この道しかない!夫婦でビリヤードのプロ選手として活躍する丸岡プロ夫妻(後編)
ビリヤードブームが日本で最初に起こったのは1986年。世界中にビリヤードブームを起こした映画「ハスラー2」が公開された年だ。ハスラーとは「掛け勝負師」の意味があり「プロビリヤード選手」とは大きく意味が違う。
実際のプロビリヤード選手はどんな競技生活を送っているのだろうか。コロナ禍は競技生活にどんな影響を及ぼしたのか。
前回に引き続き、ご夫婦でプロビリヤード選手として活躍されている丸岡良輔プロ、丸岡文子プロ(以下、良輔プロ、文子プロ)にお話を聞く。
軌道に乗った中で襲ったコロナウイルスの流行
店舗経営が軌道に乗っていく中で襲ってきたのがコロナウイルスの流行だ。一般的にイメージはないかもしれないが、ビリヤード場は飲食業に当たる。
基本的に夜のお客さんが多い。それなのに政府からの営業時間短縮要請で、20時に店を閉めなければいけない。普段だと立地に恵まれているはずのアロウズビリヤード。その立地が首を絞める。
「有難いことにアロウズビリヤードは首都圏にあって、店舗も1階にあって面積も広い。そうすると家賃が高くなるんです。給付金は家賃だけで吹っ飛びました」と二人が語る。
他にもダーツの通信費や人件費などの諸経費がかかる。首都圏にあるビリヤード店は家賃が高く、客層も常連客よりスポット利用する一般客が多い。店を閉めたビリヤード場も多かったと言う。
ただ、丸岡夫妻には店を閉める選択肢はなかった。「乗り切る」という覚悟を持っていたことが話す様子で分かる。
「本当に大変でしたけど耐えましたね。コロナ禍だとコロナ離婚とか聞きましたけど、うちはありませんでしたね。店舗経営して家に帰ってと普段からずっと一緒なので、コロナ禍でもまったく変わらなかったです」と文子プロ。
ちょっとした話の中にも夫婦の絆が垣間見える。
サラリーマンプロの練習場として
コロナ禍で困っていたのは店舗経営していたプロだけではない。ビリヤードの世界では、サラリーマンプロと呼ばれるプロ選手も苦境に立たされていた。良輔プロが教えてくれる。「実はプロと言っても、ビリヤードのプロだけで生活している人はほとんどいなくて、サラリーマンをやりながらプロ活動している選手が多いのが現状です」
ビリヤード場はサラリーマンプロ達にとっては練習場。早い時間に店が閉まると、彼らの練習場がなくなってしまう。「何年も練習できないのではプロとしてやっていけない。するとビリヤード業界全体がだめになってしまう。ですからお店を閉めた後に鍵を貸して、練習場として提供した時期もありました」。そうやって苦境の中協力しあった分、仲間との絆は深まったと話す。
コロナ禍を乗り越えて
コロナ禍で影響を受けたのは常連客も同じだった。「常連客の中には『ビリヤードやりたいよ』とメッセージをくれた方もいましたね。嬉しかったです」と文子プロ。「アロウズビリヤードでは常連客と一般客が5対5ぐらいなんです。コロナ禍が終わった後も常連客は来てくれていますね」
取材したこの日も常連客が次々にやってくる。文子プロが入って来た客に手を上げて答える。店と客の良い関係性がこんなところからもうかがえる。
アフターコロナとなって常連客が戻ってきて、店も活気を取り戻してきている。以前と比べ飲食を勧められなくなってしまった現在は、ビリヤードやダーツの魅力を伝える接客を心掛けている。
三足の草鞋を履く
丸岡夫妻は一児の親でもある。しかし、お店の営業時間は明け方まで続く。子育て、店舗経営、競技とどのように両立しているのか。どんなサイクルで生活をしているのかを聞いてみた。
「明け方まで働いて少し仮眠して、子供を学校に送り出して日中に寝ます。その生活に慣れてしまったので。どちらも同じように働いているので、子育ては半分半分でしています」と文子プロ。
週末には試合があり、首都圏以外の開催もある。「試合の時は実家が預かってくれています。実家の協力がないと試合に出るのは難しいですね。孫を可愛がってくれているんです。助かりますね」。文子プロの表情にじんわり優しい笑顔が浮かぶ。
子育て、店舗経営をしていると、練習時間として確保できる時間はない。お店のお客さんが少ない時間に練習したり、お客さんの相手をすることで練習に充てる。少ない時間の中で、課題を持ってショットを打つことにしているそうだ。
それでも、子育て、店舗経営、競技の両立は大変なのではという疑問は消えない。
文子プロの言葉に答えがあったように思う。「コロナ禍はお店を早く閉めなきゃいけないから、閉めた後に練習はできた。でも、経営が苦しいしメンタル的にもきつい。今、お客さんが戻ってきてくれて、店が忙しくなったら代わりに練習時間が減る。でも、ビリヤードはメンタルスポーツ。経営が良くないとメンタルバランスが取れた状態にはならない。練習時間が取れてビリヤード技術が上がるだけでは駄目なんです。プレー・経営・子育て、3つのバランスが取れている状態が私にとっていい状態。どれも大事なんです」
そうきっぱりと話す文子プロの横顔に、三足の草鞋を履く迷いがないのを感じた。
アフターコロナのビリヤード界
コロナ禍はビリヤード業界全体が苦しかった。アフターコロナとなり、ビリヤード界全体で大会を盛り上げようという機運が高まっているのを、丸岡夫妻は感じている。
「今は自分たちのことより、ビリヤード業界を盛り上げたい・大きくしたいと思っているんです。2022年はアロウズビリヤードで女子の試合を月1回開催しました。頑張った甲斐もあって、今年はビリヤード業界でも女子の大会数が増えています。昨年までは女子の試合が1年に3回だったのに、現在は1ヶ月に2回というペースに増えました。個人スポンサーも増えてきて、少しずつ盛り上がってきているのを感じます」
二人の口からは個人の目標よりも、ビリヤード業界を盛り上げたいという話が何度も口に出る。ご自分のことはいいんですかと聞くと「ビリヤード全体が盛り上がると最終的には私たちに戻ってくるじゃないですか」と返ってきた。
インタビュー当日は偶然にもプロが集まる練習会の日だった。現在はプロ同士の交流にも力を入れている。真剣だけど親しみを持って話し合うプロ達の姿は、素敵な光景に映った。
文子プロがそれを見てつぶやく。「みんながこうやって繋がればいいのに」。常連客、プロ仲間、他のビリヤード場で知り合った仲間、旅先で知り合った仲間と繋がり、輪を広げていった丸岡夫妻。確かにビリヤードには人を繋げる力があると思えた一日だった。
練習会、アマチュア・プロの試合開催など、丸岡夫妻の地道な活動が実を結びつつある。二人の活動がビリヤード界をどのように広げていくのか注目したい。
(取材/文 やすださとみ 写真提供/丸岡良輔・文子)