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都市対抗「北海道勢・通算100勝」に一歩前進、北海道ガスの1勝をきっかけに北海道全体の底上げを

 東京生まれ、東京育ち。60年もの時を過ごした土地を離れ、遥か北の北海道札幌市へ。北海道ガスの清水隆一監督は、2年目のシーズンを迎えた。 

 住み慣れた東京と大きく違うのは「冬」だ。札幌では11月下旬から雪が降りはじめ、12月には根雪になり、3月下旬~4月上旬頃に雪解けを迎える。野球部がグラウンドを使えるようになるのもこの時期だ。 

「去年は3月31日、今年は4月15日に初めて外で練習ができました。(東京では)もうスポニチ大会が始まっているのに、雪の中で冬眠しているような感じですね。こんなに季節感が違うんだと驚きです。実質、外では半年しか活動できないんですよね。そこが本州との一番の違いだと思っています」 

 3月上旬に開催されるスポニチ大会を皮切りに、社会人野球の一年は始まる。東京で熱い戦いが行われているそのとき、北海道では雪景色を横目に室内でもくもくと練習をしているということだ。 

 4月には北海道のチームも各地のJABA大会に出場しはじめ、5月下旬からは都市対抗野球大会の出場権をかけた北海道地区予選大会が始まる。「予選の頃はまだ寒くて、冬用のジャンパーを着ていたくらいでした」と、振り返る清水監督。

清水隆一監督

 その地区予選で優勝した北海道ガスは、2年連続2回目となる本大会出場を果たした。 

 全国大会という位置づけで言えば社会人野球日本選手権大会もあるが、こちらは主に全国各地で行われるJABA大会での優勝が出場条件であり、残りの出場チームを地区予選で決める。都市対抗は前年優勝チームのみ推薦出場が決まっており、それ以外のチームは地区予選を勝ち抜かなければ出場できない。さらに、出場チームは地区予選で敗退したチームから3人まで補強選手を加えることができるため、なおのことその地区を代表するメンバーで他地区の代表と戦うという側面が強くなる。 

 北海道代表チームは、1927年の第1回大会より98勝を積み上げてきた。節目の「北海道勢・通算100勝」まであと2勝だ。ところが、2016年にJR北海道が98勝目を挙げてから、足踏みが続いていた。北海道ガスも、初出場だった昨年は、東京都・セガサミーを前に初戦敗退。今年こそ6年ぶりの勝利、そして100勝を。北海道ガスには希望が託された。 

北海道ガスナインが「北海道勢・通算100勝」を意識した瞬間 

 正直なところ、北海道ガスの選手たちの多くは「北海道勢・通算100勝」に対して、あまり強い意識を持っていない印象だった。だが、それはとても自然なことだろう。 

 北海道の社会人野球界は、ここ数年で大きく変化した。近年の北海道野球を引っ張ってきたとも言えるJR北海道が、2016年をもって企業チームとしての活動を休止し、JR北海道硬式野球クラブとなった。当時は現・日本製鉄室蘭シャークスもクラブチームだったため、この時点で北海道の民間企業チームがゼロになってしまった。それにより、2017年・2018年とJABA北海道大会が東北大会と統合され、全国大会における北海道代表枠も統合の危機にさらされた。 

 それを救ったのが、北海道ガス硬式野球部の創設だった。当初は2019年を予定していたが、一年早め2018年に創設。室蘭シャークスも、同年にクラブチームから企業チームへと登録を変更し、北海道野球は新しい形でスタートを切った。2019年からはJABA北海道大会も復活。今は、北海道ガス、室蘭シャークス、航空自衛隊千歳、JR北海道クラブを中心に、企業・クラブ19チームがJABA北海道地区連盟に登録し、北海道の野球を盛り上げている。 

 そんな中で、北海道ガスはめきめきと力をつけていき、2021年には創設4年目にして都市対抗初出場を果たした。都市対抗では過去に優勝1回、準優勝5回という実績がある北海道代表だが、2017年からは初戦敗退が続いていた。北海道ガスの選手たちは、北海道代表が都市対抗で勝利する光景を知らないということだ。自チームも昨年は初戦敗退。あと2勝で届く「北海道勢・通算100勝」をイメージするには材料が乏しく、目の前の1勝が目標となるのが自然な流れだ。 

 ましてや、今年の1回戦の相手は、優勝候補とも言われていた川崎市・東芝。大城祐樹投手(4年目・桐蔭横浜大)も「北海道地区連盟の柳(俊之)会長にもあと2勝というのは言われていましたが、東芝さんが相手だったので2勝するなんて言えませんでした」と、正直な胸の内を話していた。その東芝に勝てたことで、大城をはじめ選手たちの口から「100勝を達成したい」という声が聞こえ始めた。 

北海道代表99勝のうち7勝は渡部勝美コーチが現役時代挙げたもの

 実は、北海道代表が積み上げた99勝のうち7勝は、北海道ガスの渡部勝美投手コーチが大昭和製紙北海道での現役時代に挙げたものだ。渡部コーチと大城はよく「俺は7勝している」「ここから7勝ですか」というやり取りをしていたという。0が1となったことで、大城にとっても勝利を重ねることに現実味が出てきたのだろう。「やっと1勝できたので、まずはあと6勝できるように頑張りたいと思います」と、先を見据えていた。 

 2回戦で広島市・JR西日本に敗れたことで、100勝は来年に持ち越されたが、清水監督は最後にこう語っていた。 

「今年は東芝さんと当たるというのが、我々にとって一番成長に繋がったと思うんですね。抽選で東芝さんと対戦が決まってから、選手たちが知恵を絞って対策を練ってきた。それが、相手が(JR西日本に)変わったときに、その対策までできなかったというのがあるかもしれません。いずれにしても今年は100勝を達成できなかった、それは事実です。でも来年以降どこかでする。そのために本人たちが課題を見つけていくという、もう来年に向けて始まっていると私の中では思っています」 

 対策を練る時間が約1ヵ月ある1回戦と違い、2回戦以降は次の試合まで数日、数時間しかない。北海道ガスは今年、1回戦に向けてしっかり準備をして勝つことができた。来年、今年以上の結果を求めるならば、次の段階は対策を練る時間がなくても勝てるだけの地力をつけることではないだろうか。 

 いやいや、来年100勝に挑むのは我々だと強い思いを持つのは、補強選手として今年の都市対抗に出場した室蘭シャークスの岩﨑巧投手(5年目・法政大)だ。北海道ガスの創設メンバーと同じ5年目というキャリアだが、まだまだフレッシュな印象の北海道ガスナインの中にいると、ひと際落ち着いた雰囲気に見える。2年目には自チームで出場した都市対抗で先発登板を経験しており、「北海道を背負う」という思いを人一倍大切にしている投手だ。 

 それは、室蘭シャークスと自分自身についてだけではなく、北海道の野球全体のことまで思考を巡らせているからに他ならない。岩﨑は、北海道の野球への思い、応援してくれるファンへの思いを丁寧に語った。次の章の最後で、その言葉を紹介したい。 

北海道野球ファンの視点と岩﨑が目指す北海道野球の底上げ 

 北海道の野球を熱心に応援し続けるファンがいる。シーズンを通して北海道のあちこち、時には北海道を飛び出してまで球場に足を運び、SNSでもその魅力を発信し続ける。同じチームを続けて観ていくことでしかわからないものはたくさんあり、どんな記者よりも多く試合を観ているファンの方が信頼できる知識を持っていることは往々にしてある。選手に直接取材し言葉を伝える記者の仕事と、温かくも鋭いファンの目線は、野球を応援する上でどちらも大切だと考える。 

 今回は、都市対抗に出場する北海道ガスを応援するため東京ドームを訪れていた、航空自衛隊千歳ファンの中村啓佑さんと、室蘭シャークスファンの日向寺みどりさんに話を訊いた。ふたりとも、自身の応援しているチームだけではなく北海道のあらゆるチームの試合を観戦している。北海道野球と共に過ごし、その変化を肌で感じてきた。

ステージにはてん太くん、スタンドの応援も力になる

 ここ数年、北海道の野球は盛り上がりを見せていたが、全国の舞台ではなかなか勝てなかった。 今年、北海道ガスが1回戦で戦うことになった東芝は、優勝候補と言われるほどチームの状態が良かった。北海道の野球ファンは、東芝と戦うことに不安を感じなかったのだろうか。 

「(ここ数年)都市対抗やJABA大会のたびに北海道地区と他地区の差を見せつけられてきたので、本戦の相手が初出場でも優勝候補でも胸を借りる立場に変わりはないと思っています」 

 そう、日向寺さんは淡々と話した。中村さんは、今年の北海道ガスについて「北海道で見ているときは他のチームより頭2つ3つ抜けていましたが、本戦に出てくるチームはどこの地区もそういうチーム。北ガスも本州のチームも一列に並んでいる」と、見ていた。そして、北海道ガスは東芝に1-0で勝利。北海道代表としては6年ぶりの勝利に、中村さんは「ただただ嬉しいです」と笑顔を見せた。 

 日向寺さんは「北ガス打線は道内では誰も手をつけられないほどの猛威を振るっていますが、東芝戦では犠飛の1点にとどまったので、これまでの北海道評『投手は良いがまったく打てない』から一歩進んで、やっと32チームのスタートラインに立つ戦いができたように感じました」と、中村さんより少しシビアな見方ではあるが「今までは、点差でみれば惜しいゲームも限りなく高い壁でした。それを北ガスが打破したというのは嬉しい」と声を弾ませた。

 北海道ガスの勝利だけではなく、自身が応援しているチームの選手が補強選手として活躍する姿を見られたことも嬉しかった。中村さんの応援する航空自衛隊千歳からは、古谷成海外野手(3年目・日本大)が走力と守備力を買われてチームに加わっていた。東芝戦では、8回裏の守備で寺田和史外野手(5年目・東北福祉大)が足を痛めたため、古谷は9回に寺田の代打でバッターボックスに立ち、その後ライトの守備にもついた。 

「古谷さんは今シーズンあまり打撃が良くなかったのですが、清水監督がいろんな背景を見て補強選手に選んだのだと思います。スクランブル発進だったと思うんですけど、しっかり役目を果たしてくれた。(次の試合では)足も守備も見せてくれたらいいと思います」。

 日向寺さんが応援する室蘭シャークスからは、岩﨑巧投手(5年目・法政大)が出場。リリーフとして重要な場面を担った。「泣くしかないです。本当に素晴らしい。自チームで出場した2019年の日立製作所戦は好投しながらホームラン一本で敗れたので、彼が都市対抗でやり返せたこと、勝利に貢献できたことがとても嬉しい。救援に呼ばれたとき、大舞台の経験があって、ここぞでギアが入る人だから、彼で打たれたらもう仕方ないと思っていました。予選はいつも胃が痛くなるのですが、今日は大船に乗った気持ちで見ていられました」。

東芝に勝利、バッテリーを組んだ岩﨑と東海林は笑顔で抱き合う

 北海道から東京ドームまで応援に来てくれるファンがいることを、岩﨑はどう感じているのだろうか。 

「率直に、わざわざ北海道から来ていただいて本当に嬉しいです。北ガスを応援している人、自分の応援しているチームの選手を応援している人、いろいろな方がいらっしゃると思うんですけど、どのチームのファンだとしても北ガスの勝利を願って応援してくれることは、北海道という地域としてすごく一体感を感じられました。ファンの方々には本当に感謝していますし、見られている以上、野球の面はもちろん野球人としてももっと自分を磨いていかないといけない、引き締めなきゃいけないという気持ちです」 

 北海道のチームが全国で勝っていくために岩﨑が「一体感」を大事にしているというのは、次の言葉でも感じた。 

「全国のチームと渡り合える、勝ち切れるというのは、北海道全体としてすごく必要だと思っています。今回は北ガスさんが北海道代表で出るということで、僕の中では補強選手というよりも、オール北海道というひとつのくくりとして合流させていただきました。実際に投げてみて、勝負できたという思いで、すごく自信になりました。北海道全体を底上げするにあたって、今回東芝さんに勝てたことをひとつの大きなきっかけにするべきだと思いますし、そういうのを自分の所属しているチームにも持ち帰って、北海道勢が高いレベルで競い合えるようにしたいなという気持ちです」 

 都市対抗で「北海道勢・通算100勝」を達成し、その先も勝ちを重ねていくためには、岩﨑の言う「北海道全体の底上げ」が必要だろう。岩﨑が以前から持ち続けているこの思いが、叶う日は近いのだろうか。北海道ガスの1勝が刻まれたことで、北海道野球の歴史は再び動き出した。今後も北海道から目が離せない。 

好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいと思い、OLを辞め北海道から上京。 「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間200試合以上観戦。気になるリーグや選手を取材し独自の視点で伝えるライターとしても活動している。 大学野球、社会人野球を中心に、記者が少なく情報が届かない大会などに自ら赴き、情報を必要とする人に発信する役割も担う。 面白いのに日の当たりづらいリーグや選手を太陽の下に引っ張り出すことを目標とする。

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