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「チーム方針で楽しいの意味が決まる」年中夢球氏が栃木県小山市に残したもの

野球講演家・年中夢球氏(以下夢球氏)の全国行脚が今年もスタート。年明け早々の1月14日は、栃木県小山市で講演会が開催された。35人の指導者や保護者たちが集まり、熱心な交流が行われた。

「心を前にして野球をしよう」の意味を伝える。

小山市での講演会は初となる。当地での開催に尽力したのは市内で活動する学童野球チーム・犬塚学童の長嶋英孝監督。同チームの活動をする中、子供たちとの接し方や指導方法を模索していた時期に夢球氏の存在を知ったという。

「栃木県内では野球が盛んな土地です。市内にいくつかの学童野球チームがあり犬塚学童もその1つ。学童野球は最高学年である6年生が多いチームが優位となる傾向が強いので、試合に勝てない時期もあります。その時にどうやって子供たちにやりがいを持ってもらうか、を考えています」

「楽しむというのは簡単ですが、一番難しいことです。指導者や保護者の存在が重要で、子供たちの野球に対する思いや姿勢を大きく左右します。夢球氏の言葉は選手ではなく、常に指導者や保護者へ向けてのもので胸に刺さります」

夢球氏が発している数々の言葉や話題に感銘を受け、活動の礎とした。また多くの指導者、保護者に共有してもらうことが、子供たちのために必要だと感じた。

夢球氏が指導者や保護者に求めることはブレない。小山市での講演会においてもその姿勢は普遍。長嶋氏は「全てが印象に残っている」と語るが、その中からいくつか挙げてもらった。

年中夢球氏(左側)と犬塚学童・長嶋英孝監督(右側)。

~過程を気にかけるのが応援、結果を気にするのは期待

「上手くなって勝利を目指すのは当然です。でも現実的に結果が出ない時期がある。運など多くの要素も絡むので、勝ち負けのみにフォーカスしても仕方ない。だからこそ結果を出そうと必死に取り組んでいることが、最も大事だと教わりました」

試合での結果を気にする指導者や保護者は多い。しかし「3割打てば一流打者」と言われるように、確率が低い野球では運が影響することも多く、結果は流動的な部分がある。周囲が結果のみを気にかけてしまうと、子供たちのモチベーションはどんどん下がってしまう。結果ではなく、それに向けて動きを止めない姿勢こそが重要だ。

「周囲の大人が結果を求めることで、上手くいかなかった時に子供たちは逃げ場を探します。言い訳を必死で考え始めます。そうなったら全ての歯車が狂い始めるということです」

~見守ると見張るの違いを認識する

「私自身、以前は怒鳴ったり、子供たちに考えさせず細かく指示をしていました。それは指導しているようで、実は子供たちを追い込んでいる行為だったことに気づきました。距離感を大事にして必要以上に近くに寄らないようになりました」

「見守る」は信じているからできる行動で、「見張る」は信用できないから。野球のプレー中だけでなく、私生活でも同様。何かをしようとしている人たちに対して、「上手くできっこない」という先入観から見張ってしまう。多くの口出しをして、ミスに対して怒ってしまう。見守ることは忍耐力が必要な難しい行動でもある。

~人にスイッチが入るのは成功と挫折

「犬塚学童は成功スイッチを大事にしています。決して強豪チームではなく、野球を始めたばかりの子供の人数も多い。だから1つずつ、小さなことができたことに対して喜んで欲しいと思います。成功体験を重ねることで野球をもっと好きになって欲しい。練習が厳しくて苦しくても好きならば続けられると思います」

人をやる気にさせるには、「成功」「挫折」という2種類のスイッチが存在するという。成功体験を重ねることで自信という大きな武器を得られる。また挫折を乗り越えることで心に強い耐性をまとうことができる。2つを的確に使い分けることこそ、指導者や保護者に必要と考えている。

年始の多忙期にも関わらず、35名の指導者、保護者が集まった。

~野球の試合は初回の前に0回がある

夢球氏は「考え方は至ってシンプル。子供(=選手)が自分の心で感じ、自ら考えた上で行動すること。心といっても根性論ではない」と説明してくれた。

「感情=心、思考=頭、行動=体の全てがリンクしています。心でしっかり感じ取ることができるので、何をするか考えて行動に移せる。大人や周囲からの強制、やらされるだけでは心で感じることはできない。当然、1人になった時に何をして良いかわからなくなる。指示待ち選手(=人)になる」

「礼節=心、礼儀=形式だと思います。礼節のない礼儀は形だけしかなくて、心が疎かな薄っぺらいもの。グラウンドの中だけのものになってしまいます。例えば、練習をしていても人に見られている時にしかやらない『見ら練』になる。もしくはやらされている『やら練』。これでは上達しない」

ティーン世代のチームへ指導する冒頭では、「お願いします」の挨拶を何のためにやっているのかを考えさせる。参加した選手たち全員に質問して、1人ずつはっきりと答えさせている。

「『心を前にして野球をしよう』ということ。気合いや根性で乗り越えろということではありません。心があれば普段から考えて行動できます。野球には初回の前に0回が存在します。心があれば0回から準備できて、実際の試合では初回からスムーズに入れるはず」

初回に失点するチームは0回の準備ができていない。そういうチームは毎試合のように同じ失敗を繰り返す。良い選手を揃えていても心がなければ結果にはつながりにくくなる。

野球では初回の前に存在する0回が最も重要と語る。

~野球の結果以外が記憶に残っても良い

「チーム方針によって楽しいの意味が決まる」

長嶋監督は2年前からコーチをしており、昨年秋に監督就任した。指揮官としての方向性を考えた際、夢球氏の言葉が頭をよぎった。犬塚学童の方針を明確化させることで方向性を定めた。

「チームとしての結果が出れば嬉しいのは当然です。やるからにはみんなで上手くなって、試合に勝ちたい気持ちもあります。その上でチーム方針に定めたのは、『野球はもちろん、それ以外の活動日も楽しく感じ、思い出に残るチーム』です。練習、試合、チーム行事の前日は眠れないくらい楽しみ。子供たちだけでなく、指導者、保護者のみんながそうなりたいです」

犬塚学童では昨年のクリスマスには小山市スポーツ少年団主催のドッジボール大会に参加。2月11日は同リレーマラソンへの参加も決定した。これは400mトラックを使い、マラソンと同距離42.195キロを仲間とタスキを繋いで走り切るもの。野球の対外試合解禁直前で、「本職=野球があるのに大丈夫なのか?」という声も聞こえてきそうだが参加を決めた。チーム内の楽しみ、団結のためには野球と共に大事にしたいことがあるからだ。

「小学生頃の野球の記憶は試合よりも、それ以外のことが多かったりします。私自身、チームで常磐ハワイアンセンターへ遊びに行ったことを明確に覚えています。仮に大会で優勝したとしても、それ以外が記憶に残ることもある。ケガなく卒業して、中学でも好きな野球を続ける気持ちを持ち続けるのが一番良いと思います」

年中夢球氏の言葉を受け止め、子供たちにとって一番良い方法を考える。

~「心の野球」の本当の意味

犬塚学童は7人しか在籍人数がいない時期もあり、試合すらできない経験も味わった。だからこそ子供たちファーストの方針に辿り着いた。夢球氏が掲げる「心の野球」とも重なった。

「野球のプレーが上手ければ人間性もしっかりしていると思われるが、そうでない子供もいる。試合結果が出たチームは、評価も高まり子供たちも集まりやすくなるが敷居も高くなる。野球だけで判断するとそういった危険性が高いと思います。大人が主役ではなく、子供たち1人1人に寄り添うことが大事。夢球氏が掲げる『心の野球』の本来の意味をこれからも考え続けたいと思います」

「多くの保護者さんや地域の方々が熱心に協力してくれます。環境に恵まれていると思います。やっぱり野球は最高です。子供たちには、その気持ちをずっと持って欲しい。そして周囲の皆さんへ心からの感謝を抱いて欲しいです」

かつて1976年の選抜高校野球大会において小山高は準優勝を果たした。プロ選手を多く輩出する白鴎大、独立リーグ・栃木ゴールデンブレーブスの主要本拠地もある。栃木県が誇る野球どころである小山市、支えているのは地域に根ざした学童野球と言っても過言ではない。

「小山のような町が1つでも増えれば良いですね」と夢球氏は長嶋氏の横で優しそうな笑顔を見せてくれた。

年中夢球(本間一平):1969年生まれ。学童野球・クラブチームでの指導歴20年を誇る。数々の書籍やブログを通じて、保護者、指導者、選手へ向けて心の野球の重要性を発信する。

(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力・年中夢球、犬塚学童)

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