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埼玉県の勢力地図を塗り替える ~加圧トレーニングで身体能力を向上~

「身体能力測定評価システム」というものがある。

全国の高校球児が自分の柔軟性、体幹、スピードや筋力をつけ、可動域を広げ、身体を作り上げる。それらのフィジカルを測定した結果を「総合ポイント」として数値化し、モチベーションを上げて、春のオフ明けには野球として目に見えるような形に仕上げていくためのものだ。野球用具メーカーゼットがこの身体能力測定事業に取り組んでいる。加圧トレーニング

オフ直前の昨年11月末時点の測定では、埼玉県川越市にある山村学園が「総筋力」部門で2年連続全国1位となった。総筋力とは、全身の8つの筋出力の合計値である。
同校は7年前から専用器具である加圧ベルトを装着した上で、ストレッチや筋力トレーニングなどを行なう「加圧トレーニング」を導入。測定を続けている。
当初は低かった山村学園の数値が、ここ4、5年で急激に上昇。基礎体力の向上が可視化されている。

基礎体力が身体能力測定評価システムで上位にランクアップされるだけでなく本来の野球でも著しく力をつけてきて、選手たちが自信を持って試合に臨むようになった。
 
 山村学園のトレーニングアドバイザーで同システムの担当でもあるゼットの加圧トレーニングインストラクターの内山恵介さん(52歳)は「測定結果は、野球に近い所の運動能
力のランキング付けです。個人データをまとめ、前回の数値がどれだけ上がってきているかを認識してもらいます」と言う。

具体的には
①    胸筋を中心とした(ベンチプレス)
②    後背筋を中心とした(アッパーバック)
③    大腿四頭筋を中心とした(レッグエクステンション)
④    ハムストリングスを中心とした(レッグ
カール)
⑤    上腕三頭筋、三角筋、僧帽筋を中心と
した(ショルダープレス)
⑥    下半身全体を計る(スクワット)
⑦    握力
⑧    背筋力
の8項目から数値の出力を算出する。

「オフの内に筋力を上げて体をつくろう。可動域を広げてオフ明けには30㍍走とかスィングスピードなど野球として目に見えるような成果を出していこう。体の使い方としては、メディシンボールを投げる時に下半身の力を上体に連動させ、しっかり背筋を使って投げる。立ち三段跳びは、立ち幅跳びでなく後部のバネを使って更に一歩、二歩も跳ぶ体の使い方を考えよう。こういった運動でフィジカルをつくることによって伸びしろが広がっていきます」と内山さん。

寒風の吹きすさぶ中で青空

山村学園は室内練習場がないので、寒風の吹きすさぶ中で青空ウェイトトレーニングをやっている。
 「いくら優秀なトレーナーが最新器具を持ってきて、科学的メニューどうのこうのと言ったってペースは上がらない。勿論トレーナーやメニューが悪いわけではない。選手のフ
ィジカルに向かう意識をどう持っていけるか。どこまでハングリーさを持たせて、あと僅かな所を自分たちで越えられるかでしょう。そこをクリア出来れば甲子園が見えてきます」
(トレーニングに励む選手たち)

この「身体能力測定評価システム」には、全国から約150校が参加。北海道・北照をはじめ宮城・仙台育英、埼玉・浦和学院、東京・日大三、神奈川・平塚学園、静岡・静岡高、三重・海星、滋賀・彦根東、岡山・倉敷工、福岡・折尾愛真、熊本・秀岳館などの強豪校も参加している。

「7年前から加圧トレーニングをはじめたが、その成果を知りたくて身体能力測定もやっています。はじめの頃は、選手たちは一生懸命やることに照れがあったし、辛くて単調でつまらないとの不満もありました。でもウェイトなどの数字が徐々に上がってきたので、次々と目標を上げていき、とにかく何かで1位を獲ることにこだわりました。モチベーションも上がり、2年続けて1位になりました。選手たちの自信につながります」と岡野泰崇監督(42歳)は言う。

最近の山村学園は「スピードがあるし、選手の体が大きくなった」とネット裏の評判だ。

同校の野球部は平成20年設立。23年に専用
グラウンドが完成し、同年秋に県大会初出場を果たす。27年秋ベスト8、28年春夏とベスト4。30年夏はベスト16だったが、秋はベスト8と確実に力をつけてきている。

山村学園とは

「一丸野球」と「埼玉県の勢力地図を塗り替える」が目標。「そして甲子園」をターゲットに埼玉4強(花咲徳栄、浦和学院、春日部共栄、聖望学園)の一角を崩す勢いで駆け
上がって来ている。

 指揮官の岡野監督は、茨城県立緑丘高から一浪して立教大へと進んだ。1年秋からベンチ入りを果たし、二塁手として神宮球場で活躍。大学卒業後はさくら銀行(現、三井住友銀行)へと進んだが、野球部が1年で休部となってしまう。そこで心機一転、教員免許を取り茨城県立岩井西高(現、岩井高)の社会科教諭兼野球部監督を3年間務めた。その後、体育教員免許も取得、水戸の水城高、東京の東洋高を経て、2010年に山村学園の体育教諭兼野球部監督となる。「歴史も伝統もない学校なので、野球がやりやすそうだ」と門をくぐったあの日から、4月に10年目を迎える。

(写真は岡野監督)

 「高校野球生活は2年4カ月しかありません。川越は暖かいので冬でも野球とウェイトをやっています。対外試合のできない12月から2月までの3カ月をウィンターリーグと称し、2学年65人を4チームに分けて、土日と冬休み全てをゲームにあてています。ゲームをしていない2チームは横でウェイトをさせています。3カ月で打者だと約100打席、投
手も約100イニングをこなすことになり、実力順にデータが出てきます。それを基に、春の新メンバーを決めます。うちに来てくれた子には、野球をやらせたい気持ちがあるのでチャンスは平等に与えます」と熱いハートの中にも選手を思いやる感情が滲み出る、岡野監督の言葉。

 プロ注目のエース和田朋也投手(181㌢87㌔、左投左打2年)は言う。「ウェイトはやっていく度に課題が見えてくる。今冬は握力と背筋、肩の柔軟性を鍛えます。コーナーを突いて、欲しいときに三振を取れる投手になりたいです。好きな投手は右では巨人の菅野智之投手。左では『コンドルの翼』の異名をとるレッドソックスのクリス・セールです。自分が頼れる最大の武器はストレートです。MAX150㌔が目標です。カーブ、スライダー、チェンジアップもあります。親に負担をかけたくないので将来は、プロか社会人を目指しています」
(写真はプロ注目のエース和田朋也投手)

 能力測定で総合ポイントがチーム内で1位だった川島優二塁手(172㌢73㌔、右投左打2年)。足には自信があり50㍍5.9秒の快足の持ち主だ。「測定はモチベーションが上がります。食トレで5㌔増えたら、間を抜ける強い打球や詰まってもポテンヒットを打てるようになった。出塁できるようになったので、盗塁数も増えました」

 主将の坂上翔悟右翼手(168㌢73㌔、左投左打2年)は「ベンチプレスで1番でした。加圧で締めながらウェイトで負荷をかけて効果を高めています。体重が増えて飛距離も伸び
ました。昨秋5本の本塁打を打ちました。うちの打線は県内でも3本の指に入るでしょう」と自信タップリ。

 岡野監督とは立教大の先輩後輩というつながりで、臨時コーチを勤める元日本ハムの矢作公一さん(53歳)はプロ野球で5年間を過ごした。「週に2回程度ですが、4年前から
見ています。監督の熱心さと情熱に選手たちが応えるようになってきた。勝つために後は経験を積むだけ。強いところとやって自信をつけることです。今回の測定結果も当然自信になってきます。心のスタミナもできてきたようです」と見ている。日常の仕事の合間をぬって、野球塾と地元浦和シニアチームの指導もしているので「教え方がわかりやすい」と選手たちから好評だ。主にバッティングが中心だが、全体的なことも含めて座学で野球に対する考え方も指導している。ちなみに今売り出し中のソフトバンクの上林誠知選手も、小学生の時から指導して育て上げた実績がある。

 エースの和田投手についても「彼はシニアの時から見ていますが、筋力もつき腰回りも太くなってきた。左投手は勝てる器用さが必要です。その要素があるクレバーな投手です。例えるなら阿波野秀幸(元近鉄)、能見篤史(阪神)、石川雅規(ヤクルト)。アマでは志村亮(元慶大)に似た雰囲気を持っている。将来が楽しみです」と目を細める。

「身体能力測定評価システム」の成果を手に、山村学園は夏に向けて今、好スタートを切った。

 
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大友良行
元大手新聞社の報道カメラマンで現フォトジャーナリスト。ニュースの最前線で見てきた人々の喜怒哀楽を行間の端端、写真の隅々に秘められればと願う。大リーグをはじめ、W杯や国内外のサッカーなども取材。現在は、幅広いネットワークを持つ高校・大学・社会人野球がメイン。著書に「CMタイムの逆襲(東急エージェンシー)」「野球監督の仕事(共著・成美堂)」などがある。


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