「普通はプレーしない」千葉大学アイスホッケー部主将がケガを押して試合に出る理由

千葉大学アイスホッケー部(以下IH)主将・安坂 郷(アサカ サト)。

大学生活最後となる集大成のシーズン、ケガに苦しみながらも氷に乗り続ける。

「普通はプレーしないですよね」

テーピングでグルグル巻きにしたヒザは前十字靭帯が部分断裂している。卒業後のプレーだけでなく私生活にも影響を及ぼしかねない重傷下、無理をするのはなぜだろうか?

大学入学から始めたIHは、国体県代表が目標になるまで上達した。

~厳しい態度をとってきた男が試合に出ないのは筋が通らない

安坂は文字通りチームの柱だ。大学から始めたIHは「負けず嫌い」の性格もありメキメキと上達。非公式ながら、国体出場のために結成されるIH千葉県代表チームのトライアウト参加を打診されるほどまでだ。

「千葉大IH部は関東リーグ4部所属で、目先の目標は3部昇格です。主将として自分たちの時代で何とかしたいと思っていました。個人的には国体千葉県代表に選ばれたい。自分のレベルを上げることはIH部にとってもプラスになる。少しでも上手くなりたいです」

主将として迎えた今シーズン直前、左前十字靭帯部分断裂の大ケガを追ってしまう。練習中、パックを競い合った際に味方選手がヒザ上に乗り上げる形となった。

「ブチっという信じられない音がした。痛みも激しく『終わった』と思いました。最初の病院では『プレーは無理に決まっている』と。でも納得するためスポーツ専門ドクターの方に再診を受けた。『勧めはしないがプレーしたいよね。テーピングで固めればできないことはない』と言われました」

前十字靭帯は主にヒザの関節を支える役割をするが、4本あるうちの1本が断裂する大ケガだった。歩くことはできても急激なスタート、ストップはできない。普段の階段を上がる時でさえヒザがブレる感覚に襲われる時がある。

「チームが勝つことが最大目標です。だから使えない選手が試合に出るのは間違っている。また自分の目標、夢として国体出場があります。今季も千葉県代表のトライアウトへ参加可能性もありましたが、ケガでできなくなりました。卒業後を考えれば、治療に専念すべきです」

「今まで主将としてチームメイトにはかなり厳しいことを言ってきた。それなのに試合に出ないのは、筋が通らないとも思いました。逆の立場だったら『ふざけんな』と思うはず。今まで自分がやりたいようにチームを作ってきたのに、最後の大会にいないのは許されないかなと」

小、中学校でサッカー、高校で水球。スポーツを始めてからはずっとチーム競技をやってきた。チームとしての最大目標は勝利であり、個々の役割は理解している。だからこそ最後のシーズン、ケガをしている自分がプレーすべきかどうかに悩んだ。

身体を張ることを厭わないプレースタイルでケガをすることも多い。

~陸、水、氷というノリから始めたアイスホッケーに本気になった

「大学に入って初めてスケート靴を履いたIH完全素人。でもそういう学生ばかりだったので、練習さえやれば中心選手になれると思いました。チームが勝つためには各自のレベルアップが必要。徹底的に練習して上手くなることだけを考えました」

「何か新しいものをやりたい」という好奇心旺盛な男。高校で水球を選んだ時と同様、経験したことのない氷上競技のIHを選択する。

「大学入学して新入生勧誘を回りました。ヨット部、セパタクロー部、IH部が気になりました。チーム競技が好きだったし、陸上(=サッカー)、水中(=水球)の次は氷上かなということで選んだ。始めた時はノリもありましたが、入部するからには徹底的にやろうと思いました」

「可能な限りIHを極めよう」と覚悟を決め練習に没頭した。大学入学直後の6月には先輩の紹介で大学近郊のアイスリンクでのアルバイトを始め、現在も継続中だ。

「スケーティングができないと話にならない。アルバイトでは一般滑走のお客さんに混じりリンク内を滑って監視するのも仕事です。氷に乗る時間を増やすことができました。スティックワークや身体の使い方などは、部の全体練習で集中的に磨きました」

「少しずつ上達している感覚が出始めると、もっとやりたくなった。他大学や社会人の練習にビジター参加をしました。上智大、筑波大、東大などです。実家生活で家の車が使えたので、神宮外苑や東伏見(=ダイドードリンコアリーナ)、江戸川などの深夜練習に行きました」

通常アイスリンクを使用してのIH練習は、1枠=90分単位で行われる。千葉大IH部の練習(当時は週1-2枠)とは別に、ビジター参加で週5枠前後は氷に乗っていた。社会人チーム練習で2枠乗った後、千葉大IH部の練習に参加したこともあった。

「何の競技でも同じですが、未経験者が経験者に対し絶望することはあるはず。特に氷上という特殊な環境下で行うIHは顕著です。でも自分のレベルが上がり、格上の人とのプレー経験を積めば、少しずつでも対応できるようになれます」

「『絶対に負けない』と言える武器を見つけることの重要性を感じました。そうすれば経験者の中に混ざっても仕事ができるし戦えるはずです。僕の場合はフィジカルとシュートだったので、氷上練習以外にもウェイトトレーニングを欠かさずにやっていました」

フィジカルとシュートという2つのストロングポイントを磨き続ける。

~めんどくさいと思われても練習量を増やしたい

安坂個人の充実度と反比例するかのように、IH部を取り巻く環境は悪化し始めた。部員数減少でチーム力は低下、部費の個人負担額も上がった。部費金額を聞いて入部を止める学生も少なくない。氷上での全体練習は週1枠となった。

「2年時までは部員数も多く30名ほど在籍(現在20名)。部費の個人負担額が今より少なくても全体としての予算には余裕があった。週3枠の氷上練習ができていた時期もあって、結果にもつながりました(2019年に5部、翌20年に4部優勝)」

「大学IH3部以下は大学でゼロから始めた選手がほとんど。練習の数だけ確実に上手くなれるので、僕は個人でビジター参加もしていました。でもそこまでやれる環境の学生は少ない。週1枠の氷上練習では上達速度も遅く、選手によっては気持ちも冷めがちになります」

現在、部費の個人負担額は月1万5千円で学生にとって決して安くはない。しかしアイスリンク使用には1枠で約3万円程度かかるため、全体練習は土曜日深夜の1枠しかできない。選手によってIHとの接し方に熱量差も生まれ、主将として大いに頭を痛めた。

「部費の問題は大きい。以前のように週3枠とは言わないが、月1-2枠増やせるだけで全然違う。練習回数が増えれば『めんどくさい』と思う学生もいるかもしれない。でも氷に乗って上達を感じれば、前向きに一生懸命プレーします。基本はIHが大好きですから」

お金等の心配をせず、IHのみに没頭できる環境を作りたい。

~卒業生との関係性の深さがチーム力にも反映される

千葉大IH部は少しずつ動き始めた。10月末からクラウドファンディング(以下クラファン)を開始。その前にはIH部のOB、OGに活動支援の寄付金を募った。あの手この手を駆使、少しでも環境改善を図ろうとしている。

「上のカテゴリーには昇格したいですが勝敗には運も絡みます。それ以外の部分でも何かできればと考えています。まずはOB・OG会というか、縦のつながりを強固にしたい気持ちがある。寄付金やクラファン等を含め、様々なバックアップをお願いできる体制作りができればと思います」

「高校時代から一流レベルだった選手が集まる上位リーグと違い、下部リーグでは練習量によって勝てる可能性がある。そのためにもある程度の部費が必要になります。クラファンを始めたのもその活動の一環です。他大学とはOB・OGとの関係性の深さ、強さの差を感じます。今回をきっかけに、今後につながる組織作りもできれば良いですね」

お金が全てではないが、お金があればできることもある。今の世代から始まった小さなムーブが将来につながっていって欲しいものだ。

「次の代、そしてその先と千葉大IH部は続きます。少しでも良い環境でプレーできるようになれば。うちは決して大学IH界のトップチームではないです。でも同じ大学生として部活に時間を費やすのは同じだと思います。その間だけでもお金の心配なく、IHのみに集中させてあげたい」

最後は完全燃焼して引退するのが4年生共通の思い。

4年生として活動期間は残り少ないが、何かを残したい気持ちは強い。自らが主将の年に千葉大IH部は30周年を迎え、新たなフェーズに突入しようとしている。

「こうやって考えると、プレーするしか選択肢はなかったです。やると決めたら残り試合を全部勝って引退したいです」

主将が無理をしてでも氷に乗る理由が伝わってきた。残り試合で完全燃焼、納得、満足して今季を終えて欲しい。

千葉大IH部の歴史はこれからも続く。そして安坂自身の夢、国体出場が叶ったというニュースも待ちたい。

(取材/文・山岡則夫、取材協力/写真・千葉大学アイスホッケー部、IceHockeyStream.net)

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