“ベースボール”と“フロンティア”、北の大地で異なる道を歩み始めた二つの独立リーグ、その未来は?
広尾晃のBaseball Diversity:07
2020年、北海道にも独立リーグが誕生した。選手の育成、輩出、地域振興の拠点として期待が高まるが、その道のりは平たんではない。
タイトル写真 2022年6月北海道フロンティアリーグ士別と石狩の試合
廃線の向こうにあるスタジアム
2022年6月、筆者は北海道ベースボールリーグ(略称HBL)の公式戦を観戦するために、北海道に赴いた。奈井江・空知ストレーツと富良野ブルーリッジの試合だ。球場は浦臼町ふるさと運動公園野球場。
最寄り駅の函館本線奈井江駅の駅前は閑散としている。公共交通は浦臼町が日に数便運航する巡回バスだけ。これに乗車し、約30分で「浦臼駅」に着く。「駅」と言っても鉄道は通っていない。札幌から浦臼にはJR札沼線が通っていたが2020年5月に一部廃線となり、線路だけが取り残されている。ここから線路沿いに西へ15分ほど歩いて、球場に着いた。
入り口には女性の係員がいたので、取材であることを告げて球場に入る。両翼95m中堅115m、硬式野球の球場としてはやや狭い。施設は老朽化している。
観客は10人程度。こういう環境で、奈井江・空知対富良野の試合が始まった。投手の球速は120km/h程度か。しかし選手は終始笑顔で、楽しそうに野球をやっていた。
リーグ創設者の出合裕太氏は語る。
「北海道ベースボールリーグは、私がはじめた北海道ベースボールアカデミーが母体です。
私は札幌大で野球をして卒業後、JICAに就職し、野球文化のない国で野球の巡回指導を行う使命を帯びて西アフリカのブルキナファソに着任しました。そして子供たちに野球を教えたのですが2年間の任期を終えて、私は現地の子供たちに日本でプロ野球選手になる道を作ることを決意しました。
2013年にその一人のサンフォ・ラシィナ選手を日本に呼び、いろんな研修やトレーニングを受けてもらって、四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグスに入団しました。その成果を受けて北海道ベースボールアカデミーを設立しました」
サンフォ・ラシィナは2015年に高知に入団。8年後の今年も中軸打者として活躍している。
意欲的な事業構想
2016年10月出合氏は北海道、富良野市で、北海道ベースボールアカデミーの設立を発表。2017年から活動を開始したが、2019年、出合氏はこれを発展させて北海道初の独立リーグ、北海道ベースボールリーグの設立を発表した。
レラハンクス富良野BCと美唄ブラックダイヤモンズの2球団からなるこのリーグの運営方針は非常にユニークで
・40人弱の選手を国内外から募集
・全寮制で生活費はリーグが負担
・選手は1日4時間程度地元企業、農家で働く
・地域内のみで使用できる地域通貨を受け取る
というものだった。
過疎化が深刻化する北海道にあって「人材確保」「移住」の可能性をも視野に入れた、意欲的な事業構想だったと言えよう。
コロナ禍もあってリーグの開幕は2020年5月にずれ込んだが、2球団でペナントレースを行い、1年目は美唄が優勝。
2年目の2021年には士別サムライブレイズと石狩レッドフェニックスが参加。富良野は富良野ブルーリッジと改称、美唄ブラックダイヤモンズも併せ4球団でペナントレースレースを開始した。
2年目シーズンは石狩が優勝したが、このオフに美唄、士別、石狩の3球団がHBLの脱退を宣言、新たに北海道フロンティアリーグ(HFL)の設立を発表した。
リーグ分裂の背景にあった「見解の相違」
脱退劇の背景には、独立リーグのビジネスモデルに対する「見解の相違」があった。
出合氏は「人材育成」「地域交流」を重要視し、球団の事業化については「次のステップ」と考えていたようだ。
しかしHFLの3球団の経営者は、いずれも地域の企業経営者であり、独立リーグを地域振興の核にしたいという意向があった。
HFLの代表理事で、美唄ブラックダイヤモンズ代表の荘司光哉氏は
「出合氏が独立リーグを北海道内で作りたいという思いに賛同しました。2人で市役所にも申請に行きました。ただリーグ戦を続けていくうちに、いろんな問題が見えてきた。
たとえばIPBLに入っていないと、JABA(日本野球協会)に所属するアマチュアチームとは試合ができないとか、他の独立リーグとの交流戦もできないとか。
そもそも我々が独立リーグを作ったときにはIPBLと言う存在も知らなかったのですが、いろいろ状況がわかって来るうちに、IPBLに加盟して『独立リーグ』の一員になるべきだと思ったんです。
出合氏もIPBLに入ることには賛成でしたが『体制が整ってから』という感じでした。でも我々は2022年には必ず加盟したいと思っていたので、新たなリーグを作ることにしました。
そしてIPBL副代表で、ルートインBCリーグ代表の村山哲二氏をアドバイザーにお迎えして、体制を整備したんです」
IPBLは、独立リーグ球団の「企業としての側面」を重視している。明確な事業計画のもと、選手、従業員の生活を保障し、地域貢献も行わなければならない。
HFLはこうした部分を、村山氏のアドバイスを受けながら整備していった。
「ただ球団の組織作りはもともとしていたので、方針を大きく変えたことはありませんでした」と荘司氏は語る。
2022年2月28日にはIPBLへの加盟が認可された。
独立リーグ「スタンダード」の試合風景
同じ6月、士別ふどう野球場で、HFLの士別サムライブレイズと石狩レッドフェニックスの試合を見た。士別市郊外にある球場は収容人員は4800人と小ぶりだが、入り口ではスタッフが受付をし、周辺にはグッズやスナック類の売店が並ぶ。いわゆる独立リーグ「スタンダード」の試合風景だった。
この日は士別と美唄ブラックダイヤモンズとの試合も予定されていたが、各チームの応援団の姿も見えた。
士別の監督は、近鉄の強打者として鳴らしたラルフ・ブライアント、石狩は阪神、日本ハム、オリックスで活躍した坪井智哉だ。観客数は200人ほど。
投手の球速は130km/hそこそこ。打撃や守備も他の独立リーグから見ればやや見劣りするが、1年目のリーグとしては上々のスタートではなかったか。
一方、北海道ベースボールリーグ(HBL)は2022年シーズンから砂川リバーズと奈井江・空知ストレーツの3球団でリーグ戦を戦っている。冒頭に紹介したように観客数は数十人程度である。今年8月にはロッテ、阪神、DeNAで活躍した久保康友が短期的に富良野に入団した。
ビジネスモデルの相違
出合氏が創設したHBLは、端的に言えば「北海道の地に“野球の種まき”をしたい」という目標で作られた。将来の目標もあるが、まずは北の大地で思い切り野球をする仲間を作る。さらに、地元で働くことで地域交流を進める。「青年海外協力隊」が海外で行ってきた事業を北海道で展開していくと言うニュアンスも感じた。過疎が進行し、若者がいなくなっている北海道ではこうした「人材育成」「定住化促進」につながる取り組みは重要ではあろう。
一方HFLを創設した経営者は、3人とも地域の事業家であり、それぞれ企業を率いていた。当然、独立リーグには地域振興など経済的な期待感もあった。野球による「町おこし」というべきか。代表の荘司氏は
「NPBに人材を輩出するのは、今のところ現実的な目標とは言えないが、独立リーグとして地域の話題を集め、試合やいろんなイベントを通じて、街を活性化することを考えている」
と語った。
IPBLに加盟して、全国の独立リーグやアマ球界、NPBとの連携を模索するのも、そうした流れによるものだ。
出合氏も荘司氏もHBLとHFLは「喧嘩別れしたのではない」と言った。時期が来れば合流してもよいし、同じ北海道で野球をする仲間として、共に歩んでいきたいと語る。
北の大地で「野球と生きていく」
北海道と言う土地は、広大で、移動距離は非常に長い。その状況は、本州以南とは大いに異なっている。
北海道日本ハムファイターズも近年、観客動員で苦しんでいる。新球場の開場を2023年に控えているが、新庄剛志BIGBOSS監督の人気をもってしても北海道民の気持ちを動かすのは難しそうだ。
昭和の時代、炭鉱ブームに沸いた北海道には、夏季にプロ野球の二軍戦が各地で行われた。国鉄スワローズは読売ジャイアンツを帯同して通常編成の車両の後ろに両軍選手が乗る車両を連結して、各地を巡業して回った。連日大入りだった。若き日のジャイアント馬場こと馬場正平は「巨人軍の巨人」として人気を博した。若手選手にとっては「夏の北海道遠征」は、大きな楽しみだった。
そういう形でかつての北海道は、他の地域とは異なる「野球の楽しみ方」を知っていたのだ。
大事なことはどういうレベルであれ、どういう運営形態であれ「続ける」ことだろう。その中で新たな展開が見えてくるのではないか。
北海道新聞によれば、9月30日HFLの士別サムライブレイズとHBLの富良野ブルーリッジの交流戦が旭川スタルヒン球場で行われた。
「頑張る上川の2チームを応援し、地域愛を深めてほしい」と、上川総合振興局が主催した取り組みだ。
北海道の地で「野球と生きていく」と腹をくくった仲間同士、運営方針の違いを乗り越えて一緒に歩んでほしいと思う。