• HOME
  • コラム
  • 野球
  • 「WHIP」「OPS」など独自集計し“恋文”作成 愛が詰まった「岩手県社会人野球ベストナイン表彰式」

「WHIP」「OPS」など独自集計し“恋文”作成 愛が詰まった「岩手県社会人野球ベストナイン表彰式」

11月22日、盛岡市のサンセール盛岡で岩手県社会人野球ベストナイン表彰式が開催された。JABA岩手県野球連盟(以下・JABA岩手)に加盟する企業チーム、クラブチームの選手らを対象とした表彰で、各ポジションのベストナインに加え功労賞、新人賞など計16の賞が与えられた。25チームが加盟する上、県内の大会数も多いJABA岩手だからこそできる、盛大な表彰式。受賞者からは喜びの声が上がった。

選出事由に込める思い「どう未来につなげていくか」

ベストナイン表彰は選手のモチベーション向上などを目的に1996年から行われている。もともとは「企業の部」と「クラブの部」に分かれていたが、企業チームが減少したこともあり、2004年からは企業、クラブの両方から選ぶ現在の方式に変更された。

基本的には県内で開催される大会の成績が判断材料となる。今年は県内各地で10大会が開催された。個人成績はJABA岩手で独自に集計しており、打率や防御率だけでなく「WHIP」、「OPS」などの指標も考慮する。

公表されている「選出事由」

JABA岩手では毎年、受賞者の「選出事由」を公表しており、そこには各選手らの評価ポイントがびっしりと記されている。「鉄人伝説へ、体をケアして来シーズンも活躍してほしい」(水沢駒形野球倶楽部・吉田幸太選手)、「岩手県アマチュア野球界を代表するコーチ兼任選手」(オール江刺・藤野浩明選手)…。単に成績を列挙するにとどまらない、熱のこもった表現が特徴的。一部のファンからは“恋文”と呼ばれているという。

執筆を担当する姉帯輝雄事務局長は「すべての大会を観て、成績も参考にしつつ、年々アレンジしながら『どう未来につなげていくか』を心がけて書いています」と話す。岩手県の社会人野球を愛する一人として、未来を背負う選手、チームへの期待を筆に込めている。

県内7戦7勝の36歳右腕がクラブチーム移籍後初受賞

受賞者は愛の詰まった表彰をどう受け止めているのか。投手部門でベストナインに輝いた水沢駒形野球倶楽部・阿世知暢選手は「JABA岩手は大会数が多く、このような賞も設けていただいている。SNSによる発信も活発で、自分が社会人1年目だった13年前と比べても盛り上がりを感じます」と口にする。

阿世知は神奈川大を卒業後、トヨタ自動車東日本に10年間在籍。その間に3度ベストナインを受賞した。2022年からは「野球をやらせてもらった会社に貢献したい」との思いでトヨタ自動車東日本に勤務したまま、クラブチームの水沢駒形野球倶楽部でプレーしている。移籍後初受賞に阿世知は「不思議な感覚。移籍してからは縁のない賞だと思っていたので光栄です」と率直な胸の内を語った。

通算4度目の受賞となった阿世知

練習量は企業チーム時代の「10分の1にも満たない」。練習は出社前の15分間を使って庭でネットスローをする程度だといい、「以前は一日中野球のことを考えていましたが、今は仕事以外の時間の一瞬で野球のことを考えるようになりました」と変化を明かす。それでも、「練習量が減っても、企業チームが相手でも、絶対に勝ってやろう」という気持ちは揺るがず、36歳を迎えた今年も県内大会で7戦7勝、防御率1.66と圧巻の成績を残した。

まもなく5歳になる息子の存在も大きい。「駒形の応援歌を家で流しながら一緒に野球をするようになって、それが僕にとっての励みになっています。今日もキャッチボールをしてから来ました」。野球と向き合う時間こそ減ったが、チームのため、家族のため、これからも岩手で腕を振る。

盛岡球友倶楽部から歴代2人目の選出「まさか自分が」

実績豊富なベテラン選手が名を連ねる中、若手も食い込んだ。内野手部門で選出された盛岡球友倶楽部の黒渕怜選手は大卒1年目。二塁の堅実な守備とシュアな打撃を評価され、同倶楽部では歴代2人目の受賞となった。

ベストナイン表彰については当初、「そういうのがあるんだ…」という程度の認識で、「まさか自分が選ばれるとは思っていなかった」。1年目での受賞に「びっくりしていますが、いざ表彰されると『来シーズンも頑張ってもっとチームに貢献したい』という思いが強くなりました」と声を弾ませた。

1年目から攻守にわたって活躍した黒渕

東北学院大時代は就職活動に専念するため3年秋を前にユニホームを脱いだ。その後、「地元で野球をしたい」と考えるようになり、銀行員として働く傍らクラブチームで野球を続ける道を選んだ。「クラブチームの事情は何も知らないまま入ったのですが、岩手県はチーム数も大会数も多くて、その中で勝つことで本当に強いチームになれると感じました」。社会人になって野球熱がふつふつと湧き上がってきている。

同じく内野手部門ではトヨタ自動車東日本の佐々木一晃選手が高卒4年目で初の受賞。「満足はしていませんが、今年はこれまでで一番、勝負強いバッティングができました」と手応えを口にした。

祝賀会でスピーチする佐々木

トヨタ自動車東日本は他にも、齋藤大智選手(内野手部門)、植本拓哉選手(新人賞)、中村隆一選手(渡邊学賞)と大卒1、2年目の若い選手が選出された。「若手がグイグイ来ると盛り上がる。年齢が近い分、『負けたくない』という気持ちになります」と佐々木。今年の社会人野球日本選手権東北予選で10大会ぶりに代表決定戦進出を果たすなど勢いに乗るチームは、ベテランと若手が手を取り合って2大大会を目指す。

若きマネージャーへ賛辞「評価よりも心から感謝

今回、満場一致で選出されたのが、監督・コーチ・マネージャー部門の橋本萌香マネージャー(水沢駒形野球倶楽部)だ。「選出事由」には「チーム内の調和、運営本部との連携をはじめ、多くの重大任務をこなして楽しむ姿には評価よりも心から感謝」と記されている。

高校時代は関西の強豪・天理高でマネージャーを務め、地元・青森の青森中央短大に進んでからは北東北大学野球連盟の連盟委員として野球に携わった。社会人になってから「もう一度野球のマネージャーをやりたい」と自力でチームを探す中、目に入ったのが水沢駒形野球倶楽部。すぐにメールを送り、後日練習を見学して入団を決めた。

さまざまな年代の選手が在籍するため高校時代とは勝手が違い、業務も多岐にわたる。遠方への遠征の帯同も決して楽ではないが、日々「野球は楽しい」と実感しており、「高校生の頃は甲子園でスコアを書くことができなかった。今は全国大会でスコアも書かせていただいていて、ありがたい経験をしています」と目を輝かせる。

水沢駒形野球倶楽部の選手らと写真に収まる橋本(右から2番目)

「大会の手続きなどをしてくださっている(マネージャーの)坂本(和彦)さんや佐藤(優衣)さんもいる中で3年目の私が賞をいただいて、申し訳ない気持ちもある。心から『そりゃ私だよね』と言えるくらいのマネージャーになりたいです」。JABA岩手を象徴する「楽しむ姿」に今後も注目だ。

表彰式の後には祝賀会も開かれ、参加者が交流を深めた。祝賀会では受賞者一人ひとりがスピーチを行い、受賞者に対してチームメイトらからのメッセージが読み上げられるなど、終始アットホームな雰囲気が漂っていた。選手、スタッフ、裏方、ファンが一体となって社会人野球の「未来」を作っていく。そんな気概を感じる表彰式だった。

(取材・文・写真 川浪康太郎)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

関連記事