新たな形の社会人サッカー大会——『関東社会人クライツクカップ』とは?<後編>
2023年1月~4月にかけて行われた社会人サッカー大会『関東社会人クライツクカップ』(以後、『クライツクカップ』)は、誕生してからまだ2回目の大会にもかかわらず、出場チーム公募枠に37チームの申し込みがあるほど、多くのチームが出場を望む大会となっている。
今回、『クライツクカップ』を運営する株式会社クライツクの代表取締役を務め、都・県「リーグ無所属」の社会人サッカーチームとして唯一無二で我が道を行くillmassive(イルマッシブ)の創設者兼代表、東京都1部で連勝街道を突き進む本田圭佑氏が立ち上げた社会人サッカーチーム・EDO ALL UNITED(エドオールユナイテッド)のCOO、そして千代田区サッカー協会の常任理事も務める大坪隆史(おおつぼたかし)氏に話を聞くことができた。前編では大会の概要や趣旨、レギュレーションについて触れたが、後編では設立経緯や具体的な成果、課題に加えて、社会人サッカーの現状と今後について語った大坪氏の言葉を紹介する。
日本でも前例のない社会人サッカーチームから始まった『クライツクカップ』構想
『クライツクカップ』の原点は、運営者である大坪氏のルーツにある。静岡県御殿場市の出身の大坪氏は、サッカーが文化ともいえる静岡の地で育ったこともあり、小学校・中学校・高校とサッカーとともに育った。大学進学とともに上京した大坪氏は、同じく上京した高校時代のメンバーと集まりサッカーチームをつくり、ただサッカーを楽しみたいということが前提としてありながらも、一定の競技レベルを求めてインターネットで対戦相手を探すようになる。今から15年ほど前のことだ。
当時を、大坪氏は次のように振り返る。
「練習試合相手を掲示板などで探してやり取りを始めると、『どこのリーグに所属しているんですか?』とほぼ毎回、聞かれるんです。『リーグ無所属です』と答えると、高確率で対戦を断られるんですね。その当時は社会人サッカーの世界にそこまで精通しておらず、見識も狭かったので、今思えば『チームの強さや組織の信頼度をはかる一基準として所属は聞かれるよな』とは思うんですが、同時に、所属の肩書きってそんなに重要なのかな、と、ふと疑問に感じたんです。所属の肩書きがないと社会人サッカーチームとして認めてもらえない。それがこの世界の“常識”で、自分たちは“非常識”なんだと思うようになりました」
断られるどころか返信がないことも、しばしば。「リーグに所属しなければ社会人サッカーチームとして認められないのか」。その違和感は日々大きくなり、やがて反骨心に変わっていく。
変わらない現状に嫌気がさした大坪氏は「非常識を常識に変えてやろう、リーグ無所属のまま魅力ある社会人サッカーチームをつくろう」と決心し、行動に移す。「リーグ無所属社会人サッカーチームの価値向上」という理念を掲げ、「今思えば、道場破りみたいな形でした(笑)」と大坪氏が言うように、各地の強豪チームにチームの理念も添えて長文のメッセージとともに、試合を申し込み続けた。その行動と熱意が長い時間をかけて認知につながり練習試合でも成果を残していくと、徐々に社会人サッカーの視界に「リーグ無所属社会人サッカーチーム」の姿が映り込んでいく。
今では都・県1部カテゴリーの社会人サッカーチームとも互角に渡り合える実力を備え、関東リーグ1部に所属している南葛SCや東京ユナイテッドFCの練習試合相手を務められるほどのレベルに成長。また金銭面の負担0(ゼロ)、衣類系は完全支給、遠方地での活動はなしと、選手を取り巻く環境面も将来のJリーグ入りを目指さない社会人サッカーチームとしては屈指のクオリティになった。
そのチームが、今から16年前に誕生した、日本で唯一、都・県「リーグ無所属」にこだわり続け、今なお独自のスタンスを貫き続ける社会人サッカーチーム——illmassive(イルマッシブ)である。
「いろんな人から『“リーグ無所属”で社会人サッカーチームを成り立たせるなんて、無理に決まっている』『馬鹿げている。社会人サッカーを甘く見すぎ』と言われ続けました。けど、毎日、10年以上『リーグ無所属社会人サッカーチームの価値向上』のための言動・行動を続けていたら、少しずつ見方が変わってきたんですよね」
エンジョイ志向の兄弟チーム、illmassive next(イルマッシブ ネクスト)も存在。illmassive、illmassive nextともに、毎年の退団者も極めて少ないそうだ。もう1つの理念「多様性を認め合い、社会人サッカーの新たなスタンダードをつくる」、そして存在意義「サッカーをやめる人を減らす新しい選択肢になる」を体現しているといえるだろう。
クライツクカップ設立経緯と成果
そのillmassiveも参加した『クライツクカップ』は、参加資格に都道府県リーグ所属の有無は含まれない。社会人サッカーチームの活動目的はさまざまであるし、プロではなくとも競技レベルでサッカーを楽しみたい選手は存在する。そのようなチームや選手の受け皿となる大会といえるのだ。
『クライツクカップ』設立のきっかけとなったのは、コロナ禍だった。全国各地でスポーツ興行が中止になり、当然、アマチュアスポーツも試合をすることは許されなかった。illmassiveも例外ではなく、公式戦の中止や延期の影響を受け、貴重な活動の場を失っていく。
「仕方ないと思っていましたが、『選手一人ひとりの社会人サッカー人生を預かる』ことを自分との約束にしている代表の身としては、とにかく、毎日がつらかったです。毎週末、選手たちの笑顔を見るのが楽しみで活力ももらっていたんですが、公式戦が減少したことでプレーのモチベーションが落ちているんじゃないかな、とか……毎週、悩んでいましたね」(大坪氏)
それでも大坪氏は、持ち前の逆境を乗り越える力を発揮して、神奈川県社会人リーグ所属の品川CCセカンド、鎌倉インターナショナルFC、デスペルーホ藤沢、ここにillmassiveを加えた4チームで独自リーグを開催。これが『クライツクカップ』の前身となった。大坪氏は「コロナ禍で公式戦に出場できなくなったことが『クライツクカップ』の原点になりました」と、当時の状況を前向きに捉えている。
そして2022年、記念すべき第1回『クライツクカップ』を開催。大きな問題もなく大会を終え、成功をおさめる。illmassiveと同様に活動が制限されていた参加チームからも好評を得た。その手応えから、翌年すぐに第2回大会を開催する決断に至ったのである。
「第1回、第2回と参加チームの皆さんからご好評いただきましたが、まだまだ改善したい部分は多々あります。SNS運用、サイト構築など、大会運営に対するリソースが圧倒的に足りていないので、来年はスタッフを公募したいくらいですね(笑)」(大坪氏)
大坪氏が考える現在の社会人サッカーとは?
近年、関東を中心に将来のJリーグ入りを目指す社会人サッカーチームが増え、競技面の強化だけでなく事業面や地域貢献活動に取り組むなど、以前より注目を浴びているように感じられる。『クライツクカップ』を運営し、illmassiveを通じて関東の社会人サッカーを15年以上見続けてきた大坪氏は、現在の社会人サッカーをどのように考えているのだろうか?
「確かに、私が社会人サッカーに初めて触れた16年前と比べれば、明らかに注目度はアップしていますし、明らかに競技レベルも上がっています。ただ、現場を見ていくと、都リーグ・市区リーグのチームは減少している。少子高齢化の未来も見据えると社会人サッカープレイヤーの数がどうスケールするか、これまで以上に知恵を出さないといけないと強く思っていますね。例えば、神奈川県社会人サッカーリーグの所属チーム数は、直近5年くらいを見たら、微増なんです。なぜ、増えているのか? あくまでも一例ですが、その答えは追求したいと思っています」(大坪氏)
社会人サッカーの現状を歓迎しつつも未来には警鐘を鳴らす、大坪氏。また、SNSなどを駆使して露出は増えていても、そこに注目している人々は限定的だとも話す。大坪氏はそのような注目のされかたについては全く否定しないし、社会人サッカーが盛り上がるならどんどんやるべきだと考えている。サッカーチームをハブにして地域を盛り上げることには賛成だ。ただそれ以上に、純粋にサッカーを楽しみたい選手がプレーできる環境を減らさないこと、良くしていくことが、本質的に取り組むべきことだと唱えているのだ。そのためにも『クライツクカップ』は、今後も規模を拡大していく構えだ。
(取材・文・写真:阿部 賢 写真提供:クライツクカップ)