~LAで個展開催を行うイラストレーター・横山英史氏「野球への思いを自分の手で表現したい」

イラストレーター・横山英史氏は、ベースボール(野球)への思いを込め描き続ける。「古き良き時代」から「現在進行形」まで、心に刺さった選手や光景を表現。作品からはベースボールへの底知れぬ愛を感じ取ることができる。

イラストレーター・横山英史氏の個展が、今年6月20-22日の3日に渡って行われた(米・ロサンゼルス)。2019年以来6年ぶりの開催となったが、多くの野球ファンで大盛況に終わった。
「LAに戻ってこられたことが何より嬉しかった。2018-19年と2年続けて行い、20年も開催が決定して準備していた時にコロナ禍となり中止にしました。本当に悔しい思いをしたので、止まっていた時間が進み始めた感じです」
2018、19年は各7日間に渡っての開催。「米国の人にも僕の野球イラストが喜んでもらえる」という手応えを少しずつ感じ始めていた。3回目に向け入念な準備をしていた最中、コロナ禍に襲われた。
「コロナ禍は想定外でしたし、個展など考えられる状況ではなかった。その後、世間的に『コロナ禍が完全終結』となっても、復活開催まではいろいろと考えました。空白期間もできたので、改めて準備万端にしようと思いました」
今年の開催期間は3日間となったが、内容では決して劣ることはない。「6年間空いていた分、僕の中での野球と米国への思いが濃くなっていましたから」と笑顔を見せる。

~ボー・ジャクソンの作品が結んだ縁
LAでの個展開催は、横山氏の情熱があったからこそ実現した。2016年からインスタグラムで作品発表を開始すると、米国から作品制作と購入の依頼が来始めた。その際の顧客“第一号”が、個展を開催する場所を提供してくれることになったという。
「インスタグラムにアップした僕の作品を見て、LAからオーダーをくれました。ロイヤルズ時代のボー・ジャクソンのイラストです。パウダーブルーのユニホームを着た、スピード&パワーを意識した作品。購入してくれたことが嬉しく昨日のように覚えています」
「私はチーム等関係なく、良いと思った選手を描きます。基本は大の野球ファンですから(笑)」がポリシー。野球とアメフトの“二刀流”、ナイキ社の顔にもなったボーは、「大好きな選手です」という。
「『(購入者が)どのような方かな?』とアドレスを見ると、LAでバッティングケージ(打撃練習場)を経営している。購入当時は配送だけになったので、翌2017年にお礼を兼ね挨拶に行った。『ここで個展をやってみたい』と強烈に感じた、野球愛に溢れた素晴らしい場所でした」
購入してもらった翌年冬、全米各地でのNFL(アメリカンフットボール)やNBA(バスケットボール)観戦を絡め、LAへ足を運んだ。打撃ケージの奥にあるオフィス・スペースには、野球関連のユニホームやポスター等が壁一面に飾られていた。
「購入者のTJラネルズ氏がオーナーの“Baseball Central”という施設。話を聞くと、父親のトム・ラネルズ氏はレッズでMLBデビュー、エクスポズ(現ナショナルズ)で監督まで務めたという。野球に対する愛情の理由が理解できました」
「TJラネルズ氏とオフィスで話をしている最中に、『この壁を貸してください』と頼んでいました。『僕の作品でここを埋めたらどうなるんだろう?』と思えたからです。『良し、やろう』と即決、握手を交わしました」
「野球への思いが詰まった場所、空気感が背中を押してくれたと思います」と当時を振り返る。初対面の2人だったが意気投合、LAでの個展開催が決まった瞬間だった。

~各選手独自の身体の動きを表現する
兵庫県で生まれ育った横山氏は、「オリックス(当時ブルーウェーブ)が好きになり、MLBにも自然と興味を持ち始めた」という。
「中学卒業で野球は諦め、高校で美術部に入りました。その頃にはMLBが大好きで、選手のイラストを描き始めていました。またイチローが素晴らしい輝きを放っていた時期でした。『地元のプロ野球チームを好きになれ、球場へも足を運べるようになって良かった』と感じました」
1995年の野茂英雄(ドジャース)の活躍、1998年のマーク・マグワイヤ(カージナルス)とサミー・ソーサ(カブス)に夢中になった。テレビ中継や雑誌を見て、選手の身体の動きを意識してイラストを描き続けた。
「個性的でカッコいい選手が多かった。インターネットはなかったので、必死で情報を集めて想像力も駆使しながら描きました。『ナマで見たいな』と常に思っていましたし、描きたい選手が次々に出てきました」
重視したのは、選手独自の身体の動き方。個性が最も出やすい場所であり、横山氏特有のテイストを作り上げている根幹だ。
「印象的だったのはトニー・クラーク(タイガース)。日本ではあまり有名ではないですが、大きな身体の両打ちで長打も打てるという日本にいないタイプでした。マイク・スウィーニー(ロイヤルズ)もよく描きました。他にもケン・グリフィーJr(マリナーズ)、トニー・グウィン(パドレス)など、好選手は全て描きました」

~カンザスシティが第二の故郷になった
エンタメの本場LAで個展を開くが、「カンザスシティ(以下KC)は第二の故郷、ロイヤルズは僕の愛するチーム」と語るほど大事な場所にしている。
「今年を含めKCを訪れたのは、34回になりました。ロイヤルズの試合は170試合くらい観ています。初渡米地がKCでしたが、当時はここまで深い関係性になるとは思ってもいませんでした」
高校卒業後に美術関連の専門学校へ進学、2年目の春にMLB観戦へ行くことを決意した。「初の米国、大都市ではなく田舎が良かった。ロイヤルズも好きだったのでKCにしました」という理由で選んだ場所が、“第二の故郷”になる。
「現地で有名なスポーツ・バーがあることを知って足を運びました。往路はホテルの方に送ってもらったが、僕の英語力が拙く帰路の足が見つからない。お店のすぐ近くにあるキャンデー店(お菓子屋さん)へ行って、相談しました」
「キャンディー店の女性に事情を話すと熱心に聞いてくれた。『もうすぐ夫が迎えに来るから、乗せていってあげる』という。いろいろ話していると、『今後日本からこの街へ来る時は、うちに泊まってロイヤルズを観に行けば良いわよ』と言ってもらえました」
その後、KCへ足を運ぶ際には、夫婦の自宅に泊まるようになった。いわば“KCの家”ができた形だった。荷物を置かせてもらい、ロイヤルズのロード試合を追いかけたこともあった。
「3年前に旦那さんが病気を患い、今は娘さん夫婦が住むカンザス州に引っ越してしまった。でも会いたかったので、今年は車を飛ばして行ってきました。出会った当時や昔のロイヤルズの話をたくさんできました」
~スウィーニーのおかげでロイヤルズと関係構築
ロイヤルズ球団とのパイプは、横山氏の熱い思いが作り上げた。きっかけは2000年の日米野球、スウィーニーのイラストをスタンドで掲げたことだった。
「東京と大阪の2ヵ所へ観戦に行き、スウィーニーに向けて掲げると認識してくれた。翌年春にKCヘ足を運んだ際に同様にすると、満面の笑みで近付いてきてくれた。『わざわざ来てくれたのか?』と驚いた様子でした(笑)」
“KCの家”ができたことで、ロード試合やインターリーグで各地に足を運んだ。その度にスウィーニーはスタンドまで歩み寄ってくれた。
「ある日、『次から来る時はチケットを準備するから』と、イラストの裏に連絡先を書いてくれた。また『ホーム試合は連絡が付きにくいこともあるから…』とクラブハウス・マネージャー氏を紹介してくれました」
同職を務めるジェフ・ダベンポート氏は、ロイヤルズの家族用チケット管理もしている。“日本の家族”横山氏に対しても温かく対応、気にかけてくれるようになった。
「『練習前後は(スウィーニーと)話しにくいだろうから…』と、クラブハウスに入れてくれるようにもなりました。僕も選手のイラストを描いてプレゼントもしました。ジェフさんから頼まれて描いたイラストは、今でも飾ってもらっているのが本当に誇らしいです」
ダベンポート氏からは、「チーム歴代の名選手達を描いて欲しい」と頼まれた。チーム殿堂入り選手、監督、ブロードキャスター、総勢30名を1枚のキャンパスに描き上げた作品は、クラブハウスにも飾られていた。
「マック鈴木さん(神戸市出身)がロイヤルズ在籍中にも挨拶させていただきました。『小野市(神戸市の隣町)からロイヤルズを応援に来ました』と伝えると、驚きながら喜んでいただきました。こういう経験ができたのもスウィーニーのおかげです」

~クーパースタウンで個展開催してみたい
今後の展望については、「米国での個展を継続開催することが1番の希望です」と強調する。また、現在進行形のLAと共に「開催したい場所もあります」と目を輝かせる。
「クーパースタウン(ニューヨーク州)です。贔屓チーム関係ない、野球ファンが1度は訪れたい“聖地”です。そこにいる方々に僕の作品をどう捉えてもらえるか、楽しみです」
「好きな野球で印象に残ったものを表現したい」と続ける。今後、描いてみたいものについて聞いてみた。
「関心持った選手を観ているだけでなく、描きたい。自分の原点はそこにあると思うので、この先もそういった選手がどんどん増えると思います」
「アメリカ各地にある個性的な特徴のあるボールパークも描いてみたいです。また、自分が観戦に訪れたボールパークで実際に座った場所からのイラストも描きたい。自分が撮影した写真を見ながら、当時を思い出しつつ進めたいです」
今までは選手にフォーカスしたものが多かった。今後はボールパークやスタンドを切り取ったものも増えていきそうだ。「作品自体が大きくなると思うので、時間もかかりそう」と苦笑いするが、ぜひ見てみたいものだ。

「選手に関しても、自分が観ることができなかった伝説の選手を描いてみたい。写真も白黒しか残っていない選手を、イメージを膨らませながら進める。ホール・オブ・フェイマー(野球殿堂入り選手)を全員、描いてみたいです」
サッチェル・ペイジやジョシュ・ギブソンといった、ニグロリーガーの名前も出てきた。描きたい選手は星の数ほど存在するようだ。
「デジタル全盛の時代ですが、あえて自分の手を動かして描きたい。野球もアナログ感の強い競技なので、イラストと親和性もあると勝手ながら思っています(笑)」
自ら一筆ずつ描き込んで作品にしていく。「イラストを通じて野球への思い、素晴らしさを伝え続ける」という思いが存在する。
キャンバスに向かう横山氏は、グラウンドに立つ選手と同じような思いなのだろう。この先も胸に刺さる作品を描き続けてくれるはずだ。
(取材/文・山岡則夫、取材協力/写真・横山英史氏)