後のグランパスアカデミーはどのようになっていって欲しいと考えていますか。
光持「名古屋グランパスのトップチームのスターティングメンバーの半数以上が、グランパスアカデミーの出身者で占めるようになっていて欲しいですね。また、サッカーの能力だけではなく、人間性が育つ場でもあって欲しいとも思います。
また、自分のようにかつてグランパスアカデミーで育った人間が、クラブの運営側として戻ってくる事が普通のことになれば良いな、と思います。グラウンドの中ではHOME-GROWN (生え抜き)の選手は、とても尊敬されますよね。それはその選手がチームの哲学を体現していると、ファンやサポーターから信頼されているからだと思うんです。
クラブの運営側にも、クラブの哲学を理解し伝える事ができる人材が必要です。そんな人材として、HOME-GROWNの人材がたくさん運営に関わる事ができるようになると良いですね。」
名古屋グランパスアカデミー出身ではあるが、一旦クラブから離れた後、現在グランパスで働いている光持氏。彼にとって、グランパスアカデミーは、自身のアイデンティティを形作る一部となっているのだろう。
未来のサッカー選手と社会人を育てる場として、グランパスアカデミーが発展することを何より希望していることが感じられるインタビューとなった。
(インタビュー・文 對馬由佳理) (写真提供 名古屋グランパス ©︎N.G.E.)