二度目の日本一目指す岡山学芸館サッカー部 主将の親だからこそ知る強さの秘密
4年連続で全国高校サッカー選手権大会に出場を決めた岡山学芸館高校。創部19年目の2016年に初出場した全国高校サッカー選手権初出場を皮切りに年々成長し、2022年度には全国制覇まで成し遂げ、全国常連に名を連ねる強豪校となった。
岡山学芸館高校サッカー部のグランドまで車で約3時間程度かかる広島県因島市に住む岡野雄洋さんと正恵さんは、今年主将を務める岡野錠司選手の両親だ。中学からサッカーのために「週末親子」になった岡野家。岡山学芸館を選んだ決め手は「文武両道」と「指導力」だった。
中学から家を離れた岡野主将 進学の決め手は「文武両道」
岡野錠司主将の両親は毎週末試合や練習見学に因島から駆けつける。父・雄洋さんは、現在保護者会の会長。母・正恵さんは試合や練習を細かにビデオで撮影を行い、選手や保護者に提供し続けている。
岡野選手は、小学校時代には雄洋さんの指導を受け、サンフレッチェ広島F.C.ジュニアユースに進んだ。
「サンフレッチェは基本通えないとダメ。錠司は中1で因島を出て、私の実家からジュニアユースに通っていました」と正恵さん。「週末親子」の始まりだった。週末は応援に行き、正恵さんは写真や動画を撮ることを始めた。
ジュニアユースでは、最後の年にボランチでレギュラーだった。だが、この年ジュニアユースからユースに進んだのは17人中6人。ポジションの兼ね合いもあり、その中には入れなかった。
岡山学芸館から誘いを受けていた岡野選手は、従兄弟が通っていたこともあり、迷わず入学を決めた。その決め手は「文武両道」だったという。
同校サッカー部からは、国立大や難関私立大へ進む部員が多い。昨年度は実際にサッカー部から難関国立大学である名古屋大学をはじめ国立大学に6名、難関私立大学に複数名の合格者が出ている。サッカーに打ち込みながら受験と両立できる環境があり、頑張る先輩たちの姿を見て次の部員たちも続くのだ。
挫折者の出ない理由と「指導力」
「学芸館は指導者が充実していますよ。本当に信頼しきっています」
岡野夫妻は口を揃える。
高原良明監督が当時コーチとして就任したときには、練習場所は空き地で、部員も20名ほど。挨拶から意識作りをし、練習を工夫、試合を組み続け、岡山学芸館は少しずつ強くなっていった。
2012年にインターハイ初出場。2016年に全国高校サッカー選手権大会初出場。2022年には全国制覇まで駆け上がった。
現在の部員は150名以上。基本的に希望者は全て受け入れる。1学年に60名ほどもいると、当然部員の間には実力差がある。
「学芸館がすごいのは、挫折する子が出ないんです」
雄洋さんは強調する。諦めずに3年間頑張れる環境があるという。
部内ではAチームを筆頭に3つのカテゴリに分けられており、それぞれに指導者が付き、試合をする。
「入れ替えが激しいので、多くの選手にチャンスがあるんです。高原監督はAチームだけでなく、ほかの選手もよく見てくれている。頑張ればチャンスがあるんだと選手も感じています」
各カテゴリの指導者たちも、選手それぞれに愛情を注いでくれる。近年では、高原監督の恩師で東海大福岡高校を45年間率い、全国の強豪に育てた平清孝ゼネラルアドバイザーというサッカー+メンタル面でのアドバイザー、長瀬トレーナーというフィジカル面をサポートしてくれる指導者もいて、心技体すべてが成長できるシステム作りをしているのだ。
「親への十訓」と保護者の撮るビデオが繋ぐもの
高校生の部活動は、ともすれば保護者との関係が希薄になりがちだ。逆に親が関わり過ぎても指導の妨げになりかねない。
岡山学芸館高校サッカー部保護者会には、「親への十訓」と呼ばれるものがある。指導者から保護者への十か条の「お願い」だ。
こうして形にすることで、保護者の関わり方ははっきりする。
「グラウンドに来て、と言ってくれるのは心強いですね。実際見ていると選手を覚えるし、学年を超えてチームになっている姿を見ると、親も仲間になれたらと思います」
小学校の頃から試合に出向き、写真やビデオを撮ってきた正恵さん。最初はゴールシーンから。だがいいシーンでなくとも、指導者にも選手にも、俯瞰的に振り返る材料として動画は有効だった。
高校では部でビデオを撮っているが、選手の求めもあり、保護者会のLINEとは別に、全カテゴリ分の動画を選手と保護者に送るためのLINEグループを作った。
編集も選択もせず送り、「見たい人が見たいところを見る」スタンスだ。
岡山学芸館のグラウンドには、サッカーコートは1つしかない。だがサブグラウンドも使い、すべてのカテゴリで上手く試合を組んで延々とゲームが続く。練習を含めると一日で数多くの選手を撮れる。
「ボールが出るといったん止めて。そんな動画が1日に800件くらいになることもあります」
ほぼ全部の週末をサッカー部撮影に費やしてきた正恵さんだが、今夏のインターハイで負けたときには、「選手権までにできることは何でもやろう。遠征も全部行こう」と腹を括った。
夏には試合も遠征も多数あり、一番力をつける時期。一人ひとりの成長を保護者たちにも見せたい。
「グラウンドに来て」と言われても、来られない保護者は多い。試合に出られない部員の保護者は、同じ熱量では応援しにくいだろう。だが、試合以外で部員たちがどんな努力をして、どれだけ成長しているか、ビデオを通して見えてくる姿がある。
「たとえば、土曜の公式戦だけ見に行ったら、ベンチにいる息子と、荷物をまとめて帰る姿だけしか見られないこともある。でも翌日、公式戦に出た子は筋トレなんです。土曜に出ていない子たちが日曜の試合の中心になる。やっぱり皆さんどうしても公式戦に来られるので、それ以外も見てもらいたいと思って撮っています」
今の正恵さんは、試合も練習も、たとえば体操やランニング、「礼」の一つも、保護者に見てもらいたいとできるだけすべてを撮り続ける。
次第に練習を一緒に見に来てくれる保護者も出てきた。
負担の大きい遠征を何度も楽しむ
岡野さん夫妻は、遠征にも車で駆け付け、遠くは関東までも走っていく。できる限り高速道路や有料道路を使わず節約する徹底ぶりだ。
「日本地図の概念が変わってしまいました(笑) 息子にお金がかかるので、自分たちは遠征で外食もしないし、ペットボトルも買わないんですよ」と正恵さんは笑う。車中泊の準備すらしているという。
部員たちには、学費と部費のほか、遠征のたびに遠征費がかかる。夏休みなど多いときには月の半分ほど遠征に出かけることもあり、保護者の負担は大きい。だがそのおかげで各地の強豪校と試合をすることができている。
「でも、先生たちはバス移動の行き帰りを全部自分たちで運転しているんです。せめて運転手を雇ったら、と提案したことがあるんですが、『もうすでに遠征費で負担をかけているので、これ以上負担を大きくしたくない』と。本当に頭が下がります」
全国大会に出る際の負担も、試合に出る出ないに関係なく大きいものだ。
「だからその遠征の1試合を1回きりで終わらせたらもったいないじゃないですか。ビデオに撮れば、後から何回も見て使うことができる。今はどんどん活用して欲しい。いずれはそんな風に頑張ってきたんだということが、各選手や保護者の財産になると思っています」
保護者、部員、指導者たち、スタッフ、OB、その他岡山学芸館サッカー部に関わる方、すべてが「ファミリー」
岡山学芸館サッカー部の大きな魅力は、「指導の充実」「文武両道」にあるが、指導の中に「先生以外の関係者の総合力」があると岡野夫妻は言う。サッカー部以外の先生方、OBでSNSも担当してくれている指導者、応援グッズを作ってくれている担当者、寮で見守る「昭和のお父さん」のような舎監…そうした人たちとの関わりのおかげで、部員たちは3年間充実した高校生活を送っていけるのだ。
「学芸館は近隣の人の応援団があるんですよ。ファンになって、応援に来てくれたり見守ってくれたりしています」
それも、部員たちの挨拶から始まる日常生活の成果だろうと雄洋さんは言う。
「全部で学芸館ファミリーなんです」
高校最後の選手権に向けて、岡野錠司主将は、支えてくれたすべての人たちに恩返しをしたい、とコメントした。2年前の日本一で見た素晴らしい光景を、今度は自分たちが見せたい、と。
勝ち残る分だけ、ビデオは増えていく。勝利の瞬間を、正恵さんのカメラも待ち望んでいる。
(取材・文/井上尚子)