• HOME
  • コラム
  • 未分類
  • SASUKEから生まれた日本代表への思い‐スピードクライミング 大嶋あやの選手‐パート1

SASUKEから生まれた日本代表への思い‐スピードクライミング 大嶋あやの選手‐パート1

 東京オリンピック2020で正式種目となったクライミング競技。その中に、スピードクライミングという種目がある。2人のクライマーが同時に下からスタートして壁を登り、速く頂上のパネルにタッチした人が勝ち、という競技である。スムーズに素早く壁を登る選手の姿を見て、映画のスパイダーマンを思いだす人も少なくはないだろう。

  そんなスピードクライミングでオリンピック出場を目指す選手がいる。毎年SASUKE1に挑戦する常連チャレンジャーとしても知られる、大嶋あやの選手である。

SASUKEがあったから、今の私の人生がある

SASUKE出場時の大嶋選手(写真提供 大嶋あやの)

大嶋選手のことをSASUKEで知っていらっしゃる方は、きっと多いと思います。以前は新体操をなさっていたそうですが、新体操からSASUKEに転向した経緯はどのようなものだったのでしょうか。

「実は新体操以外にも、SASUKEに出るまでいろいろスポーツはやっていたんです。最初は新体操をしていたのですが中学ではバレーボールもしましたし、高校ではソフトボールもしていました。

 SASUKEは子供のころから何となくTVで目にしていました。小学生のときに放送を見てふと『自分も出たいな』と思いましたが、そのあと一旦SASUKEへの関心は薄れてしまったんです。でもちょうど高校2年でソフトボールをやめた後、『そういえばSASUKEあるじゃん、SASUKEをやってみよう』と思ってトレーニングを始めました。

 大学2年生の時に初めてSASUKEに応募したのですがその時は書類審査で落ちてしまったので、私の初出場は大学3年生の時になります。」

大嶋選手にとって、SASUKEとは、どんな存在なのでしょうか。

「私がまだ学生や会社員として働いていたころは、SASUKEは1年に1回何も考えずに自分を表現できる場所でした。今は『SASUKEがあったからこそ、今の私の人生がある』と、そして『SASUKEのおかげで、自分の人生に対する考えが根本から変わった』と思っています。」

では、SASUKEを通じて、大嶋選手の人生に対する考え方で最も大きく変わった点とは、どのようなことですか

「怖がらずに、何にでも挑戦するようになりました。

 SASUKEのエリアは事前に練習することはできません。当日現場に行って、デモンストレーションの人が各エリアを実演するのを見たらすぐに、本番が始まります。そして正式に競技が始まったら、他の出場者が挑戦している様子を見ながら、自分の作戦を組み立てていきます。

 最初の方の挑戦者の方って、やはり失敗して水に落ちてしまう方が多いです。そうした様子を繰り返し見ていると、自分まで挑戦するのが怖くなってきてしまうことがあります。でも、その怖さを感じたままでは、本番でも体が自分の思うとおりに動かなくなってしまい、せっかく1年間準備してきたのに、スタートして数秒でSASUKEの挑戦が終わってしまうことになりかねません。それって、とてももったいないことですよね。

 ですから、今ではどんなことを見ても、どんなに怖くても、SASUKEの本番では『自分の体を自分の思うように動かして、挑戦しよう』と考えるようになりました。

 そこから今ではSASUKE以外の場でもリスクを考えて回避するのではなく、『とりあえずやってみる』という姿勢を持つことができるようになりました。」

以前、ドイツ版のSASUKEに日本代表として出場されていましたよね。その時に体験したことで、最も印象に残っていることとは、どのようなことしょうか。

「私がドイツに行ったときには、アメリカ・ドイツ・スペイン・日本の4か国が出場した大会だったのですが、その時に気が付いたのは、日本のSASUKEって女性が特別扱いされていたんだな、ということでした。

 というのも、日本でSASUKEに出ている女性の数はあまり多くありません。だから、女性がSASUKEのセットのようなところを登ったりぶら下がったりできるというのは、すごいことあるいは特別なこととみられることが多いように思います。

 でも、ドイツ版のSASUKEに出てみると、ヨーロッパやアメリカはフィットネス大国ということもあるのか、選手のレベルがとても高いんです。そのため女性でもSASUKEのセットを登ったりぶら下がったりできることが『普通のこと』として認識されていて、そのことが私には大きな驚きでした。

 また、日本のSASUKEの方がコースがテクニカルであるように感じました。ドイツ人をはじめ、ヨーロッパやアメリカの選手たちは日本人より体格的に大きい人が多いので、ドイツ版SASUKEのコースもダイナミックで派手だったんじゃないかと思います。」

スピードクライミングのトレーニングに専念するために、クラウドファンディングを決断

今回、クラウドファンディングに踏み切ることになった、動機などをお聞かせいただけますか。

「今年3月にある会社様と、ほぼプロ契約に近い条件でご契約させていただきました。ですが、今年の7月にそちらの会社の方針が変わってスポーツ関係の支援を取りやめることになり、私との契約も今年の9月で終了してしまったんです。 

 私は本格的にスピードクライミングを始めて1年半くらいなのですが、プロ契約に近い形でご協力頂いたこともあり、3月からはトレーニングと大会出場に専念することができました。その結果、タイムが良くなって、オリンピックの日本代表になるための標準タイムまであと1.8秒ほどになったんです。

 日本代表になる可能性のあるところまできているので、パリオリンピックまでは競技に専念して自分の実力を向上させたいと思い、今回クラウドファンディングでご協力をお願いさせていただこうと、決断しました。」

企業から支援が取りやめになったと聞いたとき、とてもショックだったことと思います。どのようにして、ご自分の気持ちを切り替えたのでしょうか。もしかすると、今でも気持ちを切り替えている最中かもしれないとも思うのですが。

「支援取りやめの話を聞いたのが、7月にある大事な試合の10日ほど前でしたから、さすがにその時は『なんでこのタイミングで、こんな話になるんだろう』と思いました。

 でも、とあるアスリートたちが集まる勉強会で、元プロ野球選手の斎藤祐樹さんから、『自分がコントロールできないことを心配するよりも、自分がコントロールできることに集中した方がよい』というお話を伺い、私自身も『それもそうだな、なるようにしかならない』と思えるようになりました。」

スピードクライミングのトレーニング方法とは

レース中の大嶋選手(写真提供 大嶋あやの)

おそらく、スポーツクライミング選手がどのようなトレーニングをしているか、想像できない人が大半だと思います。大嶋選手が日頃どのようなトレーニングをしているのか、教えていただけますか。

「スピードクライミングは、長くても8秒か9秒くらいでレースが終わってしまう競技です。そのため短い時間で、自分の全力を出し切るためのトレーニングをします。

 例えば、瞬間的に大きな力を出すウエイトリフティングのトレーニングは、とても参考になります。

 また、特にスピードクライミングでは脚力の強さが重要になります。そのため陸上の100mのように、10秒くらいで終わる短距離を全力で走るようなインターバルを繰り返したりします。

 とはいえ、やはりメインは壁を使ったトレーニングになります。ただ、実際に壁を登るトレーニングには安全確保のために、常に2人1組でトレーニングする必要があります。そのためペアになる相手がいないときには、壁を登る練習ができないので、そんな時にはウエイトトレーニングやトラックでトレーニングしています。」

登り方を教えるコーチのような立場の方は、今の日本にいらっしゃいますか。

「スピードクライミング自体が日本では新しいスポーツなので、登り方を教えることができる人はまだいません。

 スピードクライミングの強豪国は、インドネシア・中国・ポーランドの3か国です。そのため、例えば日本代表選手がインドネシアで強化合宿した時などに現地のコーチから学んだノウハウや、私自身がインドネシアのスピードクライミングの関係者と連絡をとって教えてもらったことなどを取り入れて、日本で日々練習しているというのが現状です。

ですから日本代表にならないと、練習方法も強豪国から学ぶことができないのです。」

スポーツクライミングは、「スピードクライミング」の他に「ボルダリング2」と「リード3」の3種目があります。大嶋選手が「スピードクライミング」を自分の競技として選ばれた理由は、どのようなものだったのでしょうか。

「ドイツ版のSASUKEに出場したときに、人生で始めて日本代表の選手として日の丸を着て戦うことができて、すごくうれしかったんです。ただ、SASUKEはエンターテイメントなので、今度は何かスポーツの日本代表としてオリンピックに出たいと思うようになりました。

 以前から私はボルダリングはしていたのですが、ボルダリングの日本の競技レベルがすごく高くて、世界選手権よりも日本国内で勝つことの方が難しい競技です。そのため、私がボルダリングで日本代表になるのは無謀だと判断しました。また、リードは、もともとあまり得意ではなかったですし、競技時間も長いので、多分自分には向いていないだろうと思いました。

 でも、スピードクライミングならまだ日本でも競技人口が少ないし、瞬発力勝負で脚力も必要な競技ですので、SASUKEのトレーニングとも両立できそうだと考えました。」

 SASUKEの次に、スピードクライミングというスポーツを、自分を表現する場に選んだ大嶋選手。しかし、日本では歴史の浅いスポーツで競技人口が少ないということもあり、日々試行錯誤しながらトレーニングを行っていることが、よくわかるインタビューとなった。

 次回のインタビューでは、オリンピックに対する思いと、未来のスピードクライミングに向けた夢について、大嶋選手に伺う予定である。

  1. SASUKEとは、TBSテレビが1997年から開催するスポーツエンターテイメント。4つのステージに分かれた様々な障害物のある大きなアスレチックフィールドを、出場者がクリアしていく姿が人気となっている。https://www.tbs.co.jp/sasuke_rising/
  2. ボルダリングとは、ロープを使わないフリークライミング。いくつのコースを登ることができたか、で順位を競う。
  3. リードとは、どれだけ高く登ることができたかを競う競技。12m以上の壁を、身につけているロープをコース上にある支点につなげながら登っていく。この支点が壁の最も一番上にある人が優勝者となる。

(文・インタビュー 對馬由佳理)

関連記事