異色の経歴を持つ衛藤昂×飯田将之対談 陸上競技の可能性と見据えるセカンドキャリア(前編)
2016年のリオデジャネイロと今夏の東京と2度の五輪に出場した走高跳の衛藤昂選手は、セカンドキャリアを考えながら活動している。そしてかつて110mハードルの国内トップレベル選手でありながら、陸上引退後に7人制ラグビーに転向した飯田将之選手。現在はラグビー選手の傍ら、スプリントコーチとして指導にも当たっている。
異色の経歴を歩んできた2選手のこれまでの活動を振り返りながら、陸上の可能性を語ってもらった。
26歳が選手キャリアの起点に
――まずはお二人の自己紹介をお願いします。
飯田 飯田将之と申します。私は元々110mハードルの実業団選手として、26歳まで競技をしていました。室伏広治さん(現:スポーツ庁長官)や末續慎吾さん(現:EAGLERUN所属)が所属していたミズノで活動をしていたのですが、4年目に戦力外通告を受けて辞めることになりました。
それを機に7人制ラグビーを始めています。現在はラグビー選手を続けながら、スプリントコーチとしても活動しています。
衛藤 衛藤昂と申します。1991年2月5日生まれの30歳で、三重県鈴鹿市で生まれ育ち、現在も鈴鹿市を拠点に競技を続けています。
現在3つの顔を持っていて、1つは会社員ということでAGF鈴鹿の社員として働いています。
またアスリートとしてハイジャンプ(走高跳)の選手として、夏の五輪に向けて奮闘しています(※取材は5月21日に実施)。
そして3つ目は学生で、グロービス経営大学院(名古屋校)の1年生で勉強しています。
なぜグロービスに通っているかというと、昨年東京五輪が延期になり緊急事態宣言が出ていた4、5月にスポーツと自分の価値を見つめ直すことになりました。
競技を続けられてもあと1、2年というところだったので、「競技で得た経験をそのまま終わらせるのはもったいないな」と以前から思っていたのですが、どうすれば良いか分かりませんでした。
このキャリアをビジネスの世界で再現性のあるものにしたいと思っていたところ、グロービスと出会い、入学を決意しました。
これまでずっとスポーツに携わってきたので、競技経験を生かした仕組み作りができたらな、と。
話は変わりますが、実は私も学生までは110mハードルと走高跳をしていたので、ハードルはすごく大好きです。
――ハードルは共通項だったのですね。陸上から次の世界に進んでいる飯田さんに対して衛藤さんが気になることがあるかと思いますので、対談いただければと思います。
衛藤 26歳で競技から転向されたということですが、まだ身体が動く年齢だったかと思います。
飯田 25歳のときに自己ベストを出していて、「まだ陸上選手としてもやれる」と思っていました。ですが実業団に所属をしていたので、「結果を残さないと」というプレッシャーがありました。
また自分が結果を残せていないことに対して、陸上が嫌になってしまった。そこで他の競技を視野に入れ始めていました。まだ身体は動く状態だったので、何かをしたいという気持ちはありました。
衛藤 私も実経験として、単純に競技レベルを追い求めているだけで良いのかなと感じた瞬間があって、それが26歳だったんです。そのあたりからモヤモヤし始めて、2020年にコロナが蔓延して…。そして今グロービスに入って勉強し直して、少しずつ方向性が見えてきました。
単純に競技で結果を追い求めることへの違和感は感じていましたか?
飯田 22歳から26歳にミズノに所属をしたときは全然気付けませんでした。その頃は日本で一番になることが全てという考えでいました。
「競技レベルだけ追い求めることで本当に良いのか」と感じ始めたのは、ラグビーを始めて4年が経った30歳くらいのときでしょうか。
ラグビーで東京五輪を目指す中で、一つのことにとらわれて周りが見えなくなってしまうことに気付きました。五輪出場は大事なことなのですが、人生はそれだけではないと感じていました。
「陸上はアマチュアで続ける選手が少ないと思います」
衛藤 私はまだ陸上界から離れたことがないのですが、外から見た陸上界はどのようなものでしょうか?
飯田 陸上は実業団に進まない選手、進めない選手は競技を辞めてしまうことが多い。一人でトレーニングができる競技にも関わらず、大学で一区切りにして辞める人が多いと感じています。
実際、大学の同期に関東インカレや日本インカレで優勝した選手もいましたが、やはり競技を続けたのは実業団に進んだ選手だけ。
「仕事をしながら、競技アスリートとしても続けられるのに」と感じていて、実業団に進まない=辞めるという白か黒かではないですけど、そういう状況にあると感じています。
あとは社会に出たときの受け皿が少ないのは衛藤さんも感じていると思います。
衛藤 ラグビーであればいろんな選択肢があるのですか?
飯田 仕事をしながらクラブチームに入って続けて、そこから実力を付けてトップリーグに上がった知り合いもいて、それを間近に見ていて「アマチュアでスポーツを続けながらトップの世界にもいけるんだ」と感じました。
でもそれは競技を続けていないとできないことであって、陸上の場合、大学卒業後は終わりか実業団で続けるのほぼ二択。アマチュアで続けることは少ないのかなと感じました。
衛藤 選択肢が少ないのは確かですが、続けるときに1人で練習できるところはいい部分だと思います。
飯田 自分のスケジュールで練習ができるということはすごくいいなと思います。
ラグビーだと仲間がいないとできないプレーはありますが、陸上は一人でトレーニングができるので強みだと思います。
衛藤 社会人で続けることに対して、本当はうまくできる方法があるのにできていないのは、そうした空気感があるのかもしれないですね。
飯田 大学4年の最後の大会で自己ベストを出した選手がいて、結局その人も大学卒業後に実業団に入れないからということで辞めていました。「もったいないな」と思いますよね。
あとラグビーをして思ったことなのですが、陸上の実業団に進んだ選手の多くは大学の先生にコーチングをしてもらうじゃないですか?その際、お金はもらわないですよね。
ほとんどの選手はお金を払わず、大学の先生もボランティアで指導をしていることが多い。
でもラグビーのトップリーグはお金をもらわないコーチは存在しません。そこは陸上界特有なのかなと思います。価値のあることを無料で伝えるのはどうなのかなと感じます。
衛藤 ラグビーのコーチの所属はどこになるのですか?
飯田 トップリーグであれば、例えばコンディショニングコーチは年契約で派遣されています。専属のコーチもいますが、委託が多いです。
チームがお金を払い、コーチは自分の仕事を全うしています。無料のコーチはいないですね。
衛藤 なるほど。私も外の世界を見るべきだと感じています。
飯田 無料で指導をするということは走る技術を伝えることの価値を高められないと思います。指導に対して価値を上げ切れていないのが陸上界かなと。
アメリカであればプロのコーチが多く存在しますが、日本は特に短距離がこうしたケースが多いなと感じています。