漫画「アオバノバスケ」が描く現在進行形バスケとは
「『バスケットボール(以下バスケ)漫画はSLAM DUNK(スラムダンク)があるもんね』と言われる。だからアオバノバスケでは常に現在進行形のバスケを描こうと思っています」
『アオバノバスケ』(コミックDAYS:講談社)の作者・学慶人氏はスラムダンクとは異なった切り口でバスケ漫画を描こうとしている。
「スラムダンクは子どもの頃から読んできた大好きな作品です。でも、スラムダンクがあるからバスケ漫画は描かないという考えはなかった。もちろん意識することもあるし大きな影響は受けています」
~今のバスケに落ちている面白さを詰め込みたい
スラムダンクは1990-96年にかけて週刊少年ジャンプで連載され、昨年は映画『THE FIRST SLAM DUNK』が大ヒットした。30年前の作品だが、いまだ色褪せることない永遠の名作だ。
「日本のバスケは今大きく進化しています。NBAで日本人選手が毎日のように活躍しているし、代表や国内B.Leagueの盛り上がりもすごい。一方、バスケ漫画といえばやっぱりスラムダンクが今もなお凄まじい影響力をもっています。もはやバスケ漫画という括りも越えて漫画文化全体の歴史にも残る、社会に影響を与えるような名作だと思います。そこでなにか1つでも、『バスケのこの部分を楽しむのであればアオバノバスケだ』という面白さを作れればと思っています」
「現在進行形のバスケを題材にしたい」というのは、編集担当の安藤陽太朗氏が要望した部分でもあった。
「バスケという競技自体が進化する中、今の時代だからこそ描けるものがあるのではと(学氏と)話しました」(安藤氏)
~ボールを動かせて試合を作れるポイントセンター
主人公・青葉太樹は身長195cmの体格のせいで異端扱いされ、自らの居場所を見つけられないでいた。しかし多くの出会いを通じてバスケの楽しさや奥深さを知り、大きく成長していく物語。モデルとなったのが、NBA選手のニコラ・ヨキッチ(ナゲッツ)だ。
「現代バスケではセンターの選手に求められるものが多様化している。ゴール下で身体を張るだけでなく、遠くからのシュートやゲームメイクもする。『ポイントセンター』という名称もできて、ヨキッチはその代名詞のような選手です。自らボールを運びゲームメイクする姿や、味方を生かすパスに惹かれました」
「ヨキッチをモデルにした青葉太樹が主人公なのが面白い」(安藤氏)と、『ポイントセンター』に脚光を当てた作品だ。
「『今のバスケを描く中で何かに挑戦したい』と話し合いました。ヨキッチのような選手は現在進行形で進化するバスケを象徴する選手だと思います。現実にそんな選手がいるので、なんでもできる『ポイントセンター』がいても漫画の中だけのぶっ飛び過ぎた設定ではありません。今はまだバスケを学んでいる最中の太樹が少しずつ上達して、色々なプレーを覚えていく過程を描きたいです」
~バスケの原理原則と留学生の重要性
現在進行形のバスケを描こうとする際に現場の声は必要不可欠。学氏も学生時代にバスケ経験者だったが、改めて「バスケとはなんぞや?」を見つめ直すことにする。まずは日本女子代表アシスタントコーチの鈴木良和氏(株式会社ERUTLUC)に話を聞いた。
「鈴木氏の著書『バスケットボールの教科書』を読んでいました。いきなりシュートの打ち方、ドリブルのつき方、とかじゃなくて、バスケットという競技はそもそもどういったものなのか、その原理や原則となる考え方の部分から解説されているのがとてもわかりやすく、面白いと思いました」
「第2話で描いた、庵監督の言う『身体が強い選手は体幹(=軸)がしっかりしており歩く時に頭が動かない』というのは取材時に鈴木氏に教えていただいた話です。抽象的な質問をしてしまっても、明快な答えをくださるので非常に参考になっています」
また近年の高校バスケ界では外国人留学生の存在が勢力図を大きく左右する。2021年にインターハイとウインターカップで準優勝を果たした帝京長岡高校(新潟)の躍進を見て、同校関係者にコンタクトを取った。
「リモート取材でしたが、留学生選手の皆さんがその場に同席してくれて日常生活のことを中心にチームとの関わり方等の話をしてくれました。今ちょうど太樹たちのライバルになる留学生選手のキャラを描いていて、その時のお話も参考にさせてもらっています」
~「自分とは何だろう?」という自己探究
学氏は、以前「ボーイズ・ラン・ザ・ライオット」という自分のアイデンティティに悩むトランスジェンダーが主人公の作品を発表している。
アオバノバスケの主人公である青葉太樹もバスケを通じて、「自分はどんな自分になりたいか」という自己探求をしていくことがテーマの一つになっている。
「バスケは学生時代にやっていたので自分のアイデンティティの1つ。自分自身が持っている、体験から出せるものも作品に投影して伝えたいと思っています」
「『相手を打ち負かす』とか『バスケでお金を稼ぐ』というのが青葉太樹の欲求ではない。『自分とは何だろう?』とか『自分自身の理想像に近くありたい』という自己探究をしている。トランスジェンダーにも『自分自身を探す』という部分があります」
今年9月27日から10月1日に米国オハイオ州コロンバスで開催されたコミコンのCXCに参加した。トランスジェンダーが主役の前作『ボーイズ・ラン・ザ・ライオット』が評価されての招待だったが、『アオバノバスケ』も話題に上がった。
「アオバノバスケは英語で読めるものがまだ出ていないので、最初は告知のような感じでした。その中で『2つの作品はつながっていますね』とコメントをいただいた。自分でもそう思う部分があるし、読んだ方がそう感じてくれるなら嬉しいです」
~漫画の世界で現実以下をやっていても面白くない
様々な思いを抱きながら描き続ける作品だが、時期を同じくするように日本バスケ界も右肩上がりで成長している。漫画の世界は現実より少し先をいくことで夢を与えやすいため、今後の制作がタフになっていくことも予想される。
「今、現実の日本バスケ界に起こっていることが、漫画を超える勢いで面白いです。漫画が現実以下をやっていてもあまり面白くないですし、実際にバスケをやっている人が憧れられるようなシーンが描きたい。だけど現実味があってリアリティを感じられることも大事にしたいので、うまく両立させていきたいです」
「バスケ漫画を描いてみて、これまで描いてきた漫画よりも比較的取材がしやすいと感じています。試合の映像が昔より手軽に観られたり、書籍も多い。YouTubeやSNSでも、バスケやNBAを専門に情報を発信している人がいたりと、知識を共有したり色んな形で表現している人が多い印象です」
青葉太樹のバスケ選手としての成長、そして自分探しの旅は始まったばかり。今後どうなっていくのかが気になるところだ。
「結末はわかりませんが、今は現実の日本でも高校卒業後の活躍の場は多岐に渡っています。大学バスケに進んだり、直接Bリーグに入る選手も。アメリカや、それ以外の海外の国に渡る選手もいます。太樹がどんな選手になるのか楽しみに読んでほしいです」
今後、青葉太樹の進化速度はぐんぐん増すはず。誰もが納得できる説得力を持たせるため、学氏はバスケを楽しみながらも真摯に向き合い描き続ける。現実のバスケ同様に進化する漫画『アオバノバスケ』の行方に注目したい。
☆『アオバノバスケ』第1話試し読みはこちら!
(取材/文:山岡則夫、取材協力/素材:講談社)