仙台商業高校軟式野球部の2投手が完全試合&ノーヒットノーラン達成 快挙を機に増えた応援「裏切らないように」
今春、仙台商業高校軟式野球部が立て続けに快挙を成し遂げた。春季東北地区高校軟式野球宮城県大会で、右腕・佐々木大輔投手(3年)がノーヒットノーラン、左腕・楠本憲新投手(3年)が完全試合を達成したのだ。楠本は東北大会準決勝でも6回参考ながらノーヒットノーランを達成。東北大会は決勝で能代(秋田)に敗れ、準優勝にとどまったものの、二枚看板を中心に夏につながる戦いを繰り広げた。
昨秋県大会初戦敗退のチームを立て直した主将の「工夫」
6月17日、鹿島台中央野球場(宮城県大崎市)で東北大会の決勝が行われた。仙台商打線は能代の先発右腕・大髙光雲投手(3年)の前に2安打無得点と沈黙。一方、守りの面では4失策を記録するなどミスが目立ち、0-5で敗れた。
試合後、主将を務める佐々木は「優勝できる力はあったはずなんですけど、最後に自分たちの甘さが出てしまった」と肩を落としつつ、「3試合通して良いところは十分出し切れて、課題も見つかったので、成長につながる大会でした」と前向きな言葉も口にした。初戦の五所川原一(青森)戦は6-1、準決勝の羽黒(山形)戦は10-0と快勝。県大会の勢いそのままに、チームの強みを発揮した。
仙台商は17度の全国高校軟式野球選手権大会出場を誇る強豪校。しかし、新チームが発足してすぐに臨んだ昨秋は県大会で初戦敗退を喫した。東北学院相手に4安打無得点、11残塁。佐々木は「普段は低い打球を打つことを意識して、ゴロやライナー性の安打で走者をためて点を稼ぐ野球をしているんですけど、秋はフライが多く、残塁も増えてしまった」と振り返る。
技術面の課題は明白だったため、冬の練習には計画的に取り組むことができた。その一方、佐々木は主将という役目の難しさを感じていた。
「自分がだらしない部分もあってチームをまとめられず、先生(西山康徳監督)からはたくさん怒られる冬になりました。それでも自分でいろいろと工夫して、長い冬を乗り越えました」と佐々木。「工夫」の一つが声がけだ。自チームを「練習のモチベーションが高い日と低い日で差があるチーム」と分析。モチベーションを高く保つため、全体の雰囲気が盛り上がるような言葉を意識的にかけ続けた。
また自身は投手のほか、内野手や外野手も兼任する。チーム状況に応じてどの役割も果たせるよう、走攻守を磨いてきた。結果的に今春は県大会初戦の仙台育英戦でノーヒットノーランを達成するなど躍動。技術面でも精神面でもチームを支えた。
開会式後の取材で痛感「硬式と軟式でこんなに差が…」
佐々木は小学1年生の頃に野球を始めた。軟式野球部に所属していた中学3年の夏、硬式野球の宮城県大会で仙台商が仙台育英に勝利した試合を観て「小さい頃から甲子園を夢見ていた。ここに入れば甲子園に行けるかもしれない」と希望を抱き、仙台商に進学。一度は硬式野球部に入部した。
硬式野球部にはシニア出身者も多く、入部直後から周囲とのレベルの差を痛感した。「自分が活躍できるビジョンが見えない」。入部からわずか約1か月後、硬式野球を諦める決断を下し、軟式野球部に転部した。
「正直、今でも頭の片隅には『硬式野球を続けていれば』という思いがあります。でも、このチームでキャプテンをやれているのも、ここまで勝ち進むことができたのも、軟式野球を選んだから。選んで良かったと思っています」
今春の東北大会は硬式野球、軟式野球ともに宮城県開催。開会式では佐々木と仙台育英硬式野球部主将の湯浅桜翼内野手(3年)が同時に選手宣誓を行った。開会式後、湯浅に報道陣の取材が殺到。佐々木は「湯浅くんばかり取材を受けていて、硬式と軟式でこんなに差があるのか…」と唇を噛んだ。
それでも、肌で感じた悔しさを「(硬式野球の選手は)小さい頃から高いレベルで努力している。自分ももう少し努力すればよかったけど、過去のことは取り返せない。やっている野球は同じなので、今は自分のやれることを頑張ろう」と自らを奮い立たせるエネルギーに変えた。
硬式野球ほどの注目を得られなくとも、努力を続けていれば伝わることがある。今春の県大会で快挙を成し遂げた際は、SNSの投稿で仙台商について言及してくれる人たちがいた。「少しずつですけど、応援されていると感じている。その応援を裏切らないように、しっかり練習したいと思います」。最後の夏、悔いなく“高校野球”をやり切る。
中学1年から野球を始めた伸び盛りの“完全試合左腕”
東北大会決勝では6回途中2失点で降板した楠本は試合後、「調子自体は悪くなかったけど、まっすぐを捉えられた」と冷静に登板を振り返った。
昨秋の県大会では、初戦の東北学院戦に先発し完投するも、4失点を喫し負け投手に。今春は西山監督から「リベンジしろよ」と背中を押されて再び東北学院戦のマウンドに上がり、完全試合という最高の投球をやってのけた。
「自分でも試合が終わってびっくりしたし、自信にもなりました」。昨秋は直球を打たれるケースが目立ったため、オフ期間は下半身強化や走り込みに取り組んで直球の球速と球威を向上させた。決め球のツーシームも精度が上がり、チームを勝利に導ける投手へと成長を遂げた。
楠本は小学生の頃は特にスポーツをしておらず、中学1年生の頃に先輩に誘われて軟式野球部に入部した。「強いチームで野球をやりたい」と考え、高校は仙台商に進学。仙台商は学校の敷地内に硬式野球部とは別の練習場所が確保されており、楠本は「グラウンドの環境は東北で一番だと思う」と胸を張る。思い描いていた通りの練習環境で野球に打ち込むことができている。
佐々木と楠本は同じ目標に向かって切磋琢磨するチームメイトだが、現在地に至るまでの過程は大きく異なる。そのほかの仙台商ナインにも、軟式野球を選んだ理由がそれぞれにあるはずだ。ただどんな理由であれ、彼らがひたむきに白球を追う球児であることに変わりはない。この夏、軟式の高校球児が描くドラマにも注目してほしい。
(取材・文・写真 川浪康太郎)