大分トリニータU18コーチ 馬場賢治氏ープロの予備軍に必要なものとはー
若い選手を育成し、次の世代に繋げることは、すべてのスポーツにおいて重要視されることである。しかし、時代や環境の変化もあり、実際の現場では、試行錯誤しながら若い世代を育てているコーチが、ほとんどではないだろうか。
今回はスポチュ二ティのアンバサダーの一人で、2024年から大分トリニータのU18(18歳以下の世代)のコーチに就任した馬場賢治氏に、U18におけるコーチの役割などについて話を聞いた。
明日にでも「プロ」になる可能性のあるU18世代
大分トリニータのU18のコーチ就任おめでとうございます。最初の質問です。馬場さんが考えるU18選手の育成において、最も大事なこととは何でしょうか。
馬場賢治氏(以下、敬称略)「U18の育成は、主に2つの役割があると私は考えています。一つは一人前の大人になるためのサポートの役割、もう一つはプロで戦うための予備軍を育てる役割です。
後者のプロの予備軍を育てる役割から見ますと、例えばもしもトップチームの選手がけがをした場合、その穴を埋めるためにU18選手がトップチームに召集されます。また、ヨーロッパではU18の選手がトップチームの中心選手としてプレーすることは、珍しいことではありません。つまり、U18の選手はいつでもトップチームでプレーする可能性のある世代です。そのため、プロで戦うためのプロ意識というのは、常に持っている必要があります。また、トップチームで戦うためには、そのレベルで必要とされるスキルや体力も備えていなければなりません。こうしたことから考えると、U18の選手は、明日にでもプロとして戦えるような姿勢やスキル、体力が必要とされる世代と言えるでしょう。
とはいっても、そのような形でトップチームに召集されるU18の選手は、実際は本当に一握りの選手だけです。U18には数十人の選手がいますが、トップチームに召集されるのはその中の1人か2人だけ、というのがプロの世界の現実です。残念ながら、U18の選手みんながプロになれるわけではなく、将来的にサッカーから離れてしまう選手が大半です。そのため、サッカーを離れても、一人の人間として社会生活を送ることができるようにサポートしていくことが必要になります。
明日にでもプロでプレーできるような予備軍として準備しておくこと、そして一人の社会人として生きていくために必要なことを教えていくこと、この2つがU18の育成において必要なことだと考えています。」
馬場さんがU18のころと、今のU18の選手と一番の違いは、どのようなものだと思われますか。
馬場「私は高校サッカー出身で、クラブユースの経験はないのですが、それでも私の時代と比べると、今はU18世代の試合数、特に公式戦の数が増えていることが、一番大きな違いだと思います。このことは、日本サッカー界全体として、高校世代およびU18世代の強化に力を入れていることの表れだと言えるでしょう。」
試合数が増えるとけがのリスクも高くなるのではないでしょうか。近年はスポーツ医学も急速に発展しているので、以前ほどでもないのかもしれませんが。
馬場「けがの可能性も高まりますが、例えば最近の夏は非常に気温が高くなり、今の選手たちはその中で試合やトレーニングをしているので、そうした体調管理もU18のコーチとして、考えておく必要があります。また、今はユース世代にもトレーナーがついていますし、医学自体も進歩しています。そのため、ケアという部分では、私のU18の頃よりも発達していると言えるでしょうね。」
「選手に必要なもの」を伝える
また、今の時代はスポーツ選手とメディアの付き合い方というのも、以前とは異なるかと思います。その点は、U18のコーチとしてどのように感じていますか。
馬場「メディアが原因となっているのかどうかは不明ですが、今の選手の間では、例えば上下関係などは以前とは違い、監督と選手の距離が非常に近いと感じることが多いです。でも、その一方で、選手間や監督との上下関係が厳しいところが今でも存在しているのも事実です。私自身はそれが良いことだとも悪いことだとも思っていないのですが、それでも、人として大事なことは忘れずに伝えていく必要があります。その意味では、U18のコーチとしては、自分たちの世代と違いがあるということを意識しながら、それでも大事なことをきちんと伝えながら、選手と接していく必要があると思っています。
また、今の若い選手はメディアを通じて、いろいろなトレーニング方法や練習方法、スキル等を研究しています。そうしたメディアの中には、スポーツ医学などのスポーツの専門家が情報を公開しているものもあれば、インフルエンサーによって公開されているものもあります。その情報が正しくかつ自分に必要なものかどうか、自分で感じることができるようになることが大事になってきます。
例えば、大分トリニータのU18では、トレーニングの最後の数十分を、各選手が自分に必要と考えた個々のトレーニングをする時間にあてています。そうした時間に、私から選手が行っているトレーニングやプレーの意図を質問することで、その選手に本当に必要なものを、選手に理解できる形で伝えることが、U18のコーチとして私がやるべき役割だとも考えています。」
馬場さんは大学のサッカー部でコーチをされた経験があると伺っております。U18 では年齢的に 大学生よりも若い選手を指導されることになります。大学生を指導するときと、U18 を指導するときでは、指導の仕方は変わってくるのでしょうか。
馬場「大学世代(19歳から22歳まで)と高校世代(16歳から18歳まで)の育成の最大の違いは、自主性の強さだと思います。大学世代の方が、高校世代よりも、より自主性が強くなります。
また、フィジカルの面でも、大学世代とU18世代では大きな差があります。20代前半でフィジカル面でも成長し、体が大きくなる選手が多いので、大学世代の方が体格が良い選手が多いです。そうなると、体の当たりも強くなりますし、プレー自体も大学世代の方がハードになります。
とはいえ、もし可能であるなら、大学世代になるまで待たずに、もっと若いうちにフィジカルを成長させた方が良いと、私は考えています。というのも、先ほどお話ししたように、U18の選手は、トップチームから明日にでも召集されるような立場にいます。そう考えると、U18の選手といえども、トップチームの選手と互角あるいはそれ以上にプレーできるフィジカルをすでに持っていた方が、選手としては有利です。
体の成長には個人差がありますし、その時期を外部からコントロールすることは難しいのかもしれません。でも、U18のコーチとして、選手のフィジカルが変わる時期ということは、意識しておきたいですね。」
将来はJリーグの監督に
U18 のチームのコーチをされるにあたり、以前から馬場さんが手がけているアパレル事業のマネージメント経験が活用できそうな場面はありますか。
馬場「サッカー選手を引退した直後からしばらくはサッカーから離れ、経験のなかったアパレル業界で事業を始めました。お店に行って洋服を見ることは、サッカーをしていた高校生ぐらいのころから、ささやかな自分の楽しみだったんです。でも、自分で実際に事業として始めてみて気が付いたことは、こういうことができるのは、自分の周りにいてくれる人のおかげなんだな、ということでした。だから、今は、コーチとして、自分の力になってくれる人を大事にしないといけないということは、意識して伝えています。
また、自分もそうだったんですが、U18世代って、おしゃれや洋服に関心を持ち始める世代ですよね。そんなこともあってか、選手の方から『コーチ、アパレルもしているんですよね。』などと声をかけてもらうこともあります。選手とのコミニケーションのチャンネルが一つ多いのは、コーチとして良いことなんだろうと思いますね。」
最後の質問です。今回の大分トリニータでのU18のコーチ就任にあたり、馬場さんの目標とはどのようなものになりますか。
馬場「今回の大分トリニータのU18のコーチをすることから始まり、将来的にはプロのサッカーの監督になり、Jリーグのチームを率いてみたいと考えています。監督の理想像としては、私がベルマーレでプレーしていた時の監督で、現京都サンガの監督である曺貴裁監督や、大分トリニータの現監督である片野坂知宏監督をイメージしています。
また、私自身リバプールのファンで、映像で見るユルゲン・クロップ監督の人間性も非常に感銘を受けているので、彼のような監督になれたらよいですね。」
明日にでも「プロ」になる世代、そして一人の大人としてしっかり成長すべき世代がU18の選手であるという馬場氏。
自分の世代との違いを注意しながら、新しい世代を育成しようとしていることがわかるインタビューとなった。
馬場氏がどのような選手をこれから育てるのか、注目される。
(インタビュー・文 對馬由佳理)(写真提供 馬場賢治)