連続完封の武蔵大・田中、松崎と4年生の新米キャッチャー斉藤

 春の訪れと共に幕を開けた首都大学野球春季リーグ戦も、折り返し地点を過ぎた。たくさんのドラマが生まれた前半戦で特に印象的だったシーンのひとつが、武蔵大の田中啓斗投手(3年・日大二)と松崎公亮投手(2年・聖徳学園)の連続完封だ。 

 投げたがりの田中、自信をつけて変身した松崎、そしてそのふたりの球を捕るのは昨秋まで外野手だった斉藤北斗捕手(4年・日大鶴ケ丘)と、バラエティーに富んだ武蔵大バッテリーに迫る。 

出場機会を求めて、チームを勝たせるキャッチャーに 

 2021年秋、武蔵大はリーグ戦2位という成績で横浜市長杯争奪関東地区大学選手権大会(以下、関東大会)に駒を進めた。会場である横浜スタジアムは、カメラマン席からダグアウトの中がよく見える。武蔵大の試合中、ある選手の動きに興味を惹かれた。 

 守備につくチームメイトをあだ名で呼びながら、よく通る声で打者の情報を伝えていく。「このバッターは逆方向が多いからリンダ(林田)かカッチー(片山)に打球がいくよ!」「このバッターはバントが多いよ!」。声の主である背番号9を選手登録簿で確認してみると、斉藤北斗とあった。代打や守備固めで、試合終盤に出場することの多い強肩外野手だ。相手は、普段対戦機会のない千葉経済大。捕手でもないのに、選手のデータを全部頭に入れてきたのだろうか。ずっと声を出し続けている姿が印象的で、この日の観戦メモに斉藤の名前を残した。 

 そしてこの春、意外な選手から斉藤の名を聞くこととなった。投手の松崎公亮だ。「(新チームになり)キャッチャーが斉藤さんになったんですよ。アドバイスをたくさんいただけるので、いろいろ考えて投げるようになりました」制球が安定し、完封までできるようになった要因を話していく中で出てきた言葉だった。 

 昨秋まで外野手だったはずの斉藤が、今春はなんと正捕手として試合に出ていた。これまでの野球人生で捕手の経験は、高校3年の春の大会が終わったあとから夏の大会が終わるまでの3ヵ月のみだという。そんな斉藤が、最終学年で捕手への転向に踏み切ったのはなぜだろうか。 

今春、捕手デビューをした斉藤北斗

 武蔵大の外野には1年春から全イニング出場を続けている松下豪佑(4年・佼成学園)を筆頭に、俊足で守備範囲の広い茂木陸(2年・星槎国際湘南)など、攻守に長けている選手がたくさんいる。もちろん斉藤もチームに必要な存在ではあるが、先発出場の機会はなかなか訪れなかった。3年春のリーグ戦が終わったころから、密かに捕手の練習を始めた。「このまま外野手でいても試合に出ることはできないなと思いましたし、キャッチャーとしてどうしてもチームを勝たせたいという思いがありました」。 

 捕手としてやっていきたい、そう思ってからは相手チームのデータを見て自分だったらどうするかを考えるようになった。昨秋の関東大会であれほどの情報が頭に入っていたのも、そんな思いからだった。 

 そして新チームになったタイミングで、斉藤は本格的に捕手としての道を歩み始めた。「外野手のときは自分が守る、自分が打つということしか考えていなかったのですが、キャッチャーは全体を見なきゃいけない。周りに目を向けるという面では以前とは全然違いますね」と、意識も大きく変わった。 

 何よりも投手と呼吸を合わせることが大切なポジションだ。捕手になって一番難しかったことに「投手と信頼関係を築くこと」を挙げた。「ストッピングやスローイングなどの技術はもちろんですけど、キャッチャー歴が短くピッチャーからの信頼が少ないので、とにかくピッチャーとコミュニケーションをとるようにしました。ブルペンでも積極的に受けて、こうした方がいいよという会話を増やして信頼を築いていきました」。

 取材での受け答えを聴く限り、斉藤は比較的早い段階で投手陣から信頼されるようになったのではないかと想像できた。投手ひとりひとりの強みや特徴を尋ねると、どの投手についても言いよどむことなくスラスラと答えていく。頭の中にあることを言葉でわかりやすく説明するのは、簡単なようで難しい。それができるということは、よほどしっかりと各投手の情報が整理されているのだろう。松崎が斉藤に信頼を寄せるのも、まっすぐ向き合ってくれているという実感があるからではないだろうか。 

投手をしっかり引っ張っている

 山口亮監督も「野球の頭もいいですし、声も出せますし、投手をしっかり引っ張ってくれている。周りも信頼していますよね。キャッチャーとしてチームの中心にいて、すごくいい働きをしてくれていると思います」と、新米捕手を高く評価する。 

 取材が終わると、律義に「貴重なお時間ありがとうございました。失礼いたします」と頭を下げて去っていった斉藤。その背中は、とても頼もしく見えた。 

先発で投げたいという強い思い 

 新チーム発足後、土日のオープン戦ではリーグ戦を想定し、土曜日に田中啓斗、日曜日は松崎公亮が先発してリズムを作ってきた。 

 開幕投手を任された田中の強みについて、捕手の斉藤は「まっすぐの強さはもちろんですが、それ以上にカットボールやスプリットなどの速い変化球がすごく上手です。でもそれだけではなく、カーブもスライダーも投げられて、たとえばカウントがノースリーになっても、どんな球でもカウントをとれてどんな球でも勝負球にできる。その器用さが彼のすごいところだと思います」と話す。それに加えて、田中自身は「ピンチのときの気持ちの強さが一番の武器」と言う。さらには、肉体的なタフさもある。 

 昨年春のリーグ戦では、勝負がつかないまま延長戦に突入し降板したため完封勝利とはならなかったが、9回無失点という投球を見せたことがあった。秋は「困ったら田中啓斗」と言っても過言ではないくらい、ブルペンを支えた。関東大会前に短期決戦での投手起用について指揮官に尋ねると「田中がずっと先発したいと言っているので、投げさせようと思っています」という答えが返ってきた。指揮官の言葉通り、田中は千葉経済大戦で先発登板し、7回3失点の好投を見せた。 

 「投げることが大好き」だと言う。球数を多く投げ込む中で調整を進める投手で、オープン戦では自ら「150球まで投げさせてください」と志願するほどだ。投げたあとのケアもアイシングと軽いダウンくらいだが、今まで故障をしたことはない。 

先発にこだわりを持つ田中啓斗投手

 監督が土日しか来られない環境である武蔵大の選手たちは、日々の練習メニューを自分たちで決める。お互いフォームなどをチェックし合い、意見交換をして技術の向上につなげていく。昨秋の関東大会が終わってから春のリーグ戦に向けて、田中はストレートとスプリットを磨いた。握り方、投げ方、体の溜め方を考えながら練習を繰り返すと、スプリットの精度は格段に上がった。 

 投球の幅を広げて臨んだ開幕戦。帝京大に8回1失点という内容で勝ち投手となると、次の週の筑波大戦では119球を投げ大学初完封を果たした。試合後、山口監督は昨年までエースだった山内大輔投手(現・トヨタ自動車)の名前を出し「山内と一緒で、投げたい投げたいと言うんですよ。いかせてくれと言うので、いけるなら自信を持っていってこいと。もちろん状況にもよりますけど、彼のことはいつも信頼して最後まで送り出す気持ちでいます」と田中への思いを語った。 

 囲み取材を受ける田中を見ていて「ぶれない男」という印象を持った。特にそれを感じたのは、ある記者に「先輩の山内投手に憧れはあるか」と訊かれたときだった。この手の質問は「憧れの投手はいるか」のような自分で答えを選択できる質問と違い、ある意味答えるのが難しい。仮にタイプ的に違う投手を目標にしていたとしてもここで「いいえ」と答えると先輩に失礼な気がするし、少し考えたのちだいたいの選手が「はい」と答えることになる。 

 だが、田中は「越えたいな、と思っています」と言った。憧れに対しては「はい」とも「いいえ」とも答えていないが「越える=上にいる尊敬すべき存在」との配慮は感じる、絶妙な言葉だった。質問に誘導されることなく常に自分の言葉で自分の考えを述べる、そんな芯の強さを感じた。 

力強いストレートと多彩な変化球を操る

 改めて捕手の斉藤に、田中ははっきりと意思表示をする性格かと訊いてみると「そうですね、めちゃめちゃはっきりしています。嫌なことは嫌だって、僕のサインにも力強く首を振りますし」と笑わせてくれた。 

 力強いストレートに多彩な変化球、強い気持ちと強い体。田中は、これからも力強くチームを引っ張っていくことだろう。 

3完投2完封1失点、コントロールの改善で大化け 

 田中とは真逆で、斉藤の出すすべてのサインに素直に頷くのが松崎公亮だ。 

 1年前の春。武蔵大に入学したばかりの松崎は、東海大を相手に8回2失点(1自責点)と堂々のデビューを飾った。試合後「(東海大は)甲子園に出ている人たちばかりで、自分からしたら超スーパースターじゃないですか」と、無邪気に話していたことを覚えている。 

 その後は、完璧な投球をする日もあれば、四死球を連発して1つもアウトをとれずに降板する日もあった。田中のように「投げたい」という積極性があるタイプでもなく、難しい局面になると簡単にマウンドを譲っていた。まだ1年生だ。無理なく4年かけて育っていけばいい。そう思いたくても、見え隠れするポテンシャルの高さが魅力的過ぎて、早く開花した松崎を見たいという欲望が抑えられなかった人も少なくないのではないだろうか。 

ひと冬越えて大きく成長した姿を見せた松崎公亮投手

 今春の開幕週は先発予定の試合が雨で流れ、第2週の筑波大戦が松崎の初登板となった。前日、田中が完封していた。「防御率トップをとりたい」と言っていた松崎。田中に負けてはいられなかった。終わってみれば、122球を投げ8安打1四球の完封勝利。投球の端々に昨年からの成長を感じた。 

 まず、昨年よりも球種が増えていた。大学入学時にストライクの入らない変化球を捨て、得意のスライダーと大学に入ってから覚えたスプリットのみで勝負していたが、今年はカーブ、チェンジアップ、フォークと高校時代に投げていた球種も精度を上げて復活させていた。 

 そして、四球がわずか1と制球が大幅に良くなっていた。昨年は、制球のいいときと悪いときの差が激しく、なかなかストライクが入らずに降板することもあった。チームの柱となる投手になるためには、早急に取り組まなければならない課題だった。 

 スクワットや、SNSで調べたトレーニングを日々のメニューに加え、下半身の強化に力を入れた。周りから「体が大きくなった」と言われるようになった。フォーム自体は少しも変えていないのに、投球の安定感が増していった。 

 そして、監督とも話し、オープン戦で4イニング投げるごとに1つ四死球を出したらポール間を10本走るなどのペナルティーを自分に課した。これも驚くほど効果があり、徐々に四死球を出さなくなっていった。 

 下半身がしっかりし、制球も良くなり、使える変化球も増えた。ここに加わった最後のピースが「意識の変化」だった。斉藤とバッテリーを組むようになり、いろいろとアドバイスをもらう中で「クリーンアップに対しては、変化球でストライクがとれたあとはボール球でもいい」というように、場面ごとに自分でもきちんと考えて投げるようになった。松崎は、この意識の変化が今の安定感のある投球の一番の要因だと話した。

 周りから「ナイスピッチング」と声をかけられたり「このチームには松崎の力が必要」と言われたことで、自分の投球に自信と責任も生まれた。「チームを勝たせるためにできるだけ長いイニングを投げたい」そう思うようになった。 

 その結果が、3完投2完封1失点だ。四球も3試合でわずか3と、ここまで圧倒的な投球を見せている。 

普段は穏やかな笑顔を見せているが、その奥には闘志を燃やす

 「高校までは学年ごとに違いがあるけど、大学はみんな同い年だと思っています」という不思議な感覚を持っている松崎。だからこそ、1年から4年の誰にも負けてはいられないそうだ。初優勝に向けて、腕を振り続ける。 

なるか? 初優勝 

 武蔵大は強力打線も売りのひとつだ。1~9番のどこからでも得点を挙げることができ、日替わりヒーローが生まれる。4番・松下豪佑外野手(4年・佼成学園)5番・林田庸内野手(4年・利府)が並ぶクリーンアップも破壊力がある。そこに今年、利光真之介外野手(1年・愛工大名電)が加わった。長打を打つことができ、ガッツ溢れる守備も魅力の新1年生だ。開幕から3番・レフトで出場、第3週には4番に抜擢された。 

「本当はずっと、初回に回ってくる3番に松下を置きたかったんですよ。でも4番を打てる人がいなかったので松下を4番にしていた。利光はここまで結果も出して雰囲気も出てきたので、松下と林田の間に置いておければと思いました」 

 指揮官の思惑通り、打線は繋がりを見せた。先週は体調不良でベンチ入りメンバーから外れた利光だったが、再び4番での出場もあるだろう。 

 投手の田中は「バッター陣は去年から試合に出ていた人たちが多いので、優勝はピッチャーの出来次第だと思っています。ピッチャー陣が頑張れば優勝できると思います」と力強く言っていた。 

 田中、松崎、そしてうしろに控えるブルペン陣とそれをリードする捕手・斉藤は、後半戦もチームを勝利に導けるか。ここから、さらに目が離せない戦いが始まる。 

好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいと思い、OLを辞め北海道から上京。 「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間200試合以上観戦。気になるリーグや選手を取材し独自の視点で伝えるライターとしても活動している。 大学野球、社会人野球を中心に、記者が少なく情報が届かない大会などに自ら赴き、情報を必要とする人に発信する役割も担う。 面白いのに日の当たりづらいリーグや選手を太陽の下に引っ張り出すことを目標とする。

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