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「全試合投げる」前日本ハム・秋吉、NPB復帰への覚悟〜独立L福井、33歳の男たちの挑戦(前編)

野球の独立リーグ・ルートインBCリーグから分離して2022シーズンに新設された日本海オセアンリーグ(以下、NOL)の開幕が4月2日に迫った。北陸・近畿地方の4チームがどんな戦いを繰り広げるか注目が集まるが、なかでも気になるのが新リーグ開設に伴って誕生した新球団・福井ネクサスエレファンツだ。県民に愛された福井ミラクルエレファンツは2019年に消滅。その後、福井に生まれたワイルドラプターズもわずか2年で解散し、今季から福井ネクサスエレファンツ(以下、福井)として、新たに生まれ変わった。

福井の新たな挑戦を取材すると、新球団のキーマンが見えてきた。生まれたばかりの若いチームのカギを握っているのは、いずれも33歳の2人の男たちだ。1人目は、昨季まで日本ハムでプレーした秋吉亮投手。新天地に懸ける思いを聞いた。

日本代表から4年、まさかの自由契約に

昨季までNPB(日本野球機構)の第一線で活躍していた秋吉が、独立リーグで新たな戦いに挑む。

福井のために試合でしっかり投げて、お客さんに見てもらうことが一番。試合で結果を出せば、福井のためにもなると思うし、試合を見に来る人も増える。結果を出せば、NPBにも戻れるかもしれない」

ドラフト3位で2014年にヤクルトへ入団すると、1年目から中継ぎとして61試合に登板。2年目の2015年には己最多の74登板で、チームのリーグ優勝に貢献した。主に勝ちパターンで起用されるセットアッパーとして活躍し、2017年WBC(ワールドベースボールクラシック)の日本代表にも選出された。2019年には日本ハムに移籍し、昨季までの8年間で379試合に登板。野球界の最高峰の舞台で戦ってきた。

だが、昨季は自己ワーストの10登板。昨年11月16日、日本ハムの稲葉篤紀GMから契約を更新せず、自由契約とする旨を伝えられた。

「ショックでしたね。その後、他球団から話が来るかなと思ったけど、それもなくて。自分としてはまだやりたい気持ちがあったので、12月まで話を待っていたんですけど…。独立リーグでもう一回頑張って、NPBを目指すしかないという気持ちになりました」

12月も半ばに差し掛かると、悔しさを噛みしめながらも、独立リーグで戦う覚悟を決めた。福井からオファーが入ったのは、そんな時だった。

練習で投球を行う福井ネクサスエレファンツ・秋吉亮投手
練習で投球を行う福井ネクサスエレファンツ・秋吉亮投手

福井入団、決め手は「同い年の球団社長」

秋吉にオファーの電話をかけたのは、同じ1988年生まれの篠田朗樹球団社長だった。

「同学年だから話しやすくて、普通に話してる感じでした。他の球団の社長だったらすごく年上の人で、ひたすら聞く感じだと思うんですけど。色々と話すなかで、(福井には)NPBを経験した選手がいないというのもいいなと。若い子に自分の経験を教えてあげたいと思いました」

篠田社長は新球団設立にあたり、大物選手の獲得を目指していた。だが、篠田氏が見ていたのは、実績だけではなかった。福井ネクサスエレファンツは、福井県民から憧れられるチームでありたい。そんな思いから、選手を集める際には人間性も重視。様々な関係者から秋吉が人格者であることを聞き、勧誘を決意し、ラブコールを送った。

独立リーグの他の球団からも誘いがあったが、篠田社長の熱い思いに触れて、秋吉は福井入りを決断。篠田社長は「めちゃくちゃ嬉しかったです。正直、ダメ元で声をかけていて。来てくれたらラッキーというくらいだったので。これだけ実績があって、今もバリバリな方が独立リーグに来るのは絶対ありえないと思っていました」と本音を口にした。

秋吉は2月12日にチームに合流。ミーティングでは「自分もみんなと同じ気持ちだよ。NPBに行きたいと思ってるから。NPBに行けるように、一緒にがんばりましょう」とあいさつした。

福井ネクサスエレファンツの秋吉亮投手(左)と篠田朗樹球団社長(右)

憧れの22番を背負う

新天地では気持ちも新たに戦っていく。背番号はヤクルト、日本ハム時代に付けたことのない「22」。プロ入り前から憧れているヤクルト・高津臣吾監督のトレードマークでもある番号を背負う。

「これまで高校、大学、社会人含めて『22』は一度も付けたことなかったので、うれしい。高津さんの背番号を付けたい思いはずっとありました」

高校時代に投手を始めた時から、秋吉にとって「投手・高津」は目指すべき理想像だった。自身が高津監督と同じサイドスローだったため、動画で投球フォームを徹底研究。2014年にヤクルトに入団すると、当時投手コーチだった高津監督と師弟関係に。2年目の春季キャンプで特訓を受け、左打者に対して落ちながら外角に逃げるシンカーを習得。勝負球スライダーに加え、シンカーが武器になったことで、日本を代表するリリーフに成長した。

「今もずっと僕のことを見てくれていて、本当にありがたいです。背番号『22』を発表した後、高津さんから『22は重すぎじゃねえか』ってLINEきて(笑)。『頑張れ。いつも見てるから』と言ってくれたので、頑張るしかないです」と決意を新たにした。

練習で投球を行う福井ネクサスエレファンツ・秋吉亮投手

自分のために、福井のために

秋吉の最大の目標はNPB復帰。だが、頭の中にあるのは自身のことだけではない。「みんなでレベルアップしないといけない。みんなプロ(NPB)に行く可能性はあるわけなので、自分だけが行くんじゃなくて、みんな来てくれたら嬉しいなと。1人でも2人でも多くNPBに来てくれたら自分が福井に来た意味があると思う」

篠田球団社長は同学年右腕をこう絶賛する。

「生きた最高の教材。ただ、それ以上に人として魅力的で、めちゃくちゃいい人なんですよ。本当に選手に優しいし、すごく熱心に教えてくれる」

練習中、秋吉の周りにはNPBを夢見る若手選手たちが囲むようにして集まる。スクワットをやる際に骨盤をしっかり立てること、トレーニング時の呼吸の仕方など基礎から指導。「聞かれたら絶対に教えるし、自分が見ていて、気づいたことがあれば言うようにしてます。一緒にトレーニングをしていて、まだまだ伸び代はあると感じます」。開幕後は中継ぎの調整の仕方など、実践的な内容も含めて8年間の経験を惜しみなく伝えていく。

開幕戦は4月2日の滋賀戦。地元ファンに向けて「福井のために全試合投げる気でいます。野球で福井を盛り上げていければいいですし、たくさんの人に見にきてもらえるとすごくうれしいです。自分の一番の持ち味はスライダー。コーナーに投げ分けるスライダーのコントロールを見てほしい」とアピールした。

「絶対にこの1年間でNPBに戻りたい。体も全然元気ですし、まだまだやれるという気持ちはあります。とにかく結果を出すだけ。1点もやらない気持ちで投げる。ヒットを打たれることはあるかもしれないけど、ゼロを目指してやるだけ」

33歳右腕の新天地・福井で躍動する1年が幕を開ける。

(取材・文/岡村幸治、写真提供/福井ネクサスエレファンツ)

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