コロナウイルスがフットサルチームにもたらした変化とは?

勝利の様子(2018年)

バルドラール浦安デフィオができるまで

バルドラール浦安デフィオは、聴覚障がい者と聴者(=耳が聞こえる人)が共に挑戦するフットサルチームだ。
「デフィオ(Defio)」というチーム名は、聴覚障がいを示す「deaf」と、スペイン語で“挑戦“という意味を表す「desafio」という二つの言葉に由来している。

日本国内にはJDFA(Japan Deaf Football Association、一般社団法人日本ろう者サッカー協会)という団体があり、デフフットサルの国内大会も行われている。
そのようななか、デフィオは千葉県のフットサルリーグに所属しており、聴覚障がい者も聴者も関係なく同じコートでプレーすることに“挑戦”している。
創立以来、監督兼選手としてチームを支えている泉洋史(いずみ ひろし)さんに、デフィオ創立の経緯、新型コロナウイルスの影響でチームに起きた変化をお聞きした。

▲バルドラール浦安デフィオの泉 洋史監督兼選手(前列左から3番目、2018年撮影)。普段は特別支援学校の教員という顔を持つ

「今しかできないことをやりたい」 ―プロ選手への挑戦

大学時代からフットサルを始め、バルドラール浦安に入団した泉さん。『今しかできないことをやろう』と考えた泉さんは、プロ選手になることを決意。両親を説得して東京での仕事を辞め、拠点を千葉に移した。

バルドラール浦安は日本フットサルリーグ(F.LEAGUE)のDiv.1に所属しており、選手層が厚い。プリメーロ(一軍)、セグンド(二軍)のほか、千葉県フットサルリーグに加盟しているテルセーロ、中学生年代のバセ、女子チームのラスボニータスなどもある。
セグンドで練習を続けていた泉さんだが、自分が戦力としてチームに貢献できるかを考え始めた頃、面談した監督から思いがけない言葉をもらう。

『君は一軍には上がれない』

「その時は、糸がぷつんと切れたような感覚でした。自分はもう、頑張ることさえできないのかと」

しかし、そんな泉さんにプリメーロのアシスタントコーチの話が舞い込んだ。
プリメーロの岡山監督(当時)が、『(彼なら)チームのために貢献してくれる』と白羽の矢を立てたのだ。
一方、大学時代にフットサルを通じて聴覚障がい者サッカーを知った泉さんは、かねてからの知り合いだった植松隼人(うえまつ はやと)さん(現:デフサッカー男子日本代表監督)と「いつか聴覚障がいの人も競技志向でフットサルができるチームを作りたい」と話していた。

アシスタントコーチか、新フットサルチームの創立か。
「誰もが経験できる立場ではないし、この経験は将来自分がデフィオの監督になったときにも生きる」と考えた結果、泉さんはコーチの道を選ぶ。

セグンドを退団し、プリメーロのアシスタントコーチに就任した泉さんは、監督に付き添ってほぼ全ての試合に帯同。ミーティングやプランニング、選手への声かけなど、“一軍の流儀“を全身で感じ取った。
一方、もう一つの夢であった新チーム創立に向けて準備も開始。
チーム創立の趣旨や、チームがクラブに対してどのような貢献ができるかなどをまとめ、クラブの社長に提案したという。

全ての準備が整った一年後の2014年、アシスタントコーチを続けながら泉さんは植松さんと共にデフィオを創立。植松さんはコーチ兼任の選手に、泉さんは監督兼選手になった。

新たな夢に ―監督への挑戦

――監督に就任した当初はいかがでしたか?

「やはり、うまくいかないこともありました。選手としてプレーしてきて、アシスタントコーチも経験させてもらって、自分なりにトップレベルの世界を見てきたつもりでした。それを伝えようという思いがあったんです。
だから、最初は結構怒っていたと思います(笑)でも、それがなかなか伝わらない。
植松さんからも『当たり前の基準が違う』と言われて、ある時思ったんです。
もし自分が今、トップのチームにいたら自分はできるのか?と考えると、できないよなと。
自分も同じだと思ったんです」


▲練習の様子(2018年撮影)

サッカー・フットサルを通じた震災復興と防災減災に取り組む「ソーシャル・フットボール」事業を手掛ける荒昌史(あら まさふみ)さんは、デフィオの趣旨に共感して入団した選手の一人だ。彼は泉さんに、『選手たちが主体的にできるのが真の“挑戦“だ』とアドバイスした。

「植松さんや荒さんにも相談しながら、少しずつ『伝える』から『聞く』コミュニケーションに変えていきました。すると、いろいろな想いが本人たちから出てきたんです。そこからメンバーのモチベーションも上がっていきました」


▲チームは初年度で3部リーグへ昇格した(2014年撮影)

デフからインクルーシブへの挑戦

2015年、『チャレンジフットサル教室』がスタート。「特別支援学級の子どもは部活に入れない」という話を泉さんが知ったことがきっかけで始めた教室だが、この時、泉さんには一つの葛藤があった。

「デフィオは『誰でも挑戦できる』と言っているのに、デフィオのメンバーにいるのは聴覚障がいの人たちだけ。ID(知的障がい)やソーシャル(精神障がい)の子たちは挑戦できないのだろうか、それで良いのかと」

2018年、知的障がいを持ったメンバーがデフィオに加入したことをきっかけに、デフィオは誰でも挑戦する人を受け入れる「インクルーシブ」のチームへと変化を遂げていく。
2020年8月現在、デフィオのメンバー構成は聴覚障がい者3名、聴者10名、知的障がい(発達障がい)者3名、精神障がい者1名となっている。


▲元知的障がい者フットサル日本代表、GK青沼選手(2018年撮影)

コロナウイルスで起こったチームの変化

――コロナウイルスの影響で、大変だったことを聞かせてください。

「いつも利用していた体育館が使えなくなってしまい、練習が思うようにできなくなりました。リーグも延期になり、トーナメントは一部再開されたものの、再び延期が続いています。
緊急事態宣言が解除されてからは民間のコートで練習したりしていますが、練習の機会は以前の6~7割くらいに減っています」

――練習ができない間、どのような取り組みをされていましたか?

「体力作りのために、オンラインでトレーニングなどを行いました。もともとデフィオでは試合中、手話やジェスチャーの合図を“見て”プレーをしています。聞こえなくても、言葉で長々説明しなくても“見る”情報であれば一発で伝わります。
そのため、チーム内ではアプリを使って練習や試合の様子を撮影した動画を共有し、戦術を学んでいます」


▲動画共有アプリの画面。矢印や文字を挿入できる

「それから、この機会を利用して障がいに対するオンラインミーティングを開催しました。
デフィオがインクルーシブという形になってからいろいろなメンバーが増え、みんな障がいのことをどう思っているのかなと思って。
そこで、お互いにどんなことをチームの人たちに知って欲しいか、接し方やコミュニケーションの取り方などを共有しようと思いました」

――どのような反応がありましたか?

「やってみた結果、みんな気にしていませんでした(笑)。
むしろ自分が思っていたより『それは普通だよね』という感覚で、みんなそれぞれの特徴をそのまま受け入れている感じでした。
普段以上にメンバーとコンタクトをとるきっかけになりましたし、個々の思いを知ることができて良かったです。
コロナウイルスのおかげで、チームのことを考える時間をもらったなという気がします」

現在、チームの4分の1くらいのメンバーが個々の事情で練習に参加できない状況が続いており、泉さんは考案した練習メニューや戦術等をアプリに投稿して確認するなど、オンラインでチーム活動ができるように工夫している。

「(練習に参加できない)他のメンバーからも、『チームの力になりたい』という声を聞いています。アプリで積極的にコメントを書くなど、それぞれにできることを探してチームに貢献してくれています」

デフィオが目指すものとは?

――これからのデフィオの“挑戦“を教えてください。

「リーグが再開したら、もちろん勝利を目指します。一般のリーグで戦っている『デフィオ』というチームが存在することは、(障がいにかかわらず)誰でも挑戦できるという夢を形にしている点で社会的にも意義があることだと思っています。
社会貢献はスポーツクラブにとって一つの使命だと思うので」


▲全員で勝利に挑む(2018年撮影)

その原動力とは何かを尋ねると、泉さんは次のように答えてくれた。

「一つは、自分でも何かの役に立てるのではないか、ということ。
デフィオを通じて『どんな人でも挑戦できる』ということを伝えていきたいと思っています。
障害があってもやりたいスポーツができる。誰でも勝利を目指して挑戦できる。
もちろん、全員やりたいことができるわけではないと思いますし、自分もかつて『それ以上できない』という経験をしたので、その気持ちもわかります。
でも、そこまで挑んだからこそ今の自分があるので、行動すれば何かに繋がることを示したいと思っています。
もう一つは、やはりフットサルが好きだからですね。
アシスタントコーチをしていた一年間、選手たちを見ていて心の底から「フットサルやりてー」と思いました(笑)。
やっぱり、スポーツは見ているよりするほうが楽しい。
だから監督としても選手としても続けている感じです」


▲泉さんは監督兼選手として走り続ける(2018年撮影)

「今までは、『自分にしかできないことをやろう』と思っていました。
でも今は、『自分だからできることをやろう』と思っています。
一人ひとりが自分だからこそできる強みをもっているはずだし、向上心をもって挑戦することが楽しい。
それをデフィオで感じてもらえたら、と思います」

常にチームのことを考え、貢献したいと考えている泉さん。
デフィオが挑戦する姿を通して、観る人にも「自分にもできるかもしれない」という気持ちが芽生えたら、そこから新たな挑戦者が生まれるきっかけになるだろう。

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