昨夏の仙台育英戦が準硬式野球へ進むきっかけに 東北学院大指揮官が惚れ込んだ「柴田コンビ」の才能
昨夏、仙台育英が甲子園で悲願の東北勢初優勝を果たした。今夏の甲子園でも準優勝に貢献した高橋煌稀投手、湯田統真投手(いずれも当時2年)ら強力投手陣を擁し、破竹の勢いで頂点まで駆け上がった仙台育英だが、県大会は決して楽な勝ち上がりではなかった。
中でも、1回戦で対戦した柴田は王者を苦しめた。5回を終えた時点で2対2。6回から8回にかけて4点を奪われるも最終回に追い上げ、敗れたものの4対6と善戦した。当時、新型コロナ禍で声出し応援が禁止されていた中、試合後はスタンドの観客から両ナインに割れんばかりの拍手が送られた。
この試合で柴田の先発を任された池田翔投手と2番手の日下裕翔投手(いずれも当時3年)は、小学校、中学校、高校が同じの幼馴染コンビ。ともに「野球は高校まで」のつもりで最後の夏に臨んでいたが、二人は東北学院大準硬式野球部に進み、1年目から主力級の活躍をしている。あの夏の熱投は、いかにして現在につながったのか。
幼馴染コンビの関係は「ライバルというより…」
小学3年生の頃に野球チームで出会い、大河原町立の大河原小、大河原中を経て、高校は隣接する柴田町の県立校・柴田に進んだ。
左腕の日下は高校1年時から頭角を現し、チームが準優勝した秋の東北大会でもマウンドに上がった。2年秋からは「背番号1」を背負い、3年夏までエースの座を守り続けた。
一方の池田は、コーチの助言を受け2年春からアンダースローに転向。「上で120キロを投げるのと下で120キロを投げるのとでは、スピード感やバッターの反応が全然違う。自分は野球センスがないので、下にして役割を見つけられてよかった」と、謙遜しながらも転向後の変化を振り返る。
しかし不調やケガが重なり、3年春まで公式戦の登板はゼロ。昨夏の仙台育英戦が最初で最後の公式戦登板となった。高校時代、常に前を走っていた日下とは「ライバルというよりは…『お互い良い結果を出せればな』と思う関係」だという。
強豪校を率いる70歳監督の眼力
昨夏の仙台育英戦は、「背番号11」の池田が先発。2回に2点を先制され降板したが、持ち前の打たせて取る投球で2併殺打を奪うなど、相手打線の出鼻をくじく仕事は十分に果たした。
3回から継投した日下は、「組み合わせが決まった瞬間、正直勝てるとは思わなかった。やれるだけやってみよう」と楽な気持ちでマウンドに上がった。緩急をつけた投球が光り、6回4失点と粘投。「負けはしたけど、結果的に日本一になったチームをそれなりに抑えられたことは自信になった」。悔いなくユニホームを脱ぐことができた。
二人の投球をスタンドから見つめていたのが、東北学院大準硬式野球部の伏見善成監督(70)だ。同部は1948年創部で、春秋計100回以上のリーグ優勝を誇り、全国制覇の経験もある東北屈指の強豪校。30年近くチームを率いる伏見監督は「自分の目で見る」をモットーに今でも足繁く球場に通っており、気になった選手がいれば声をかけ準硬式野球という選択肢を提示している。
実際、同部には宮城県を中心に東北の実力校で活躍した選手が多数在籍している。今年の1年生には日下、池田と柴田でともにプレーし、センバツでは適時打を放った佐藤琳空内野手、仙台城南で4番を打った菅原慧祐内野手、昨夏仙台南を創部初の県4強入りに導いた中川陽市郎投手、畑中雄太投手ら、他にも逸材が名を連ねる。1学年上の2年生では、仙台育英出身の米倉希胤内野手、仙台商で投打に躍動した柳沢友哉外野手らが1年目から結果を残している。
1年目から大活躍、「3年計画」でさらなる飛躍を
そんな伏見監督が惚れ込み、熱心に勧誘したのが日下と池田。「『3年計画』で育てさせてほしい」と柴田の平塚誠監督に直談判した。
思いは通じ、そろって準硬式野球の道へ。今秋のリーグ戦終了後、二人について指揮官に聞くと、「日下は打者に的を絞らせない、小気味良いピッチングをする。夏の投げ込みが生きて、最近は三振も取れるようになってきた。池田はヒットを打たれても点は取られない。アンダースローは一番の武器になる。全国大会で優勝、準優勝した代にはそういうタイプのピッチャーがいたというのもあって、僕は大好きなんです」とうれしそうに話してくれた。
大学1年目から日下は春4試合、秋2試合、池田は春5試合、秋3試合に登板。特に秋は日下が計16回を投げ17奪三振、防御率0.00、池田が計8回を投げ無四死球、防御率0.00と持ち味を存分に発揮し、4年ぶりとなる春秋連続のリーグ優勝に貢献した。秋の全勝優勝を決めた山形大医学部戦も二人のリレーで完封勝利。愛弟子たちは順調に成長している。
自信につながった「仙台育英と戦った夏」
のちに日本一になる仙台育英と戦った夏は、間違いなく今に生きている。
日下は仙台育英の打者、それも右打者、左打者どちらもインコースを攻めて抑えられたことに手応えを感じた。その感触を忘れずに、大学でも内外のコースを厳しく突く投球を心がけている。池田は「打ち込まれてしまったので、あんまり振り返りたくない」と苦笑いを浮かべつつ、「あの試合で先発したことで、今どんな試合でも緊張せずに投げられている」とプラスにも捉えている。
「この部活は楽しい。楽しむことを一番に考えて続けていきたい」(日下)、「野球は失敗のスポーツ。今後も失敗することが多いと思うけど、野球を通じて根気強い人間になりたい」(池田)
縁がつながって飛び込んだ、未知の世界。使用するボールに違いはあれど、真剣勝負の世界であることには変わりない。そして二人の伸び代は、まだまだ十二分にある。
(取材・文・写真 川浪康太郎)