10年振りの全日本大学駅伝出場を目指す名古屋大学 ~国立大学の挑戦~(前編)

三大学生駅伝の一つ、全日本大学駅伝(全日本大学駅伝対校選手権大会)。11月初旬に行われ、熱田神宮から伊勢神宮の106.8kmを8人でつなぐ。全国8地区(北海道・東北・北信越・関東・東海・関西・中四国・九州)で行われる選考会を勝ち抜いた大学と前年8位に入ったシード校で争う「真の大学日本一」を決める大会だ。箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)が人気、知名度とも最も高いが、関東地区以外の大学は出場できない。

地区によっては国立大学が出場枠を勝ち取ることも珍しくない。2021年は東北大(東北)、信州大(北信越)が伊勢路への道を勝ち取った。

東海地区では名古屋大が出場を目指している。出場すれば10年振りとなる国立大学の挑戦を取材した。

近年は大差で敗退が続く~2022年の勝算は?~

名古屋大は過去15回全日本大学駅伝に出場しているが、最後に出場したのは2012年。以降は選考会での敗退が続き、近年は全日本大学駅伝出場校との差が開いている。選考会は10000mを8人が走りその合計タイムを競うが、2021年は2位で出場を決めた岐阜協立大との差が約6分。1人当たり約45秒、この大差をどう埋めるのか。林育生コーチに話を伺った。

林コーチ:2021年も全日本大学駅伝出場を狙っていました。大差の原因はまず主力2名に故障者が出たこと。代わりに出場した2選手が走った1組で4分近い差がつきました。さらに最終組の選手が逆転を狙ってオーバーペースで突っ込み失速、想定より2分以上遅れてゴールしました。これらがなければ良い勝負ができたと思います。もちろん岐阜協立大も万全ではなかったかもしれないし、故障者が出ると大きく戦力ダウンする選手層の薄さは課題です。

2022年も出場枠は2校。選考会合計タイム1位の皇學館大とは差が大きいですが、2位は狙えます。昨年のメンバーは全員残りますし、課題の選手層も1・2年生が充実して改善できそうです。

「狙える」という実感を掴んだのは9月の全日本大学駅伝の東海学連選抜選考レース※です。エースの森川陽之(4年・近大東広島)が前日に日本インカレで5000mを走った影響で途中棄権。それでも上位3名を独占することができました。

一方でライバル校の強さと我々の課題を実感したのが12月に行われた東海学生駅伝でした。3位は取れると思っていましたが、前半で出遅れ4位に終わりました。

※選考会で敗れた大学の選手で編成する東海学連選抜の選手を選考するレース

東海学連選抜レースで上位を独占した3選手。左から河﨑(2年)、勝田(修士1年)、重田(3年)。全日本大学駅伝に東海学連選抜の選手として出場した。

課題の選手層 ~下級生の自覚と先輩の声掛けで改善の兆し~

――2013年以降、全日本大学駅伝に出場できなくなった理由は?

林コーチ:まず我々の選手層が薄くなったことです。5~8番目の選手の記録が落ちました。さらに他校がレベルアップして、一気に差が開いてしまいました。

選手層が薄くなったのは、主力の大学院生※と下級生の差が広がり、下級生が委縮してしまったからだと考えています。1、2年生が「先輩たちは自分とは全然違う」と壁を作って先輩から学ぼうとしない。練習では「ペースを乱すと先輩に申し訳ない」という意識が働いて先頭を引っ張らない。大学院生も積極的に下級生に声を掛けることはしませんでした。強い大学院生がいることが強みだったのに、それが逆に弱みにつながってしまいました。

※陸上競技は大学生の大会に大学院生が出場することが認められている。箱根駅伝は大学院生のみの単独チームで出場が認められている。

名古屋大学は2016年、2018年以降は3分以上の大差で敗れている。

今は長距離パート長(駅伝主将に相当)を務める森川が下級生への声掛けを意識し、うまく回っています。例えば練習で設定ペースより遅れた下級生に「次は最後まで行こう」といった前向きな言葉を掛けています。その結果、下級生が失敗を恐れずに練習できるようになったと思います。

森川選手は5月の東海インカレで5000m優勝、東海学生駅伝のエース区間2区で2年連続区間賞の実績を持つ。東海地区トップクラスの選手からの声掛けは下級生にとっても励みになる。

選手はどう考えているのだろうか。森川選手に聞いた。

――選手層が厚くなったのではなぜですか?

森川:2019年に長い間主力だった大学院生が抜けて、下級生に「選手として走る」という自覚が自然に生まれました。最初は「本気で選手を目指す」部員が8名くらいでしたが、徐々に10名、12名と増えてきました。

全日本大学駅伝に出場するには選考会で走る8人だけでなく10~12人の走力を高め、当日最も速く走れる8人が走る必要があります。そのため12人目の選手の目標タイムに合わせた練習メニューを組んでいます。今は練習の質に注力し、負荷の高い練習を週2回。それ以外は各自で練習しています。

下級生への声掛けは意識しています。できるだけ多くの部員に声を掛けています。

――集合練習が週2回は少ないと感じますが。

森川:集合がなくてもみんな自分で練習するので問題ありません。グラウンドは使えるし、行けば誰かはいます。全員集まれる時間は夕刻なので、気温が下がります。故障防止のために冬は暖かい時間に走って欲しいという意味もあります。

森川選手は4年生だが大学院に進学し、今後も競技を続ける。例年は12月に交替する長距離パート長を6月の選考会までは続けるという。4月からは大学院生がパート長を務めるのは異例だが「今うまくいっている体制を変えない方が良い」と話す。

東海学連選抜の選手として全日本大学駅伝を走る森川選手(2019年)
名古屋大学として全日本大学駅伝に出場することが目標だ。

高い目標を目指した結果の失敗経験 ~この積み重ねを強さにつなげる~

チャンスがあると思っていた選考会での大敗、3位は確実と考えていた東海学生駅伝では4位と悔しい結果が続く。楽観視できない状況だが、この経験を活かそうとしている。

10000m学内3位の記録を持つ村瀬稜治選手(2年・桃山)は故障で選考会を欠場した。20年の冬に故障し、復帰後に無理したため、再度故障。「接骨院で自分では気付かなかった筋肉の張りを指摘され、ケアが不足していることに気付きました」と話す。

河﨑憲祐選手(2年・大津緑洋)は夏の走り込みを経て急成長、東海学連選抜レースで3位に入った選手だ。だが東海学生駅伝では1区(8.5km)で先頭と40秒の大差をつけられてしまう。その経験から「ペースアップとラストスパートの強化を練習でも意識している」という。また「選考会では(主力である)自分が組のトップでゴールしなければ」と自覚も生まれた。一方で林コーチは「9月がピークで徐々に調子が落ちていきました。河﨑に合う調整方法を見つける必要があります」と分析している。

東海学生駅伝の選手7名 左から河﨑選手、森川選手、小川選手が1~3区、村瀬選手(一番右)は7区を走った。

学ぶために大学へ、完全燃焼するために陸上競技を続ける

全日本大学駅伝出場に強い想いを持つ部員たち。大学の志望理由は「学びたいことが学べる学部・学科があったこと」だが、希望の学部・学科がある大学の中から名古屋大を選んだ理由に「陸上競技」を挙げる部員は多い。

「東京五輪マラソン代表の鈴木亜由子さん(JP日本郵政グループ・平成26年卒)の影響」「全日本大学駅伝に出場したことがある」「迷った中で陸上が一番強かった」など理由は様々だが、学びながら陸上を続け、記録を伸ばせると感じたことは共通点だ。

陸上競技を続ける理由にも共通点がある。「不完全燃焼」である。

化学工学を専攻する森川選手は「調子を落として目標のインターハイ出場を達成できなかった」ことが続ける理由だ。「物理・化学の両面から材料にアプローチするマテリアル工学を学びたかった」と話す1年生の小川海里選手(津西)は「東海総体出場が目標だったがコロナ禍で大会がなくなった」悔しさが入部の理由だ。

まず学びたい。不完全燃焼の陸上競技も真剣にやりたい。そんな選手が集まった大学で全日本大学駅伝出場が現実的な目標になった。学びたいことを学べて全日本大学駅伝も目指せる大学が増えれば、高校生の選択肢が増える。名古屋大が全日本大学駅伝を目指せるレベルに成長すれば東海地区のレベルアップにもつながるだろう。

後編に続く

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