農業事業を立ち上げた現役プロサッカー選手・黒川淳史が語る「一歩踏み出す重要性」

2025年6月、現役プロサッカー選手・黒川淳史が農業ブランド「PITCH to PLATE」の立ち上げを発表した。スポチュニティコラムでは、過去2回にわたり、黒川選手の取り組みや農業事業を立ち上げる意義について取り上げてきた。
「自分が過ごしてきたホームタウンに恩返しを」プロサッカー選手・黒川淳史の新たな挑戦
「アスリートとしての価値を高めるために」現役サッカー選手・黒川淳史が農業ブランドを立ち上げる意義
「PITCH to PLATE」の立ち上げから約1カ月が経過した今、黒川選手に今後の展望や心境の変化について話を伺った。
「PITCH to PLATE」の第一歩としてさつまいもの保管庫を試作
2025年は黒川選手にとって新たな挑戦の年となっている。2016年に大宮アルディージャでJリーグのキャリアをスタートさせ、水戸ホーリーホックやFC町田ゼルビアなど、国内クラブでプレーしてきた。そんな中、今年2月にブルガリア1部リーグのスパルタク・ヴァルナに移籍。人生で初となる海外クラブへの移籍が実現した。
ブルガリアでは、ビザ等の手続きに思いのほか時間を要し、リーグ戦の出場は叶わなかったが、7月末にラトビア1部リーグのFK Tukums 2000への入団が決定。シーズン終了の11月までラトビアでプレーする予定だ。

海外でのプレーを続ける傍ら、6月には農業ブランド「PITCH to PLATE」を立ち上げた。「PITCH to PLATE」は、農業を通じて地域への恩返しと地域で育てた農産物をブランド化し、地産地消を広げるプロジェクトだ。
黒川選手は、出身地の埼玉県・嵐山町(らんざんまち)の特産であるさつまいもに注目した。アスリートとして日頃から食事に気をつける中でも、さつまいもはエネルギー補給の面で有用性が高い。その発想から、地元農家と協力して干し芋を試作したところ、とても良い出来となった。今後はさらにブラッシュアップし、間食としての干し芋の魅力を広めていきたいと考えている。
干し芋を広めていくためにも、まずは嵐山町にて、温度管理ができるさつまいもの貯蔵庫を試作することを決めた。
さつまいもは、キュアリングと呼ばれる処理をすることで長く貯蔵することができる。キュアリングとは、収穫時にできた傷口を治癒し、腐敗を防ぐための保管法だ。また、キュアリングの過程で蜜が出て、甘味がさらに増すというメリットもある。
しかしながら、正規品のキュアリング貯蔵庫の購入には多額の費用がかかり、導入できずにいる農家も少なくない。今回は正規品ではなく、必要な部品を集め、キュアリング貯蔵庫を試作する。
嵐山町のさつまいも農家では、これまでキュアリング貯蔵庫がなかったため、収穫したさつまいもを売り切るしか選択肢がなかった。売れ残りがでた場合には、身内に配ったり、廃棄になったりしていたという。キュアリング貯蔵庫を導入することで、さつまいもを長く保管でき、フードロスを減らし、売り上げに貢献できる。かつ消費者にも良い状態のさつまいもを届けることができる。
「さつまいも保管庫の導入によって自分の事業が形になり、初めてやった甲斐があったと感じています」と喜びを口にする。
一歩踏み出したことで得られたもの
一方で、農業事業の立ち上げを発表後、周囲から大きな反響があった。農業に興味を示し、自分もやりたいと連絡してくれた現役のサッカー選手もいたという。
また、知り合いの経営者が簡単な事業プレゼン会を開催してくれたり、農業に詳しい人を紹介してくれたりと、思わぬ展開もあった。

「『移籍が決まりました』といったサッカーに関する発信よりも、想像以上に食いつきがあり、違う職種の方からも連絡がありました。アスリートでも農業やビジネスに興味を持っている方が多くいることが分かってよかったです」
なにより、周囲の取り巻く環境にも変化があった。嵐山町の農家さんとは、これまでも関わりがあったが、「PITCH to PLATE」の立ち上げを発表したことで、農家さんの思いも聞くことができ、プロジェクトについてより深い話をすることができたという。
「自分が思い切った行動(農業事業の立ち上げ)をしたことで、より密にコミュニケーションが取れ、農家の方たちと方向性を合わせることができました。もともとトライアンドエラーを繰り返しながら、事業をやっていこうと考えていましたが、まず一歩を踏み出すことの重要性を感じました」
気軽に農業を楽しめる環境を
現在は海外でプレーするため、日本とは時差のある環境にいるが、農家とはチャットなどで気軽に連絡を取れる関係性を構築している。また、シーズンオフなどの日本への帰国時には、積極的に農地に顔を出し、「PITCH to PLATE」を加速させていきたいと考えている。
最後に「PITCH to PLATE」を進めていく上で、大事にしていることを伺った。まず、自発的に意見を言い、展開を広げていくことだという。
「農家さんと比べると、自分はまだまだ農業の知識が浅いですが、知識がない分、違った視点で意見を言うことができます。例えば、サッカーではプレーしている当事者同士ではなく、プレーを見ている外の人の視点や意見に気付きを得ることがよくあります。だからこそ、どんどん思ったことは言うようにしています」

また、現役でサッカー選手をやりながら、農業に携わることに改めて意味を見出したという。
「サッカー選手としてプレーしているので、ずっと農地にいることができないですが、それで農業を諦めるのではなく、そんな自分でも農業に取り組めるということを示すことができれば、様々な人が農業に参加しやすくなると思います。例えば、会社員など本業が別にある方でも、週末など空いた時間に参加型で農業を楽しめる環境を作りたい」
「PITCH to PLATE」のテーマの一つに、農業の担い手を増やすことがある。日本の農業は少子高齢化の影響を受け、担い手不足という課題がある 。農業に携わる人が増えれば、地域への恩返しにつながると言えるだろう。
「PITCH to PLATE」には、関東女子サッカーリーグ2部のFC QOL水戸シルエラの参画も決まった。今後の展開にも注目が集まる。