「5年ごとのジンクス」を超える。そのために下した決断と覚悟とは。アビスパ福岡・川森敬史社長に聞く
「物事には『賭けるべき時』というのが、あるようですね。Jリーグ全体をみてみると、アビスパより大きな予算や強化費でありながら、現在下位に甘んじて降格の危機を迎えているチームもあり、J1リーグの難しさを感じるシーズンになっています。確かに今は新型コロナウイルスなどで厳しい時期ですが、アビスパ福岡にとってはJ1で戦っている「今」が『賭けるべき時』なのでしょうね。」インタビューの終盤にこう話したのが、アビスパ福岡の川森敬史社長だった。
新型コロナウイルスによる様々な影響を受けた2021年、J1で戦うことになったアビスパ福岡。過去に同チームはJ1でのプレー1年、J2でのプレー4年という周期を繰り返していた。これが「5年ごとのジンクス」と呼ばれているものである。
しかし、今年は10月16日に来シーズンのJ1残留が決定し、この「5年ごとのジンクス」に終止符を打つこととなった。そして今回「J1定着大作戦」と名付けたクラウドファンディングを実施することになった。
今シーズンの現時点までの振り返りと、今回のクラウドファンディングについて、アビスパ福岡の川森社長に話を伺うことができた。
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チーム内の一体感が強まった2021年
今季J1でプレーしているアビスパ福岡ですが、川森社長の目から見て、ここまでの戦いぶりにどのような印象をお持ちでしょうか?
「今季はチームの首脳陣と選手の一体感が、非常に強いシーズンとなっていますね。そのことがゲームでも良い影響を与えていると思います。でも、このチームの一体感というのは、オフ・ザ・ピッチの場所でも見られることなんです。
というのも、今年プレーしている外国籍選手の多くは、新型コロナウイルスの影響で母国から家族を連れて来られず、日本に一人で来てプレーしています。それを知るアビスパの選手たちが、そうした外国籍選手たちに深い思いやりを示しているんです。
思いやりと言うのは、強さの一つの現われだと私は考えています。そうした強さが現れるようになったことが、ひとつの特徴かなと思います。」
アビスパ福岡は、昨年もスポチュニティを通じてクラウドファンディングを実施し、トータルで2,000万円以上の支援を得られていますね。
「はい。昨年スポチュニティさんで実施させていただいたクラウドファンディングでの応募は2,560万円ほどありました。皆様のファンディングに感謝しております。しかしその後の返礼品をお届けするのに時間がかかったり、間違った返礼品を送ってしまったりといった不手際があったんです。そのため、ご支援いただいた方に大きなご迷惑をおかけしてしまいました。」
過去の苦い経験から生まれた、J1で戦うチームとしての覚悟
今回スポチュニティで実施するアビスパ福岡のクラウドファンディングには、「J1定着大作戦」というサブタイトルが付いています。多分、アビスパ福岡は、「J1に上がる難しさ」と「J1で戦い続けることの難しさ」を、身をもって感じているチームだと思います。その2つの難しさの違いは、どのような点にあると考えられますか?
「前回、2015年にJ1昇格を決めた時と比較すると、昨年(2020年)のJ1昇格決定後は、非常に落ちついた冷静なものになっていますね。
実は2015年の時には自分たちも周囲も、「このままJ1でも十分に戦うことができるんじゃないか」と思ってしまうほどの盛り上がりだったんです。でも、いざ2016年のシーズンが始まってみると、なかなか思うように勝てず、その年のシーズンが終わるとJ2に戻ることになってしまいました。内容は都度違いますが、アビスパは過去3回こうした経験をしています。
ただ、今までの降格経験が、今回のJ1昇格時にクラブの経験値を上げたのも事実です。例えば今回は、J1へ上がった時に予算がどのくらい必要なのかを具体的に考えることができました。実際に2020年と比べると今年はクラブの予算を7億円ほど増額しています。こうしたことも、過去の昇格・降格の経験があり、もう絶対に繰り返してはいけないと、反省することができたからです。
そして経営面で見ると、J2で戦う時とJ1で戦う時の違いの一つが、「強化費」なんですね。J1で戦い続けるには、J1に上がる時以上の「強化費」が必要になるんです。
この強化費を増やすための一つの方法が、先日発表した「2022シーズン年間シートの値上げ」でした。九州地区のJリーグクラブなど、他のJ1チームと慎重に比較して、アビスパのホームゲームでのチケット代を席種によっては倍近く上げる決断をしました。
この直後に福岡で試合があったのですが、一部のサポーターの方から、この値上げについていろいろなご質問やご意見をいただきました。サポーターの中には「もうアビスパを応援しない」と言う方もいらっしゃり、私もスタジアムで直接対応させていただいたりしました。
こうした出来事のあと、アビスパ福岡の公式YouTubeチャンネルにて、来年用の年間シートである個人パスの値上げの背景や、皆様から寄せられた質問に対しての回答をライブ配信いたしました。すると、前日の試合に勝利したこともあり、発売後24時間で800件、金額にすると5,000万円を超えるお申込みがありました。もちろんこの記録はクラブ新記録となりました。
今回の反省点として、サポーターの皆様に適切なタイミングで必要な情報をお伝えすることの大事さを、今一度強く感じました。チケット代や個人パスの値上げを限られた情報の中で知らされると、やはり反対されるサポーターの方もいらっしゃいます。この学びは、今後の糧にしたいと思います。
実は、そんな出来事の中、クラブのスタッフの中には、チケット代や個人パスの値上げに関連して厳しいことを言われ、悲しい思いをした者も少なくありません。そのためサポーターの前に立って、顔を出して話すことに躊躇してしまうスタッフもいました。
でも、そうしたスタッフも最終的には腹を決めて、値上げ発表後の試合でスタジアムにご来場されるファン・サポーターの皆様を笑顔でお迎えし、公式Youtubeチャンネルの配信の際も、一緒に説明をしてくれたんですね。
今回のクラウドファンディング以外にも、クラブはJ1に必要な資金確保と、コロナ禍の減収分をリカバリーするため、例年にない様々な形で事業をしています。しかし、クラブの運営スタッフの人数自体は昨年とほとんど変わらないので、私も含めて幹部も総出でいろいろ工夫をして業務効率を上げてはいますが、それでもやはり一人あたりの業務タスクは増えているんですね。スタッフによっては慣れない業務にも勇気を出して取り組んでおり、みんなアビスパ福岡のために必死に頑張ってくれています。
やはり、長くJ1で戦い続けている強豪クラブは、経営面からみても本当に優れた運営をされています。そのクラブ運営という面でも、J2とJ1は本当に違うものですし、アビスパも追いつきそして追い越していきたいと思っているんです。」
重い決断だったクラウドファンディング
では、今回のクラウドファンディングは、今後のアビスパ福岡において、どんな役割を果たしてほしいと川森社長は考えていらっしゃるのでしょうか。
本来であれば、そして平時であれば、チケット収入やクラブの経営などで利益をあげて、それで強化費を捻出するのがベストだと思います。でも、この2年ほどは新型コロナウイルスの影響などもあり、平時ではなく有事なんだと思います。
そのため、今回のクラウドファンディングは、有事の時の手段であると私自身は考えています。クラブの経営を通してチームの勝率をあげること、さらに『共に大きく、そして強く』なるための有事の手段の一つとして考えています。」
お話を伺うと、今回のクラウドファンディングは、アビスパ福岡にとって重い決断であったことがよくわかります。
「その通りです。今回のクラウドファンディングは、最後の手段の一つと考えています。こうした形でご支援をしていただけることが『当たり前』であるという認識は、私共はまったく持っておりません。」
かつてアビスパ福岡のアカデミーに所属し、現在ではプレミアリーグ・アーセナルFCでプレーする冨安健洋選手が「引退する時にはアビスパ福岡で引退したい」とコメントしていたことがありました。冨安選手のような世界で活躍する選手を育てる場としてアビスパが成長する計画は、今後のクラブの戦略にありますか。
「はい。チームの人件費というのは、クラブのトップチームのものだけではありません。アカデミーはもちろん、子どもたちがプレーするサッカースクールのものでもあるんです。そうしたところに最適な環境を整えて、充実した人材を送るためにも、チーム人件費が必要ですから」
アビスパ福岡にとって、2021年は「5年ごとのジンクス」を破った記念すべきシーズンとなった。この大きな要因の一つは、強化費の増加をはじめとして「J1 で戦い続ける」ためにクラブが下した数々の「決断」と、変化への「覚悟」ではないだろうか。
そして、今回のクラウドファンディングも「J1で戦い続けるクラブになる」という、アビスパ福岡の「覚悟」の現れといえるだろう。
(取材/文 對馬由佳理)