日本一になるということ~社会人野球日本選手権大会を振り返る~

11月2日から11日間行われた、第43回社会人野球日本選手権大会が幕を閉じました。この秋、日本一となったのは、トヨタ自動車。3年ぶり5度目の優勝です。

京セラドーム大阪で行われるこの大会、今回私は準決勝から現地に赴きました。準々決勝まで行われた9日間にも、この目で観たかった試合がたくさん。特にJR東日本東北の西村祐太投手が大会史上初の完全試合を達成した瞬間は、同じ空間で感動を味わいたかったです。

そんな社会人野球日本選手権大会の決勝戦、トヨタ自動車と日本生命の熱戦を振り返り、監督・選手の声もお届けします。

 

ベテランに頼りすぎないチームへと変貌を遂げたトヨタ自動車

今年の都市対抗野球大会覇者のNTT東日本と準決勝を戦った、トヨタ自動車。NTT東日本の先発は日本ハムからドラフト2位指名を受けた、最速154キロの速球派右腕、西村天裕投手(帝京大・2年目)。対するトヨタ自動車は高卒2年目左腕、富山凌雅投手(九州国際大付高・2年目)。4回裏、多木裕史外野手(法政大・5年目)の適時3塁打と細山田武史捕手(早稲田大-NPB・2年目)の適時2塁打で2点をあげたトヨタ自動車、富山投手も8回を3安打11奪三振無失点と好投します。9回には主将の佐竹攻年投手(早稲田大・12年目)が登板、三者凡退に抑え2-0で勝利し、決勝進出を決めました。

8回3安打11奪三振無失点の力投を見せた富山投手、高校時代夏の甲子園で活躍した際には、14人兄弟でも話題になったことを覚えているでしょうか。そんな富山投手、日本選手権という大舞台でこのようなピッチングを見せるまでには、悔しい思いもしてきました。

 

トヨタ自動車は富山凌雅投手(九州国際大付高・2年目)が先発

「去年、日本選手権前にベンチ入りが確定していたのに、そこから調子を落として外れてしまいました。悔しかったです。その後はオープン戦で勝てないと試合に出してもらえないと思い、結果を残せるように頑張りました」

どのような準備をしたことが、8回無失点というピッチングを生んだのでしょうか。

「昨日、(NTT東日本の)ビデオを見ました。ここに投げようではなく、ここに投げたらダメというところに投げないようにした結果です。完封したかったですが、8回の投球を見たら(結果的に抑えたものの、ストレートの四球と被安打で2死1,2塁のピンチがあった)仕方がないかと(笑)。うしろには佐竹さんもいるので。佐竹さんとは職場も一緒で、野球の話もよくします。いろいろ教えてもらっています」

昨年の都市対抗野球大会でトヨタ自動車を優勝に導き、最高殊勲選手賞に当たる“橋戸賞”を受賞、社会人野球ファンなら知る人ぞ知る佐竹投手。主将として、先輩として、自チームの選手のお手本になり、様々なアドバイスもしています。自チームだけではなく、オリックスからドラフト1位指名されたJR東日本の田嶋大樹投手(佐野日大・3年目)も、自身が社会人野球に進んでレベルアップしたことのひとつにメンタルを挙げ、「日本代表に選ばれたときに、佐竹投手にいろいろと話を聞けたことが大きかった」と話していました。また、普段はとても柔らかい雰囲気で、記者の取材などへの対応もとても丁寧なんですよね。
 

チームの精神的支柱、佐竹投手

そんな佐竹投手に頼りきりのチームであってはいけないと、若手がどんどん成長を見せているトヨタ自動車。富山投手も、今後自身がより活躍していくために、

「スタッフに信頼されないと使ってもらえないと思うので、信頼してもらえるような投球をしたいです。技術的には、まっすぐをもっと良くしたい。どの位置で投げるかはわからないので、どの位置でもいい投球ができるようになりたいです」

と決意を話していました。

 

若手投手が支える日本生命

もうひとつの決勝進出チーム、日本生命は、準決勝を日本新薬と戦いました。先発投手は、日本生命が阿部翔太投手(成美大・3年目)、日本新薬が岩本喜照投手(九州共立大・1年目)です。この試合は投手戦となり、日本新薬の岩本投手が106球5安打無四球1失点で完投。日本生命は、上西主起外野手(中部学院大・4年目)の適時打が唯一の得点となりました。ところが、日本生命の阿部投手がさらに素晴らしい投球を見せます。113球3安打10奪三振1四球という内容で完封勝利。

試合後、日本生命・十河章浩監督は完封した阿部投手について、

「久しぶりの先発だったけど、ここまで登板がなく投げたくてウズウズしていると思ったから、ある程度は投げてくれるかなと思っていました。ここまではうしろでいこうと思ってたけど、明日のことも考えると阿部の先発でいこうかと」

とおっしゃっていました。監督の言葉を伝えると、

「そうですね、やっときたか! と思いました。本田(洋平投手・愛知学院大・1年目)や高橋(拓巳投手・桐蔭横浜大・1年目)にばかり負担をかけるわけにはいかないので」

と、阿部投手。完封は今年のJABA京都大会でしたことがあり、今回が人生で2度目だそうです。リリーフとして準備をしていた阿部投手、急に先発として登板することになっただけではなく完封までしてしまうとは、どのような投球プランで試合に臨んだのでしょうか。

「特に先発だからといって変わりません。1イニング1イニングを積み重ねていくだけだと思って投げました」

その積み重ねが完封へと結びついたのですね。
 

完封勝利をあげた日本生命の阿部翔太投手(成美大・3年目)

さらに、十河監督にお話を聞いている中で、ゲン担ぎなども大切にされていることがわかりました。試合の際には盛り塩をしたり、お札をベンチに置いたり、試合前に必ず神社で手を合わせたりなど、勝利のためにできることは何でもやる、との思いでやってきたそうです。盛り塩の塩は“ヒマラヤ岩塩”とのこと。もちろんそれは最後の最後の頼みの綱で、大切なのは自分たちのプレー。監督に、決勝のキーマンを聞いてみました。しばらく考えたあとで、

「やっぱり1番バッターの神里(和毅外野手・中央大・2年目)かな。(横浜DeNAからドラフト2位指名を受けたため)最後の試合なので、暴れてくれないと困りますね。泣いても笑ってもこのメンバーでやるのは最後になるので、いい試合をしたいです。ここまであまり点が取れておらず、今までのような戦い方だと決勝はやられると思うから、総動員で戦いたいと思います」

とおっしゃっていました。この日チームは5安打、そのうち神里選手が2安打でした。内野安打で気迫のヘッドスライディングなど、チームを鼓舞するプレーをしていた神里選手が決勝でもキーマンとなるのでしょうか。
 

監督も期待を寄せる神里和毅外野手(中央大・2年目)

 

日本一になるということ

 

そして、迎えた決勝戦。

トヨタ自動車は左腕の小出智彦投手(近畿大・4年目)、日本生命は1年目右腕の本田洋平投手(愛知学院大・1年目)、共に愛知県出身の投手が先発です。先にチャンスを迎えたのはトヨタ自動車。2回表、西潟栄樹外野手(桐蔭横浜大・3年目)の右中3塁打で無死3塁とします。ところが後続が三振、その後敬遠で1死1,3塁となるも、サインミスからスクイズを失敗、3塁ランナーも三本間に挟まれアウト。惜しくも得点はなりませんでした。
 

トヨタ自動車の先発は小出智彦投手(近畿大・4年目)

 

日本生命は1年目右腕の本田洋平投手(愛知学院大・1年目)が先発

その後も、両チームともランナーは出すものの得点に結びつかない状況が続き、5回終了で0-0。このまま終盤までもつれるのかと思っていたところ6回表、トヨタ自動車にチャンスが訪れます。2死1,2塁で日本生命のピッチャーが本田投手から準決勝まで無失点の高橋拓巳投手(桐蔭横浜大・1年目)に替わり、打席には河合完治内野手(法政大・4年目)。狙っていたという外角の直球に思い切り踏み込み、逆方向へ左越適時2塁打を放ちました。やっと試合が動き、トヨタ自動車が2点先制。

その後、また動きがないまま9回を迎えます。9回表、1死満塁から代打の瀧野光太朗外野手(立命館大・4年目)が右前適時打を打ち、トヨタ自動車が1点追加。3-0で迎えた9回裏、日本生命が反撃に出ます。エラーとヒットで無死1,3塁となると、原田拓実内野手(立正大・4年目)がセンターへ犠牲フライを打ち1点を返します。しかし、あとが続かず3-1で試合終了。

第43回社会人野球日本選手権大会の優勝は、トヨタ自動車に決まりました。


 

決勝打を打った河合選手はヒーローインタビューで、トヨタ自動車従業員、トヨタ自動車ファン、野球ファン、35名いる部員でベンチに入れない部員やベンチには入れても試合に出られない部員もいたことに触れ、すべての人に感謝の気持ちを述べました。また、今後もトヨタ自動車を愛されて強いチームにしていきたい、と力強く宣言。
 

ヒーローインタビューに答える河合完治選手

そして、試合後にお話を聞いた細山田捕手は、この日盗塁を3つ刺すなど大活躍。胴上げのときも「次○○さんだよ!」とみんなを盛り上げながら指揮しており、試合以外でもチームを引っ張っていると感じました。そんな細山田選手が、盗塁阻止についてやプロ野球選手からトヨタ自動車の選手になってのこの2年についても話してくれました。

「スローイングは早くなかったけど、相手のスタートも良くなかったので。小出が低めによく投げてくれたからです。打席ではチャンスでサインを見落として凡退したので、助けられましたね。この2年は、勉強になる2年間でした。若い子たちと一緒にやって自分も成長して、いい勉強になりました」

細山田選手が若手の手本となったことも、たくさんあったのではないでしょうか。

「チームに入る前から、佐竹さんが打たれたらあとのピッチャーがいないと思っていましたが、今年はオープン戦のときから若手が台頭してきました。若手ピッチャー中心で勝ちにいこう、で今回優勝できました。練習の成果がでましたね。まだ9回投げ切れるピッチャーがいないので、そこはこれからですね。それから、僕もいつまでも試合に出ているわけにはいかないので、若手のキャッチャーを育てなければなりません。技術だけではなくてメンタル的なこととか、プレーで、背中で、見せていきたいです」

プロ野球の日本シリーズ第6戦で、福岡ソフトバンクホークスの内川聖一選手が1点ビハインドの9回裏、値千金の同点ソロホームランを打った際には、

細山田 : ホームランすごいですね!

内川 : お前ならサードゴロだな(笑)

細山田 : 当たるだけいいですね(笑)

というようなやり取りをメールでしたという、古巣の選手とのほっこりエピソードも披露。プロ野球と社会人野球を経験して感じる違いについては、
 

「社会人野球では、たくさんの職場の人たちが応援に来てくれます。いくら打ってもプロ野球のように給料が上がるわけではないけど、一緒に働いている仲間が野球を頑張っている姿を見て、誇りに思ってくれたり仕事を頑張ろうと思ってくれると嬉しいし、そういうところがいいと思います」
 

スタンドで優勝を共に喜ぶ職場の仲間や家族

大会に出場している企業に属しているわけではない筆者が客観的に見ても、社会人野球の魅力のひとつは、やはり職場の仲間との絆を見られることだと思います。今日は野球部の大事な試合があるぞ! みんなで応援に行こう! というように、会社単位で応援して楽しんで、勝っても負けてもグラウンドの仲間とその瞬間を共有している姿を見るのは、社会人野球観戦の醍醐味のひとつです。今回、細山田選手の言葉を聞き、改めてそんな企業に勤めているみなさんを羨ましく思いました。

そして、落ち着いてしっかりした言葉選びをする細山田選手を見ていて、経験豊富で頼りになるその存在はチームにとってとても大きなものだと感じました。

最後にお話を聞いたのは、6回裏から3番手で投げた諏訪洸投手(亜細亜大・1年目)です。大学生のときは神宮球場でよく観ていた投手です。ゆっくりお話を伺いました。諏訪投手といえば大学のときから奪三振のイメージが強く、この日も6回裏は三者連続三振に抑えましたが、どのようなピッチングを心掛けているのでしょうか。

「今年一年目でしたが、佐竹さんに頼りきりにならないようにという投手陣の流れに、僕ものっていけたと思います。ロースコアの試合でも、0点に抑えることだけを考えて投げました。三振を狙っているわけではなく、打たせて取ろうと思ってコースを狙って投げていますが、振ってくれて三振になっているのだと思います。佐竹さんばかりが投げてしまうと若手の成長がなくなってしまうので、今後のためにも若手の僕たちがしっかり投げないといけません。」
 

決勝では3回2/3を投げ、チームの勝利に貢献した諏訪投手

どの選手からも出てくるのは佐竹投手の名前。それだけチームにとって大きな存在であることがわかりますが、34歳となった佐竹投手に頼りきりではダメだ、自分たちがしっかりしないと、という強い意志も感じます。ひとりひとりがその強い責任感を持っていることが、優勝という結果をもたらしたのでしょう。

諏訪投手の出身校である亜細亜大は、厳しい野球環境で有名です。今秋は惜しくもあと一歩のところでリーグ優勝を逃しましたが、大きな声で仲間を鼓舞したり、素早くまっすぐ整列し、キレイに揃った礼をする姿を見るのは気持ちの良いものです。卒業した今、大学のときの厳しい練習をどう思っているのか聞いてみました。

「大学のときは、とにかく練習量がすごかったです。生田監督に言われて、毎日ずっと投げ込みをしていました。社会人になってからは社業もあるので量より質になりましたが、その投げ込みがあったから今があると思っています」

では、社会人になってからのこの一年で大学時代より成長した部分はどこでしょうか。

「バッターの雰囲気やスイングを感じ取って、自分で配球を組み立てられるようになりました」

そうなると同時に、キャッチャーのサインに首を振ることが多くなりますよね。

「そうですね。自分がこっちの方がいいんじゃないかと思ったら、それを投げさせてもらいます。その配球で打ち取れるようになったのが、成長した部分だと思います」

では、来年はどんな投手になっていきたいですか。

「8回にヒヤッとする一発があったので(あわやホームランというレフトフライ)、来年は見ていて安心できるようなピッチャーになりたいです」

来年は、さらにパワーアップしている諏訪投手を見ることができるに違いありません。

これで、今年の社会人野球の大会がすべて終わりました。

ときには正解がわからなくなったり、つまずいたりしながらも、とにかく勝つために努力して練習を重ねる日々。もし負けてしまってもその日々は無駄にはならないかもしれませんが、勝って勝って勝ち続けて頂点に登りつめた人だけが、心から自分を褒めることができるのではないでしょうか。

“日本一になるということ”

それは何よりも、自分の人生を周りの人の人生を彩ることができるもの。彼らの笑顔を見ていてそう感じました。

トヨタ自動車のみなさん、優勝おめでとうございます。

来年の社会人野球はどんなドラマが生まれるのか、今から楽しみです。

第43回社会人野球日本選手権大会ベスト8、明治安田生命の特集はこちらから
https://www.spportunity.com/column/65/column_detail/

山本祐香
好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいとふと思い、OLを辞め北海道から上京。「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間200試合以上観戦。気になるリーグや選手を取材し独自の視点で伝えるライターとしても活動している。記者が少なく情報が届かない大会などに自ら赴き、情報を必要とする人に発信する役割も担う。趣味は大学野球、社会人野球で逸材を見つける“仮想スカウティング”、面白いのに日の当たりづらいリーグや選手を太陽の下に引っ張り出すことを目標とする。

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