ハンドボール・宮崎大輔―アースフレンズBM選手兼任監督として世界基準のチームを目指す(後編)
球団代表の山野勝行氏は、2021年6月に発足させたアースフレンズBMの初代選手兼監督を宮崎大輔氏に託した。2021年10月には日本ハンドボールリーグ(以下JHL)への参入が決定し、チーム発足からここまでは順調な歩みを見せている。
東京・神奈川を拠点とするアースフレンズBMが掲げる目標は、「世界で活躍する選手を輩出すること」「日本ハンドボール界を盛り上げること」だ。
そんななか、ハンドボール界のレジェンド・宮崎大輔氏は、チームに世界視点を植え付けるために日々奮闘している。そして彼は、選手として再びコートに立つことも諦めていない。
後編となる今回の記事では、宮崎大輔氏がチームを指導するうえで意識していることや、チーム・選手としての目標について尋ねた模様をお届けする。
※前編はこちら
世界基準のチームになるには?…自身の豊富な経験を指導に活かして
――監督としてチームを預かるうえで、普段どのようなことを中心に指導されているのでしょうか?
宮崎監督:「失敗を恐れない」ということです。これは、私のスペインリーグでの経験が活きています。当時、所属先の監督から「大輔は身長が低いけれど、お前のジャンプ力とスピードは誰にも負けていない。だから、そこの良さを試合でも発揮して欲しい」と言われました。
ただ、選手って2回シュートを止められると3回目に打つのが怖くなるんです。その恐怖心があると、自分のプレーができなくなって、結果的にスピードも遅くなるしジャンプの高さも低くなる。
スペインリーグでの試合中、まさに私はそのことを経験し、以降は試合に出してもらえなくなりました。その後、通訳を通じて次のことを監督から伝えられたんです。
「俺はお前のプレーを練習で見て評価している。だから、試合中は自分のパフォーマンスを出してもらわないと困る。3本続けてシュートを外そうが、俺がコートから外すまでは自分のプレーをしてくれ。シュートを外した原因は、試合中に考えることじゃないからベンチに座ったときに初めて考えろ」
この言葉を、私は今でも大切にしています。だからこそ、アースフレンズBMの選手たちにも失敗を恐れないでプレーして欲しい。そして、1人のミスに対してみんなでフォローし合えるチームを作っていきたいです。
――そうは言っても、ある程度は失敗を恐れてしまうものだと思うのですが、意識を変えることで恐怖心はなくなるのでしょうか?
失敗をゼロにすることは無理なので、私は「メンタルリハーサル」をやっています。例えば、試合でシュートを外す姿を事前にイメージする。そして、失敗してもすぐ切り替えられる言葉を自分のなかで作っておくんです。そうすることで、もし試合中に失敗しても切り替えがスムーズになる。
ただ、これを身に付けるには、事前にどれだけリハーサルできるかの準備が必要。逆に言うと、失敗を知らなきゃ駄目なんです。失敗したとしても改善すべき点が見つかったなら、それは選手にとってプラスの材料になります。
――まさに、豊富な経験から得たことをチームの選手にも伝えているのですね。技術面での指導で意識されていることはありますか?
宮崎監督:当たり前のことができるように、とにかく基本を大切にしています。ただ、この当たり前が難しい。当たり前にするには練習からの意識が大切で、長い時間をかけることで意識がそのうち無意識に変わります。そうすると、相手が試合中にどんなオフェンスやディフェンスをしてこようが、体が勝手に反応できるようになります。
例えば私が現役バリバリの頃、試合中のプレーを振り返りたくてもビデオで見返さないと細かな動きを思い出せないことがありました。そのくらい無意識にプレーできていたということですね。無意識に落とし込むには基本を繰り返す必要があるので、口うるさくても選手たちに言い続けなきゃいけないと思っています。
――世界を見てきた宮崎監督が、JHLで勝ち続けるチームにするうえで足りないと感じていることは何ですか?
宮崎監督:目標を高く持つことですね。例えば、私たちは大学生と練習試合をすることもあるのですが、そのとき「大学生相手にどんなプレーをすれば良いのか」を考えていても上の世界では勝てません。
だから私は「もしブンデスリーガ1位のチームと対戦したときはどうなるかを考えろ」と伝えています。そうすると「このポジショニングじゃ世界では勝てない」ということが、具体的に見えてくる。アースフレンズBMというチーム名にもあるように、志は高く世界一です。
――少し失礼な質問になるのですが、JHL参入が決まったばかりのチームで本当に世界一を目標に掲げてらっしゃるのでしょうか?
宮崎監督:はい。チームには常に「世界視点だ」と伝えています。「そんな動きだと、海外の選手と対峙したときには簡単に止められてしまうよ」と。なかには「変なことを言っているな」と思っている選手がいるかもしれません。
でも、意識が変わるまで伝え続けることが大切です。いずれ世界で戦うのなら、日頃から高い視点を持っておかないといけない。ただ、今は世界のクラブチームと戦える場所がないので、まずはアースフレンズBMから日本代表としてプレーする選手を出したいですね。
目標は「選手として再びJHLのコートに立つこと」…絶対諦めない覚悟で臨む
――ファンとしては、宮崎監督が選手としてコートに立っている姿を待ち望んでいると思います。選手・宮崎大輔としては、どのような目標を掲げているのでしょうか?
宮崎監督:私自身、選手としてのJHLへの復帰は4年振りとなります。ただ、2021年12月に手術をおこない、まだ完治できていない状況なので怪我を治すことが第一です。選手としては完全にマイナスからのスタート。
40歳という年齢もあってか怪我の回復が予想以上に遅れているので、ここから復帰に向けては相当な努力が必要だと思います。もし今シーズンで復帰の見通しが立たない場合、プレーヤーとしては引退するくらいの覚悟を持って挑んでいます。
――年齢の話が出ましたが、ご自身の体力面についてはどのように感じてらっしゃいますか?
宮崎監督:新型コロナウイルス感染の後遺症で「肺の調子がおかしい」と感じることがあって…。医師には何ともないと言われるのですが、いきなり息苦しくなることがあるんです。毎月タイムを計測している1kmのペース走では、ベスト記録より1分以上も遅くなってしまいました。
ただ、気持ちの面で負けてしまわないように「やれることを最後までチャレンジしよう」と思っています。経験からくるテクニックや試合の運び方に関しては、まだまだ他の選手にも負けないはず。
試合に出て1点でもゴールを決めれば、自身が持つリーグ歴代最多得点(フィールドゴール)の記録を更新できるので、早くコートに立ちたいですね。
ハンドボール競技が、メジャースポーツになることを夢見て
――日本のハンドボール業界全体に対して、宮崎監督が思うことはありますか?
宮崎監督:やはり、ハンドボールをもっとメジャーなスポーツにすることですね。私は20代前半の頃から「ハンドボールをどれだけ多くの方に知ってもらえるか」を常に意識してきました。
ただ、最初からそう思えていた訳ではなくて「なぜ休日に講習会へ行かなきゃいけないの?」「休めるときに休みたい」と思っていたんです。
そんな私の意識を変えてくれたのは、子どもたちの存在です。とある講習会で、練習環境に恵まれない子どもたちと出会いました。練習用のボールに穴が空いているから、ドリブルすると予期せぬ方向にボールが転がる。
でも、講習会後に「もっと上手くなりたいのですが、どうすれば良いですか?」という質問がたくさん届きました。そのとき「ハンドボールの知名度をもっと上げて、子どもたちの環境を変えてあげたい」と感じたんです。
――宮崎監督は20代の頃からメディアにもたくさん出演されてきましたので、ハンドボールの知名度を上げるという意味では、十分貢献されているように思います。
宮崎監督:メディア出演に関しては、自分で営業しながら少しずつチャンスを掴んでいきました。日本代表選手としてプレーしていた頃、メディア関係の人から名刺をいただく機会があったんです。そこで私は必ず手紙を書き、100件近く送ったなかで3通だけ返事が届きました。
最初は、地方のラジオ番組に出演したことが始まりです。そこからテレビ・新聞関係の人を紹介していただくようになり、徐々にメディアで露出する機会が増えていきました。
――TBS系列で放送されていた「スポーツマンNo.1決定戦」で優勝されていた印象が強いですが、メディア出演の裏にはそのような努力があったのですね。
宮崎監督:実はスポーツマンNo.1決定戦も、私が出場できたのは奇跡に近いんです。1回目は、もともと出場予定だった選手が怪我をしたことにより、代わりに私が選ばれました。代役として名前を挙げてもらえたのは、それまで「出たい出たい」と私がしつこく番組関係者にアピールしていたからなんです。
運良く出場が叶って優勝できたのですが「2位だと視聴者は覚えてくれない。私の目標は1位しかない」と思い、かなり必死に頑張りました。その後は、ファンがハンドボールの試合にも足を運んでくださるようになり、プロになって初めて会場が満員で埋まる光景を目にしました。
――アースフレンズBMでの挑戦でも、多くの方に注目してもらえると良いですね。最後に、ファンのみなさんへ向けてハンドボールの魅力を伝えてください。
宮崎監督:ハンドボールは、アスリートとしての総合的な能力が問われるスポーツです。「走る・飛ぶ・投げる」の全ての動作で高い能力が求められ、コンタクトプレーがあるのでパワーもなくてはならない。さらに、60分間走り続ける体力も必要です。
だからこそ、私がスポーツマンNo.1決定戦で結果を残せたのだと思います。ファンのみなさんには、選手の総合的な能力の高さに、ぜひ注目していただきたいですね。
最初からハンドボールのルールを全て覚えるのは難しいと思うので、まずは会場にプレーを見に来て欲しいです。正直、東京の人でハンドボールに触れたことがある人は少ないと思います。
「ハンドボールを見てみたい」と思ってもらえるように、私たちもハンドボール教室や体験会を開催し、子どもたちから大人までハンドボールに触れる機会を増やしていきたいと思っています。
宮崎監督に将来の目標を尋ねると「今はとにかく、JHLで1勝することが最大の目標です」と返ってきた。
「今回のチャレンジで失敗したら、二度と同じようなチャンスは訪れない」
日本のハンドボール界を支えてきたレジェンドは今、強い覚悟を持ってアースフレンズBMでの戦いに挑んでいる。
(取材 / 文:ライター兼編集者 濵崎侃)
(写真提供:アースフレンズBM)
※宮崎大輔の「崎」は「立つ崎」が正式表記