プロレスラー•TAJIRI「九州プロレスが目指すは“紙芝居のおっさん”と“街中にあるお地蔵さん”」

世界的レジェンドレスラー•TAJIRIが「骨を埋める覚悟」で選んだのは九州プロレス。WWEマットにも上がったメジャーリーガーが、地方の小規模団体に入団したのはなぜだったのか?

「もう少し軸を意識して回転してみよう」「おお、良くなった」
7月初旬、猛暑日の九州プロレス道場にTAJIRIの声が響く。九州新幹線の高架横にある同道場は、工場の一角を改修して作られたもので空調は備わっていない。気温30度を大きく超えるリング上、若手3選手に黙々と指導を続ける姿があった。

~余計なことをしない“引き算のプロレス”
「最近は『技を多く出せば良い』という、“足し算のプロレス”ばかりで何も面白くない。無駄なものを削ぎ落としたクラシカルなものこそ、わかりやすくて長く愛されるプロレスだと思います」
TAJIRIが目指すのは、「技を出さなくても伝わるプロレス」。道場では身振り手振りを混ぜながら、優しい口調ながらも徹底的に“基本”を教えている姿が印象的だった。
「“基本”が大事、という信念があります。技を出さなくても面白いものは見せられます。“足し算のプロレス”はキリがなく、そこには慎ましさもない。九州プロレスはクラシカルで技の少ないスタイルですが、『プロレスはこうあるべきだ』と思います」
近年のマット界は“大技品評会”のような風潮がある。派手な大技を繰り出しても試合が決まらない悪循環。結果的にリング上で命を落としたり、大怪我を負ってしまった選手もいる。
「技をどんどん出す、いわゆる“チャカチャカ・プロレス”はわかりにくい。特にプロレスを初めて観る人には何もわからないし伝わらない。九州プロレスは対極を行く団体だと言えます」
道場では、組み合い方やロープワーク、首投げといった“基本”を繰り返し行う。地味な動作の繰り返しも、「細部まで徹底的にこだわることで、観ている人にわかりやすくなる」と語る。
「『ここまでの技しか出さない』という線決めはしていませんが、余計なことはしないことが大事。以前、在籍したWWEも同様の“引き算のプロレス”を求められたので、似ていると思います」
「『いろいろな技をやりたい』という若手選手もいます。でも、経験を重ねていく中で、『余計なことをすると良い部分が崩れる』ことを理解してくれる。技を出さなくても良く魅せる方法はあるので、それを伝えたい」

~九州プロレスには日本を変える可能性がある
TAJIRIは国内外でインディーからメジャーまで数多くの団体へ参戦。米国では業界最大手WWEに所属するなど、数多くのリングを経験してきた。
「僕はお金などの数字を見るのが苦手です。もちろんお金があるのに越したことはないですが、長年に渡り感覚的にプロレスをやってきて、いつの間にか帰国していました」
世界中にファンを持つWWEは、米国内で野球(MLB)、アメフト(NFL)、バスケット(NBA)、アイスホッケー(NHL)の四大競技と肩を並べるほどの人気を誇る。所属レスラーのことは“メジャーリーガー”と形容されるが、TAJIRIもその一員だった。
「2005年にWWEを辞める時、日本に帰れば収入が落ちるのはわかっていた。でも、『もういいだろう』という気持ちだった。作り手・プロデューサー的なものをやりたかったからです」
帰国後は新日本プロレスに上がった時期もあったが、ハッスルや自ら立ち上げたSMASH等のエンタメ色が強いリングが主戦場になった。「ショーを作り上げるのが面白かった」という。
「作り手としては、多くの人に観て楽しんでもらえるプロレスを勉強する機会にもなりました。今でも、当時知り合ったクリエーターの方々と意見交換をしています」
多くの経験を積み、年齢を重ねていく中で将来的なことも考えるようになった。自問自答を重ねる中、「九州プロレスには、自分がやりたいことがある」と感じた。
「2017年に2度目のWWE所属になった際、怪我をしたこともあって自分の時間が多かった。その時に九州プロレスのドキュメンタリー番組を動画サイトで見て、興味が高まっていきました」
「団体理事長・筑前りょう太さんにお会いして、ビジョンや現状などの詳細を聞いて気持ちは固まった。自分の人生を豊かにしてくれる団体だと確信。『九州だけでなく日本を変えられる可能性がある』とも思いました」
「多くの人を心から幸せにできる団体を一緒に作り上げたい」という思い。レスラー、作り手・プロデューサーとして、九州プロレスには“やりがい”しか感じなかった。

~九州プロレスとしての方法で、みずほPayPayドーム福岡大会を行う
「九州プロレスは視野を広く持っている。目先の小さなことに拘らず、未来を見据えた運営方針は本当に素晴らしいと思います」
TAJIRIは団体の未来に大きな可能性を感じている。いわゆる“プロレス村”に固執するのではなく、世間へ向けて「幸せになれるプロレスの提供」を考えているからだ。
「多くの娯楽がある中、プロレス自体がマイナーな存在になった。だから業界全体が目先の興行のことしか考えることができなくなっている。やっている方(団体、レスラー)は夢が小さくなって楽しくない。観ている側も同じだと思います」
九州プロレスは画期的な運営方法を採用している。年間約50大会の全てが入場無料。「地域を盛り上げたい」という企業や会社、団体に協賛してもらうことで大会を開催する。
「チケットやグッズを購入してもらうのと同様に、協賛を集めるのは大変です。でも九州プロレスの思いやビジョンに賛同してくれる企業や会社、団体は決して少なくない。我々の目指すことが間違っていないことを確信できます」
「組織としてもしっかりしていると感じます。25名の社員がいて、所属レスラー13名はバイトなどの兼業をせずプロレスのみで生活している。社会性があることで世間的な信用も高まっていることを感じます」
現在は離島を含めた九州全域を回って、多くの人にプロレスを楽しんでもらっている。ショッピングモール等での試合機会もあり、選手たちは多い時で月8回程度リングに立っているという。
「現在の試合数は決して少なくないと感じます。プロレスは試合経験によって技術や表現力が磨かれます。加えて、道場で体力や基本を高めることも必要です。両方をバランス良く、しっかりできていると思います」
2008年に誕生した九州プロレスには、差し当たっての大目標がある。20周年記念を、みずほPayPayドーム福岡(以下ドーム)で迎えることだ。
「現場を任されている立場からいうと、選手数が絶対的に足りません。付け焼き刃で他団体選手を呼んでも意味がない。九州プロレスとして、うち自身の方法でドーム大会をやりたいですから。大会を華やかにしてくれる女子選手も必要ですね」

~当たり前にあるが、無くなっては困るもの
「(九州プロレスが)スーパーカンパニーになるようなことは望んでいなくて…。ずっと存在して欲しい、紙芝居のおっさんのようなものでありたい。毎日のように楽しませてくれた紙芝居が来なくなったら悲しい。そういう存在で、未来永劫あり続けて欲しいです」
お金、地位、名声などが、一般的な成功の形とされる。しかし、「九州プロレスに求められものは、そういった“俗っぽい”ものではない」とも考えている。
「地球や人類にとって本当に良いものは滅びないと思います。滅びるには何かしら邪念のようなもの、原因があるはず。九州プロレスは筑前さんというピュアな塊のような人がいる限り、絶対に大丈夫です」
「筑前さんをホルマリン漬け、もしくは冷凍保存して、思いが永久に継承されれば良いのですが…」と、“ぶっ飛んだ”アイディアも口にしてくれた。団体と筑前氏に対する絶対的な信頼を感じさせる。
「例えば、街中にあるお地蔵さんに対しては、当たり前にに手を合わせる人も多いはず。九州プロレスはそういった、常に変わらず当たり前に存在するものになりたいです」

「当たり前に存在するが、無くなっては困るもの」になるには時間がかかる。そこをしっかり認識しているからこそ、軸足がブレることもない。
「多くの人に観て、知って、楽しんでもらうこと。これをずっとずっと続けるしかないと思います」
先行き不透明な世の中、信頼できるのは九州プロレスのような存在かもしれない。TAJIRIがプロレス人生の終着点に選んだ理由の一端が、少しだけ見えた気がした。
(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力/写真・九州プロレス)