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身体障がい者野球大会「小笠原ミニ大杯」芸と真剣勝負のコラボレーションは節目の5回目を終える

3月、都内で身体障がい者野球大会「小笠原ミニ大杯」が行われた。
節目となる5回目は千葉・東京のチームが集まり、今回も多様性と活気が溢れる場がつくられていった。

(写真 / 文:白石怜平)

約5年もの間継続を重ね、節目の大会に

「小笠原ミニ大杯」は2020年から開催されている身体障がい者野球大会。千葉県市川市に置く「千葉ドリームスター」(以下、ドリームスター)が主催している。

ドリームスターは同県出身の元プロ野球選手・小笠原道大さんが創設したチーム。

小笠原さんが巨人の主力選手としてプレーしていた08年オフ、日本初の身体障がい者野球チーム「神戸コスモス」を訪問する機会があった。

このことをきっかけに出身地の千葉県にあるか調べたところ、当時まだなかったことから、前年から開始した少年野球大会と並行して社会貢献活動の一環で09年に発足。

地道に選手集めを行い11年から本格始動し、現在は毎年全国大会に出場するチームにまで成長した。

ドリームスターは小笠原さん(写真中央)が想いを込めて創設した(昨年5月撮影)

チーム名のドリームスターは、「夢を持って野球を楽しもう」という想いを込めて小笠原さん自身で命名。創設時からゼネラルマネージャー(GM)という肩書きでチームを見守ってきた。

昨年にはほっともっとフィールド神戸で行われた全国大会で来賓として駆けつけ、同時に試合を控える選手たちを直接激励した。

そしてチームに欠かせない一人がGM”補佐”である「小笠原ミニ大」さん(以下、ミニ大さん)。

浅井企画所属のモノマネ小道具芸人で、小笠原さんのモノマネを芸の一つに持つ。全国放送の野球番組やバラエティー番組でも披露し、その極められた芸は野球好きの芸能人やファンを惹きつけてきた。

小笠原道大さんのフォームで打席に立つミニ大さん

大会が立ち上がったのは20年。新型コロナウイルス禍により予定されていた全国大会や地区大会が全て中止になった。

そんな中、身体障がい者野球を盛り上げたいとアクションを起こし、同年11月に「小笠原ミニ大杯」と題して第1回が開催された。以降ほぼ毎年恒例行事として続いている。(23年は「世界身体障害者野球大会」開催のためなし)

今回もグラウンドに姿を見せた”主役”は当時から今までを振り返り、変化を感じ取っていた。

「若い選手が増えたなという印象です。身体障がい者野球が少しずつではあるけども認知されてきたのかな?とも感じました。地道な募集活動であったり、個人での活躍が実を結んでいるのだと思います」

優勝カップはミニ大さん自ら制作。小笠原さんを模したものになっており、小道具芸人らしいクオリティの高さを誇っている。

ミニ大さん力作の優勝カップ(昨年3月撮影)

そして、小笠原さんも第1回から大会に協力。優勝チームから選出されるMVPの賞品として直筆サイン入りのバットとボールを寄贈しており、また昨年は多忙の合間を縫って会場へと訪れ、選手たちが全力プレーをする模様を観戦した。

野球人生に新たなページを刻んだ選手も

今回参加したのはドリームスターに加えて、「東京ブルーサンダース」と「東京ジャイアンツ」の計3チーム。総当たりで行い、優勝を争った。

ドリームスターではこの大会を通じ、野球人生の1ページを開いた選手がいる。それは背番号11の山田龍太選手である。

この春高校を卒業した山田選手は下肢障がいがあり、車いすで生活している。幼少期から野球が好きでユニフォームを着てプレーすることに憧れていた中、この野球の存在を知り22年7月に入団した。

この日初めて捕手でスタメン出場を勝ち取った山田龍太選手

以降練習や試合に欠かさず参加し、一昨年からは捕手への挑戦も決めた。ワンバウンドの球を止めたり、試合形式の練習を毎回こなし、約2年かけて力を蓄えてきた。

小笠原さんからも練習に訪れた際に直接指導を受けた機会もあり、

「構えたらボールが来るのを待ってからミットを動かすのではなく、ボールの軌道を予測してミットを動かして捕った方がいいと教わりました」

と投手の球を受けながら実践してきた。そしてこの日、山田選手は「2番・捕手」で初のスタメン出場を果たす。

守備の要として本塁を守る役割を担った山田選手は、緊張がありながらもアウトの都度大きな声がけで投手や守備陣を鼓舞。変化球や野手からの送球に食らいついてボールを止めるなど、泥だらけになりながら全力で白球を受けた。

全力で白球を追いかけた

「相手バッターや守備をしているみんなを見渡すことができてとてもいい景色でしたし、守っていて楽しかったです。

試合では絶対にパスボールをしないであったり、投手が楽に投げれるようになどたくさん考えたり、常に緊張しながら守っていました。

たくさん課題が見つかったので、これからの練習で克服していってみんなに頼ってもらえるキャッチャーになっていきます!」

と充実感を持ちながら次に向けて意気込んだ。

「将来、野球に限らずパラスポーツが身近にあるように」

試合は全6試合行われ、第4回は東京ブルーサンダースが初優勝。MVPには小貫(おぬき)怜央選手が選出された。

小貫選手は車いすソフトボールそして車いすハンドボールの2競技で日本代表に入る万能選手。本大会では投手としてマウンドに上がり、ドリームスター相手に勝利を挙げるなど投打に躍動した。

MVPに輝いた東京ブルーサンダースの小貫怜央選手

なお、今回の大会ではミニ大さんの計らいで特別ゲストが2名参加していた。

前田健太投手(デトロイト・タイガース)のモノマネを芸に持つ「マネケン」さんと、山田哲人選手(ヤクルト)もモノマネで人気を博し、ヤクルトの球団行事にも招待されるほど評価の高い「山田別人」さん。

マネケンさんはジャイアンツに、別人さんはブルーサンダースに助っ人として出場するなど、ベンチとグラウンド両方でチームを活気づけた。

特別ゲストとして各チームでプレーしたマネケンさん(写真上)と山田別人さん(同下)

「幅広い層に興味を持っていただいて、将来的には野球に限らずパラスポーツが生活の一部となり、身近な光景に感じられる事が理想的だと思います。

若者は勢いと体力・ベテラン勢は経験と知識。野球と同様に相互関係を保ちながらリスペクトし続ければ近い将来、身体障がい者野球が今までにない盛り上がりを見せられると思います。

僕も微力ながらアピールして貢献していきます!」

と語った。ミニ大さんはこれからも己の芸を磨くとともに、身体障がい者野球界をさらに活性化させていく姿勢を見せた。

(おわり)

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