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「文武両道」で野球のすそ野拡大を目指す神奈川県立多摩高校野球部の取り組み

広尾晃のBaseball Diversity

神奈川県立多摩高校はSSC(スーパーサイエンスハイスクール)に指定されている進学校。高校野球では1957年から選手権大会に出場しているが、1976年に準決勝まで進んだのが最高で、甲子園出場経験はない。

東京大学からロッテに入団し、ソフトバンクで取締役として手腕を振るった小林至氏(現桜美林大学教授)の出身校でもある。

多摩高校は今、その活動が、高校球界で注目を集めている。競技ではなく「高校野球をめぐる様々なテーマ」での研究活動、発表で注目を集めているのだ。

野球科学研究会、野球学会での発表

2022年12月に近畿大学で行われた「日本野球科学研究会研究大会」では、一般研究発表で「二塁から本塁までの走路における二塁走者の最適なリード位置はどこか」「走者2塁時の送りバントの成功率とバッターボックスの位置の相関関係」の二つのテーマで発表をした。

2022年研究発表をした多摩高校生

さらに「日本野球科学研究会」から「日本野球学会」と改称された2023年12月、びわこ成蹊スポーツ大学での「研究大会」では「日本の野球人口拡大のために高校生ができることは何か」、「中学校部活動地域移行が高校野球人口に与える影響」「二塁から本塁までの走路における2塁走者の最適なリード位置はどこか」の三つのテーマで発表。

作戦面をデータ的な観点から考察する研究に加えて、競技人口の減少が止まらない野球界にあって、その背景について考察するとともに、高校生には何ができるか、を真剣に考えた。

2023年の発表

また今年2月、オンラインで行われた一般社団法人野球まなびラボが主催する「第2回高校生野球科学研究発表会」でも、

1.日本の野球人口拡大のために高校生ができることは何か

2.二塁から本塁の走路における二塁走者の最適なリード位置はどこか

という発表を行った。

セイバーメトリクス的な研究に加えて、社会科学的な観点でも考察を深めていたのだ。

2023年の発表をした飯島監督と野球部員

高校野球部の活躍が目立つ野球学会

「日本野球学会(旧日本野球科学研究会)」は、野球に関する研究を行う研究者、指導者、プロ野球関係者、スポーツメーカー関係者などが集う学会だ。

一般研究発表は「ポスター発表」と言われ、一つのテーマについてポスターサイズの掲示で発表する。従来は大学研究者、指導者などの専門家が発表することが多かったが、2018年ころから高校の発表が見られるようになり、2023年は9校18本もの発表があった。

その中でも多摩高校は、問題意識のある発表で注目を集めてきた。

慶應義塾大学でのアンケート活動

慶應義塾大学でのアンケート活動

そして多摩高校は研究発表だけでなく様々な「活動」も行っている。

2023年12月、神奈川県横浜市日吉の慶應義塾大学グラウンドで行われた「野球場でおもいっきり遊ぼう~慶應大学野球部グラウンド開放」では、近隣の小学生と親がグラウンドに集まったが、その会場で、多摩高校の野球部員が、保護者に対してアンケートを実施した。QRコードを読み込んでアンケートに答えるスタイル、多くの保護者がアンケートに答えていた。

多摩高校での野球教室

さらに2024年1月28日、多摩高校は近隣の少年野球チームに所属する小学1年生から3年生を集めて「野球教室」を行った。寒さは厳しかったが、120人もの子供と指導者、保護者がグラウンドに集まった。

このイベントを企画した3年生の冨永直樹君は、

冨永直樹君

「新1年生が入るまで、僕たちは選手9人、マネージャー1人のぎりぎりの体制で活動していたこともありました。そのこともあって『日本野球の人口減少』を身をもって感じました。

その中で野球人口の減少を食い止めるために、自分たち高校生ができることは何か、というテーマで研究を行ったときに、その地域の子供たちに向けて野球教室などを開催することで、その野球への関心を高めてもらったり、野球って楽しいっていうふうに思ってもらうことができる。それによって途中で野球をやめてしまう子を減らしたり、新しく野球を始めたいと思う子供を増やすことに繋げていければいいなと思ってイベントを開催することとなりました」

鬼ごっこ

プログラムは誰が企画した?

「基本的に生徒が主体となってプログラムは考えました。あの道具の手配とかは先生方のご協力をいただいたという形です」

イベントをやる上で、大事にしたこと、注意したことは?

「対象が小学校低学年の子供たちなので、子供たちにとって楽しいと思えるイベントであるように、自分たちがその小学生の目線となってこれは本当に楽しめるものかどうかを考えました」

バッティング

3年生ということは、受験勉強もあって忙しいのでは?

「そうですね、この研究をこれから後輩たちに引き継いでいってもらいたいですね。

今回のイベントでも参加してくださった人たちにアンケートをとって、イベントの長所短所っていうのをしっかりと把握して、下級生がメインになる次のイベントに繋げていければいいなと思っています」

将来はどんな方向を考えていますか?

「プレーヤーとしての実力はあまりないので、大学野球チームのアナリストなど、いろいろな形で野球と関わっていければと思います」

松崎航太君

同じく、このイベントを企画した2年生の松崎航太君も危機感を訴えた。

「昨年の夏の大会でも、僕たちの周りにも連合チームが多くて、僕たちもぎりぎりで、これはまずいなと思っていました」

小学生に対する呼びかけはどのように行ったか?

「近隣地域の少年野球チームの代表をされている方にお願いをして呼び掛けてもらいました。こんなにたくさん集まるとは思っていませんでした。

僕たちも、普段から笑顔で明るく野球をやることをテーマにしているので、子供達には、野球って楽しいんだよってことを素直に伝えることができればいいなと思っています」

ストラックアウト

「子供たちに野球を通して学んでもらいたいというのが一番です」

野球部員の活動を指導してきた飯島佑監督はこうした一連の活動について、その目的をこう語る。

「野球には様々な可能性があると思います。自分がプレーすること以外に、他者から自分たちがどう見られているのか、や、野球でどれだけ人に面白いことができるのか、など。

技術の向上だけではなく、楽しさとか魅力とか、野球の本質をもう一度見返して、さらなる技術向上に努めてほしいですね。

野球学会のポスター発表をするうえで、アンケートをとったり、調べ足りないことをさらに研究して新しい知識が増えたり、新しい発見が毎年出てきますので、これからも文武両道で野球部の活動を続けていきたいですね」

飯島佑監督

イベントでは子供たちが、ボールで的を狙う「ストラックアウト」やトス打撃、守備、投球体験などを順番で経験していった。最後は、ゲーム形式でも楽しんだ。

文武両道での活躍を

今、小学校の野球競技人口は大きく減少しているが、それに加えて、小学校で野球をしても、進学した中学に野球部がなかったり、指導者がいなかったりして、野球を断念することが多い。そういう意味では「野球の楽しさ」を改めて体験させることで「野球好き」の情熱を持続させることにつながる期待はあるだろう。

企画した多摩高校野球部員からは「今度は、野球未経験の子供たちのイベントも企画したい」という声も聞こえた。

そういう企画も含めて、すそ野を広げる活動を「野球部」として続けていただきたい。

ゲーム

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