• HOME
  • コラム
  • サッカー
  • 過酷かつ複雑…「型にはまらない」オシム流トレーニングの真相~オシムチルドレン座談会(中編)

過酷かつ複雑…「型にはまらない」オシム流トレーニングの真相~オシムチルドレン座談会(中編)

 イビチャ・オシム氏の薫陶を受けた「オシムチルドレン」の一員である佐藤勇人さん、羽生直剛さん、山岸智さん、水野晃樹さん、ジェフユナイテッド市原・千葉時代にオシム氏の通訳を務めた間瀬秀一さんの5人による座談会。オシム氏は「考えて走るサッカー」をテーマに掲げ、異例とも言えるほどの過酷なトレーニングや、多色のビブスを使った練習などプレーに複雑な制限を与えるメニューを選手たちに課してきた。選手たちは「オシム流」の練習にどんな思いで取り組んでいたのか。当時の思い出とともに語ってもらった。

前編はこちら

サポーターやスタッフを巻き込んだ考えるトレーニング

――オシム流の練習を、選手は率直にどう思っていたんですか?

羽生:「なんだこれ」って思っていましたよ(笑)。めちゃめちゃ複雑なので。最初は全然うまくいっていなかったし、パスもつながっていなかった。でも今思うのは、オシムさんはコーチングというより、選手たちが勝手にうまくなっていく状況を作っていたんじゃないかなと。「こうやれ」という練習ではなくて、選手が自発的に動いて考えないと成り立たない状況を作っていたと思う。

水野:俺は比較対象が一切なかったので、1年目がオシムさんで本当に幸せだったなと思う。難しいことを考えながら練習するとか、オフ明けに100メートル走、200メートル走、300メートル走を8本ずつやるとか、プロだったらこれがスタンダードなのかなと感じていました。でも、俺らができなくてコーチ陣とか秀くんとかが走らされているのを見て、危機感を感じることはありました。

羽生:あれちなみに、間瀬さんからすると走らされてないから。自らだよ。

水野:そうなの?本当に?知らなかった。

間瀬:そうだよ。俺、走れなんて言われたこと1回もない。逆に自分が伝えてもできなくて、みんなが走らされているのを見ると申し訳なくて、自ら「俺もいきます」って。

「考えて走るサッカー」を体現し続けた羽生

羽生:俺らからしたら、「間瀬さん走らせちゃったら誰もしゃべれんやん。オシムさん何やってんの?」って思ってたけど、オシムさんも「マジか」ってなってたんじゃない?

佐藤:誰よりもダッシュだったもんね(笑)。自分は秀さんが選手だけじゃなくていろんな人を成長させようとしていたというのを言っていましたけど、その通りだなと思います。選手だけじゃなくて、スタッフや、ピッチ外で見ているサポーターの人たちにとっても、トレーニングの時間がみんなで考える時間になっていたというか。生きている実感じゃないですけど、そういう空気感はありましたね。サポーターやメディアの人も、「この時間にどういう意味があるんだろう」というのをみんなで共有している感じがしました。ただトレーニングを見てほしかったのではなくて、もっと大きなメッセージがあったんじゃないかなと思います。

山岸:3対2とか3対3とか、最初はルールがある中で、例えば攻撃側がなかなか突破できない状況になった時に、周りで見ている選手がいるじゃないですか。オシムさんはそういう時に練習を止めて、次の順番を待っている選手に「なんでここで助けにいかないんだ」と言う。「ルールはあるけど、試合だったら状況に応じて自分たちで判断してサポートしないのか」と。そういうことを言う監督には会ったことがなかったので、すごく強烈に覚えていますね。試合になった時には自然と染みついていて、どこで数的有利にいかなければいけないかとかを考えられるんです。常にどんなトレーニングでも、試合より頭を使っている感じでした。

水野:その練習内容で言うと、型にはめる人ではないから、例えば自分が1対1をやっていたら、オシムさんは「晃樹の周りに近づくな。晃樹は1対1が得意だから相手を引き寄せて、2対2になってもあいつのドリブルするスペースがなくなるから近寄るな」と言っていた。選手の特徴を最大限生かすというのがオシムサッカーの醍醐味。選手の特徴を生かしてプレーするというのが、やっている方も見ていた人たちも楽しかったと思います。

「水曜日の練習試合」、オシム監督の意図とは?

――間瀬さんは、オシムさんと選手のつなぎ役として気をつけていたことはありますか?

間瀬:最初は通訳業が初めてだったのでオシムさんが言った言葉を訳してみんなに伝えていたんだけど、それでは意図が伝わらなくて、伝わらないともちろん怒られるし選手も走らされる。伝わって初めて成功なので、意図を伝えるためだったらオシムさんが1言ったことに対して5説明することも大事だし、オシムさんが5言っても日本人の感覚として2、3言えば伝わると思えばそうした。意外とオシムさんから訳し方をどうしろというのは言われたことがなくて、暗黙の了解みたいな感じだった。でも今思ったんだけど、何も言われないのは成功なんだよ。何も言われずに通訳が訳して、みんなが動く。俺は週中の水曜日の練習試合が印象に残っていて、あの練習試合は時々オシムさんとゴール裏で二人で見ていたんだけど、オシムさんは見ているだけで選手に何も言わなかったんだよね。

羽生:それって何か考えがあったんですか?僕らも「ややこしい練習するならゲームの方がいいわ」とか思っていたんですけど、1回はシンプルにサッカーやらせようとか、そういうのもあったんですか?

間瀬:いかに練習でやったことを、選手が自分たちで考えてやるかというのを見ていたね。

水野:俺は水曜日の練習試合は、2タッチとか10人とか60分一本とか、そういう制限をつけられていたイメージが強い。試合というよりトレーニングの延長線上という捉え方をしていたと思う。

現在もJ3でプレーしている水野

間瀬:それは二つ理由があったと思う。一つは水曜日の対戦相手が弱すぎた。毎回自分たちの意図的なプレーをしてくれるわけではないから、ルールを設定することもあった。もう一つ考えられるのは、それでもあの人は全体像から逆算して細かいことを考えているから、おそらく週末のJリーグの試合を想定して水曜日にこういうことをやった方がいいという考えでやっていたんだと思う。

佐藤:てことは、週末の試合を分析して、「この相手だからこの戦い方をしよう」ということをやっていたんですか?

間瀬:そうなんだよ。俺もオシムさんに聞いたんだよ。自分が指導者のS級ライセンスを取っている年の海外研修でオシムさんに会う機会があって、初めて聞いたんだよ。1週間の流れとして、初日は走力を鍛えて、2日目に練習試合をして、3日目から対戦相手のこと考えたトレーニングをやってましたよねって。そしたら「違うよ」と言われた。「初日から対戦相手のことを考えてやっていたよ」って言われたんだよ。俺めっちゃびっくりして。あの人、相手に合わせるとか相手のことを考えるより、自分たちのトレーニングの構築をやっていたのかと思ったら、初日から相手のこと考えていたって。

羽生:でもそんなことしてそうじゃん。そのくらいしているでしょ、あれくらいの人だったら。

佐藤:いやだけどさ、俺たちがやるべきことをしっかりやれば相手なんて関係ないだろみたいな考え方だったじゃん。

羽生:それはオシムさんの中で選手が全力を出してくれればこうなるっていうのはあるから、組み立てたのはあの人で、お前らはお前らで集中しろっていうことなんじゃないかな。他の監督だと火曜日にこれをやって、水曜日にこれをやって、とか決まっていたけど、もはやその次元じゃないってことだよね。

 オシム氏の哲学が、選手たちの心に残り続けているのはなぜか。そしてそれは、どう後世へ受け継がれるのか。後編へ続く。

(取材・文 川浪康太郎/写真提供 ジェフユナイテッド市原・千葉)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

関連記事